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第八十話 王子様と薔薇園で……

 開いた窓から、時折、涼しい風が薔薇の香りを運んでくる。チェスは、書き綴っていたペンを持つ手を休めて、顔を上げた。ここ数日の間に、チェスの生活は慌ただしく変化した。名前がチェスからグラントに変わり、お城が家になり、両親と兄という家族が出来た。しかも、それは一国の王と王妃と王子。チェス自身も、貧しい孤児院出の子供から、急に王子様と呼ばれるようになった。

 王と王妃、エレック王子、城の従者達、誰も皆優しくチェスに接してくれる。広い部屋も与えられ、身の回りの世話をしてくれる小間使いもいる。学校にさえ通ってなかったチェスは、毎朝、王子としての教育も受けることになった。勉強は嫌いではなく、むしろ楽しいのだが、今まで自由に過ごしていたチェスにとって、王子としての生活は窮屈に思えることもある。

「グラント王子様、いかがなされましたか?」

 チェスの教育係りの男は、ぼんやりと窓の外を眺めているチェスに問う。

「綴り字の勉強が終わったら、ハンクとジェナの所に行って良い?」

 チェスは片手でペンをくるくる回して弄ぶ。

「グラント様、午後からは剣術のお稽古があり、夕方からはお客様をお招きした晩餐会が開かれます。グラント様もラークホープ国の王子としてご出席なさらなくてはなりません」

「ほんの少しだけだよ。昨日もその前も二人に会ってないんだ」

「グラント様、お二人にお会いになるのは結構ですが、グラント様はもう王子様になられたのですから、今までのようなお付き合いは控えた方が宜しいですよ」

「どうして? 二人とも僕の大切な友達だよ」

「グラント様、まずはお言葉使いにもお気をつけ下さい。一国の王子らしく──」

「あっ、ジェナだ!」

 男の言葉が終わらないうちに、チェスは窓辺に駈け寄って行く。お城の庭を横切って、ジェナが薔薇園へ向かう姿が見えた。チェスはジェナに声をかけて、大きく手を振った。男はやれやれという風に肩をすくめるが、無邪気なチェスの様子に口元を弛める。

──エレック王子様もお小さい頃は、私の話など上の空で、勉強を抜け出し遊びに行かれることもありました。エレック王子様は、今でもこっそりとお一人で薔薇園に向かわれることもあるようですが……。

 チェスにエレック王子の姿を重ねて、教育係の男は声を潜めて笑った。



 チェスは日増しにお城の生活に馴染んでいく。言葉遣いは王子らしくなく、以前のチェスと何も変わってはいないが、チェスには持って生まれた気品と幼いながら風格がある。

 窓から身を乗り出して手を振るチェスに、ジェナは笑顔で手を振りかえした。

──チェスはエレック王子様の弟君、グラント王子様。だけど、私にとっては今も弟のように可愛いチェス。あぁ、でも、まだチェスがエレック王子様の弟君だなんて信じられない。エレック王子様をこんなにも身近に感じられるようになるなんて……。

 ジェナは薔薇を入れる花籠をさげ、夢心地で薔薇園に向かった。


 薔薇園に行くのはジェナの日課になっている。最近では、薔薇園の使用人から指導を受け、花の管理も任されていた。

「あっ……何だか葉っぱに元気がないわ」

 ジェナは咲き誇る薔薇の花々の中から、一本の薔薇の葉にそっと手を触れる。緑色の葉は色あせ、枯れかけている。

──後で使用人さんに言わなきゃ。特別な養分の入った水を吹きかけるか、虫除けのハーブの入った水をかけるか、どっちが良いのかしら?

 ジェナは食い入るように葉を観察する。

──それとも日の光が必要?

 ジェナは首を傾げる。薔薇の手入れは思った以上に大変で、ジェナの頭を悩ませる。

 と、ガサガサッと葉の揺れる音と足音が聞こえた。使用人が近くに来たのかもしれない。

「すみません! こっちに来てもらえますか? 薔薇の葉に元気がないんです!」

 ジェナは葉っぱから目を離さないまま声をあげた。足音がピタリと止まる。

「すみません! 私、どうしたらいいか分からなくて教えてもらえませんか?」

 こっちに来る気配がなく、ジェナはもう一度声をかけ、顔を上げた。

「あぁっ……!」

 ジェナは思わず息を飲み込んだ。てっきり使用人の足音だと思ったジェナだが、そこに立っていたのは、エレック王子だった。

──キャーッ!! 嫌だ! 私、何て失礼な物言い! どうしよう!

 ジェナの顔は恥ずかしさに見る見る赤く染まる。

「あっ、あの、あの……私、使用人さんだと思って……あの」

 慌てふためき口をパクパクさせるジェナに、エレック王子は優しく微笑みかける。

「また、驚かせてしまいましたね。申し訳ありません」

 エレック王子は、ゆっくりとジェナの元まで歩み寄り、ジェナが見ていた薔薇の葉に目をやる。

「あっ、あの……」

「あぁ、薔薇の葉が枯れそうになっていますね」

 心臓がドキドキして言葉が出てこないジェナの目の前で、エレック王子は悠然と小型の剣を取り出すと、枯れかけていた薔薇の葉を切り落とした。

「あっ……そんなに切ってしまって良いんですか?」

「ここまで枯れてしまうと、切り落とした方が良いのです。こうして、枯れた葉は薔薇の花の根元に置いておくと養分となります」

 エレック王子は手慣れた動作で、切り取った葉を薔薇の根元に置いた。

「私も薔薇の育て方は色々と教わりました。分からないことがあれば、何でも私に聞いて下さい。私もジェナの役に立てると思います」

「……そ、そんな私の役に立つだなんて」

 エレック王子はクスリと笑う。

「今日もこっそりとお城を抜け出して来たんです。出来ることなら、一日中あなたと一緒に薔薇の世話をしていたいのですが」

 エレック王子に優しく微笑まれ、ジェナもようやく顔に笑みを浮かべる。

──えっ……? 王子様、今、私と一緒にいたいって言った?

