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冬みかん〜純粋扉と夏みかん後日談〜

作者: 柿原 凛

 大学に入ってからすっかり連絡が途絶えていた胤爽くんから、久しぶりにメールが届いた。今度、またこっちに来るらしい。

 以前、胤爽くんが来てくれてからもうどのくらい経っただろう。本当は一年も経っていないのに、もう何年も経ったような気がしてならない。それほど充実したというか、なんというか、そんな日々を過ごしてきた。だから、胤爽くんの存在がちょっぴり小さく薄くなってきていたのは言うまでもない。もうすぐ卒業。受験勉強や友だちとの最後の思い出づくりなど、することはいくらでもある。

 そんな中届いた吉報だ。嬉しいに決まっている。忙しいのは知っていたし、もともと沢山メールするような人じゃないのは知っていたけど、やっぱり来ないだけ寂しいのが本音。胤爽くんのせいにはしたくないけど、ひょんなことで寂しくなるとすぐに胤爽くんのせいだって自分に言い聞かせてしまう。ウチの悪い癖である。

 季節はもう真冬。コートを着ていても肌寒いこの季節は、何と言ってもこたつでみかんである。夏に食べるウチの夏みかんも冷凍みかんも最高だけど、冬には冬の楽しみ方がある。剥いた後の皮は赤いネットに入れてお風呂に入れると美肌効果もあるから一石二鳥だ。

 そういえば胤爽くんとの再会も、みかん風呂だったっけ。ウチが投げ入れたみかん皮のネットがちょうど胤爽くんの頭の上に落ちて、慌てて逃げようとしたら目があったんだっけ。今となっては懐かしい。ほんの半年ほど前のことなのに。その時の胤爽くん、ノボセていたのかどうかは知らないけど顔を真っ赤にしてて、ここだけの話、ちょっぴり可愛かったな。

 ウチはときどき、毛布にくるまりながら縁側でみかんを食べたりする。幼い頃に一緒にみかんを食べたこの縁側で、透明な胤爽くんを思い浮かべながら。そして時々肩に頭を乗せるふりをして、横にこてんと倒れてしまうことがある。恥ずかしい限り。できたら純粋扉の前に腰を下ろして、あの日みたいに一緒に食べたいけど、チラチラと降る雪や雑草の朝露で地面はいつでもびしょ濡れ。仕方がないからこその縁側。縁側大活躍である。

 夕暮れ時の空は、夏みかんを彷彿とさせるように濃く染まっている。夏よりも日が落ちるのが早い今日この頃。胤爽くんはあの白い学生服を着ているのだろうか。あんなに暑い日に冬服を着てきたのにはさすがに驚いたのを思い出す。きちんとした格好で来ようと思ったのだろうが、さすがにそこまでするのはオーバーだ。ちょこっとだけ抜けている所が意外と微笑ましい。

 晩御飯を食べた後、胤爽くんからのメールに返事をした。本当は来た途端に返信しようと思ったのだが、なんて返そうか迷った挙句、送った気になってしまっていたのだ。まったく、胤爽くんじゃないんだから。と、言ってみる。

『楽しみにしとるけんね!!』

 下手に大げさに喜んでもウザったく見えてしまうかもしれないし、かと言って簡素すぎるのは暗く見えてしまう。こういう細かいことを考えだしたらキリがない。だから、ちょっと悩んで出した答えはこれだった。いつ来るのか教えてくれたら準備くらいするから、それくらいは聞いておいても良かったかもしれない。次に返信されてきたら聞いてみよう。

 毛布にくるまりつつ、最近はじめたSNSの日記更新にとりかかる。話題はもちろん胤爽くんからメールが来たこと。まだ胤爽くんにはこのことを教えていない。やっぱり自分から教えるよりも見つけてほしいから。あのオレンジ色を基調としたページの時みたいに。今回も薄い橙色を地にした画像を背景にしているから、本気出して探したらすぐにでも見つけられるはずだ。なんて思いながらひたすら文字を打ちこんでいく。小型のノートパソコンはあまり新しいものではないため、すぐに熱くなって困る。冬だからカイロくらいにはなるが、なかなかに心配である。仕方がないからしばらく放っておくことにした。イヤホンを耳から外すと、中の方から聴こえるすごいモーター音がさらに大きく聞こえたので、そっとパソコンから離れた。

 猫背になっていたので背筋を伸ばして体をひねってみた。体をひねってみるとわかるが、これは結構体操としては気持ちが良い。ひねりといえば胤爽くんの投球動作である。なんだっけ、トルネード投法だっけ。変わった投げ方をするのである。すごくおおきく振りかぶって、反動をつけるためにぐいっと大きく腰をひねって投げる。さっきのウチみたいにゴリゴリと鳴らないのだろうか。不思議なものである。

 いぐさの匂いが全く無くなっている畳にそのままごろんと寝転び、今度は携帯でメールチェック。でもまだ胤爽くんからの返信は来ていなかった。いつになったら返ってくるのか分からないのはかなり心配だが、それはそれで楽しみが倍増すると思うので良しとする。嬉しさは何倍にも膨れるから。

 寝転んだらそれだけでまぶたが重たくなるのは特技だろうか、それとも悪い癖だろうか。起き上がろうと思ってももう遅い。金縛りにあったように硬直すると、そのまま毛布を枕に温まってしまった。


 翌朝起きたら、珍しく雪が降っていた。といっても北陸のように積もるほど降るわけではなく、ちらちらと降る。薄い障子越しの空が、ほんのり雪玉模様になる程度だ。家が山の奥の方にあるから比較的よく降るほうだと思うが、どうなのだろう。一応四国にもスキー場はあるのでそれほどでもないのかもしれない。

 それはそうと、昨日のメールの返信の有無をチェックせねば。慌ててアクロバティックに起きて、両手で携帯を握りしめた。新着メール一件。疑う余地もなかった。

『そっちには多分、十一時くらいには着く予定じゃけぇ。なんかいるもんある?』

 十一時か。そっか。いるものは……特に無いかな。っていうかもう遅いか。出発してるだろうし。というか今何時だろう。メール本文から少し目線をずらし時刻を確認。十一時十八分。えっ。

 慌てて玄関まで走る。靴も履かずに玄関を勢い良く飛び出す。目を精一杯開いて見た先に広がっていたのは、誰もいないみかん畑だった。そっか、予定だもん。予定だから、まだ間に合うよね。ていうか、今日じゃないよねさすがに。どこにも『明日』なんて書いてなかったし。時間が返ってきただけだもん。だよね。

 慌てて走ったものだから冬とはいえ汗ばんできた。さっさとシャワーを浴びて受験勉強をしなければ。着替えを準備し、おふろセットを用意してシャワールームへ。汗ばんだからといってぬるくはしない。ちょっぴり熱いくらいがちょうどいい。本当はお風呂にずっと浸かっておくのが一番気持ちいいけど、そんな気分でもないし。

 少しだけシャワーを浴びて、パジャマという名のジャージに着替えてからバスタオルを頭に乗せ、ガシガシと頭を拭きながら携帯をいじる。結局昨日の日記も更新ボタン押してなかったなと気づいた。風呂あがりだからかもしれないが、少々体が火照っている。風呂あがりにみかんジュースを飲もうと冷蔵庫に向かったその時だった。お母さんが何やらせわしくお茶をついでいるのだ。誰かお客さんでも来るのだろうか。まさか、とここで気づいた。

 ていうか胤爽くん!