 サラリと言ったエレック王子の言葉を、ジェナはもう一度思い出そうとする。

「ジェナ、私はもうお城に戻らなければなりません。その前にあなたに見せたいものがあるのですが、こちらに来ていただけますか?」

 ぼんやりとしていたジェナに、エレック王子は向き直って言った。

「……は、はいっ!」


 エレック王子にエスコートされながら、ジェナは薔薇園の温室に案内された。

 王子様の温室。初めてエレック王子様と出会った甘い香りのたちこめる温かな場所。

夢見心地のジェナをエレック王子は温室の中央に連れて行く。そこには王子の育てた純白の薔薇、『ラークホープローズ』が咲いている。

「私は今、新しい薔薇の花を育てています」

 王子はラークホープローズを見つめながら、静かに口を開いた。

「……新しい薔薇?」

 白い薔薇の花の隣りに、新しく植えられた薔薇の苗が数本あった。

「まだ花は咲いていませんが、この『ラークホープローズ』を品種改良して、薄い水色の花を咲かせるつもりです」

「薄い水色の薔薇の花……なんだか、とっても綺麗で素敵ですね」

 ジェナは水色の薔薇の花を頭に描き、うっとりと微笑む。王子はほんのりと頬を染めると、純白のラークホープローズを一本摘んだ。

「上手く望みどおりの花を咲かせられるかどうか、まだ分かりませんが、新しい薔薇の名前はもう考えているのですよ」

 エレック王子は口元に笑みを浮かべ、白い薔薇をジェナに差し出した。

「ジェナ達に私は助けられました。グラント王子に再会出来たのも、あなたのお陰です。ありがとうございます」

「いえ、私は、ただ王子様を救いたくて、夢中で……」

 ジェナの頬は、赤い薔薇のように熱くなる。

「いつもあなたは、私に薔薇の花を届けてくれていたのですね。今度は私があなたに薔薇の花を差し上げます」

「……王子様」

 ジェナは胸をときめかせながら、純白の薔薇を受け取った。エレック王子の澄んだ緑色の瞳が、ジェナの間近に見える。王子はじっとジェナの瞳を見つめ返していた。

「『プリンセス・ジェナ』……新しい薔薇の名前はそう決めました」

「……えっ!? プリンセス・ジェナ?」

 ジェナは驚きのあまり、瞬きを繰り返す。

「あなたの瞳のような美しい水色の薔薇にしたいのです」

「そ、そんな、そんな私の名前をつけるなんて! 私がプリンセスだなんて……わ、私はただの平民の娘で……」

「私の母君も平民の出ですよ」

「で、でも」

「お気に召しませんか……?」

 エレック王子の瞳が曇るのを見て、ジェナは必死で首を振った。

「いえ、いいえ! 私、私、あの、嬉しくて! 嬉しすぎて!」

 ジェナはしっかりとエレックのくれた白い薔薇を握りしめた。エレック王子の瞳に笑みが戻る。

「初めてあなたにお会いした時からずっと、あなたのことが気になっていました。ジェナ、ずっと私の側にいてもらえますか?」

「……は、はいっ! も、もちろんです!」

──えっ! な、何? これって、もしかしてプ、プロポーズなの!?

「ジェナ、愛しています……」

 エレック王子の言葉にジェナは全身が硬直したように固まる。

──え……王子様? 今何ておっしゃったの!?

 エレック王子はジェナの動揺した心を解きほぐすように、そっとジェナの肩に手をかけた。そして、王子の顔がふわりとジェナに近づく。

「あ……!」

 軽く触れた柔らかな王子の温かい唇の感触。ジェナは気が遠くなりそうな衝撃を受ける。

──えっ! 王子様と、王子様とキス……!

「……ジェナ、明日も会っていただけますか?」

 頭の中が真っ白になったジェナの耳元に、エレック王子の甘い囁きが聞こえる。

「……えっ? は、はい……」

 エレック王子の甘い笑顔と薔薇の甘い香りで、ジェナの体は麻痺しそうだった。エレック王子はジェナに優しく微笑みかけると、軽く会釈して温室を出ていく。その姿をジェナはぼんやりとした表情で見送った。

 ジェナの手のなかの『ラークホープローズ』は、一段と白く輝き甘い香りを放っていた。









ジェナのキスで王子様は目覚める! と、童話のような展開を予定していたんですが、ストーリーの展開上出来なくなってしまいました。(^^;) そこで、新たなキスシーンを。エレック王子様ってこんなに情熱的だったっけ……!と、思いつつ一人で興奮して、随分と長い一話になりました。

完結まで本当にもう後少しです! 最後まで気を抜かず頑張りたいと思います。

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