 無駄にパタパタと力を込めて髪をタオルで包み、どうにかして乾かそうとするも乾かない。しかもジャージ姿。どうしようどうしようと焦ってしまう。どうしよう。どうしよう。

「あ、いいっすよお構いなく……ん」

 ガラっと空いてしまった障子。その奥から聞こえる覚えのある声。げっ。

 目があったが最後。白い制服の長身が目の前に立っていた。というかのめり出していた。

「ん」

 よっ、って言いたかったけど、言葉にならなかった。うまく口が開かなかった。

「久しぶりじゃねぇ。髪、伸びた?」

「えっ? あ、ああ。あ、うん、まぁ」

 自分の髪を見ながら、枝毛を見つけてハッとする。細かいことだけど、こういうのが気になって仕方がない。

「ごめんな急に。なんか……ちょっと会いたいな的ななんかね、なんか」

「あぁ、ねっ」

 やっぱりウチらって会話が下手くそだ。続かない。頭が真っ白になる。

 お茶も注がれたということで場所をちゃぶ台に移動した。お母さんの「あとはお若いお二人で」は余計なお世話である。

 ま、気を取り直して。

「どんな? 最近」

「まあまあかな」

 なんかさっきから“あ”しか使ってないような気がする。

「野球、頑張っとるん?」

「うん。もう入団も決まったし」

「え、ほんま!?」

 胤爽くんは入団テストは受けることになったって聞いたけど、まさか本当に入団が決まったとは思っていなかった。これはめでたい。

「そのために来たんじゃん。明日が入団発表なんよ」

「そうなん!」

「ほぅよ」

 だからそんなに表情が晴れやかなのか。ちょっぴり緊張が入ってるのがまた良い感じである。だから今日は制服なのか。来るんだったらそれこそジャージでも私服でも充分だったはずなのに制服だったから少し違和感があったのだ。きちんとアイロンがけしてある制服。これが明日、入団発表に使われるのである。地元のケーブルテレビくらいならきっと放送するだろう。楽しみで仕方がない。

「うちのお母さんが俺に秘密で連絡したらしくって。お昼ごはんだけ頂いてくけぇ、ちょっとの間我慢しとってな」

「我慢だなんてそんな」

 昼ごはんを食べてからそのまますぐに行ってしまうのか。せっかくなんだからもっとゆっくりしてほしいけど、仕方ないか。

「ま、ほんまは連れていきたいんじゃけどね。関係者意外ダメだって。ほじゃけぇ、視聴率高くしとってな」

「うん、了解。へへへ、楽しみにしとるけんね!」

 ちょっとにやけている自分が恥ずかしい。

「へへへって。その笑い方、久しぶりじゃ。見れてよかった」

「あんたの微笑むんも久しぶりよ」

 いつまでもこうやって話していたい。普段メールでしか話せないし、しかもメールしない人だし。だったら電話でもいいけど、なぜか電話もしない二人だし。些細な会話でもこんなに幸福感を得られるのは胤爽くんだけだ。

 そんな時間は決まって進むのが早い。たったこれだけの会話なのに、もう胤爽くんは行く時間だ。途中で二人で食べた昼ごはんは宇和海で捕れた新鮮な魚を使った小さな鍋。二人でつつきながら食べるのもまた幸せだった。胤爽くんが最後のチェックを念入りにしている間に、ウチは食器を片づけた。なんだか一緒に暮らしているみたいで素直に嬉しかった。

 その後外に出て、バス停まで見送ることにした。並んで歩いているとやはり背が高いなと実感する。さらにたくましくなった胤爽くんを見られるのはこれからのウチの誇りである。

 こういうとき、ちょうどいいタイミングでバスが来るのは残酷である。

「じゃ、またあとで。テレビ越しじゃけどねっ」

 そう言ってはにかむ胤爽くんは、やっぱりちょっとカワイイ。

 バスが進んで、見えなくなってしまった胤爽くんにしっかり手を振り、大きく深呼吸した。

 冬の空気が冷たい。喉から爽やかになって目が覚める。よし、このまま絶対見逃さない。

 家に帰ってからすぐにテレビをつけたのは言うまでもない。後から知ったことだけど、中継が始まる四時間も前だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女の子の気持ちがよく描けているなあと思いました。 方言もリズムがよくてここちよいです。 愉しみながら読みました。 ありがとうございましたw
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