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第七十九話 ペガサスの旅立ち

──誰かが私の名を呼んでいる……この柔らかで温かい光は何だろう……?

 濃い霧が次第に薄れていくように、遠のいていきそうな意識が、徐々に戻ってくる。エレック王子は、神々しい光の感触を全身に感じた。

──優しい温もり、愛しい人達……。

 握られた手から、チェスの温もりが伝わってくる。

──目覚めなければ、もう一度彼らに会うために。もう一度、私の弟を取り戻すために……。

 やがて、『バラの十字架』から放たれていた光は弱まり、固く閉じられていたエレック王子の重い瞼がゆっくりと開かれる。長い眠りから目覚めたエレック王子は、眩しそうに目を細めると、頭上にあるチェスの顔に目を留める。

「王子様が目を覚ました!」

 チェスは、エレック王子の手を握りしめたまま、喜びの声をあげた。

「エレック王子様!」

 ジェナの悲痛な叫びは、喜びの叫びに変わる。

 騒ぎを聞きつけて、城の人々が次々となだれ込むように王子の部屋に入って来た。王子の目覚めを知った人々は、皆歓喜の声をあげる。

 まわりが騒がしくなっても、エレック王子は瞬きもせず、じっとチェスの瞳を見つめていた。緑色の澄んだ瞳。十年前、小さな赤ん坊だったグラント王子と同じ瞳。あの日に、一瞬にして時が戻ったような錯覚をうける。

「……グラント?」

 王子は、チェスを見つめたままゆっくりと身を起こした。長く発していなかった王子の声は、低くかすれる。

「え?」

「お前のことだ」

 きょとんとしているチェスの代わりに、ハンクは答えた。

「お前の『バラの十字架』の裏に、グラントって書いてあるだろ。チェスの本当の名前はグラントなんだよ。つまり、エレック王子様の弟って訳さ」

「僕が……?」

「グラント」

 今度はハッキリと、王子はチェスの名前を呼び、緑色の瞳に笑みを浮かべる。

「やっとお前を見つけることが出来ました」

 エレック王子はチェスを引き寄せると、しっかりと抱きしめた。

「どうか私を許して下さい」

「エレック王子様……」

 何一つ記憶にないチェスは、目の前の王子様が実の兄だと言われ戸惑うばかりだった。だが、小刻みに体を震わせながらも、しっかりとチェスを抱きしめる王子。その温かい優しさがチェスには伝わってきた。




 エレック王子が『呪い魔法』から目覚めて数日が経った。

 衰弱していたエレック王子は、日に日に元気を取り戻していった。十年も行方の分からなかったグラント王子との再会が、エレック王子の快復を一層早めたようだ。

 王と王妃も旅先から帰国し、小さなラークホープ国はエレック王子の快復と、グラント王子のことで、しばらくはお祭り騒ぎのような賑わいをみせていた。

 

 少しずつお城が落ち着きを取り戻してきたある日の夕暮れ。

 お城での仕事を終えたジェナは、城の馬小屋の前を通りかかった。と、馬小屋の中からバサバサッという羽音が聞こえ、足を止める。

「ハンク」

 三頭のペガサスを連れて、馬小屋からハンクが現れた。

「ペガサス達が旅に出たがっているから、小屋から出して自由にしてやれってさ」

 ハンクは白いペガサスの羽を撫でる。

「チェスに頼まれたんだよ、彼奴ペガサスの言葉分かるだろ」

「そうね、チェスは──あ、グラント王子様……よね」

 ジェナは肩をすくめる。弟のように接していたチェスは、エレック王子様の弟君。ラークホープ国の王子なのだ。城で会うことは出来ても、今までのように気軽に話し掛けることはためらわれる。

「グラント王子様か……何かピンとこねぇな。俺の中では今でもチェスだ」

 小屋の外に出た三頭のペガサスは、ゆっくりと羽を羽ばたかせ始める。

「ペガサスは平和な国を好むって言ってたわよね。ラークホープは平和じゃないのかしら……?」

 ジェナはふと心配になり、飛び立とうとするペガサス達を見つめる。

「大丈夫さ、ここより平和な国って見たことないぜ。ペガサスは小さな馬小屋から離れて自由になりたいだけだ」

 優雅な白い羽を大きく羽ばたかせると、ペガサス達はゆっくりと赤い夕焼けの空に舞い上がっていく。踊りを舞っているような美しいペガサスの姿。三頭のペガサスは、別れを告げるように、ハンクとジェナの頭上で円を描きながら数回飛ぶと、茜色の空に向かって飛び立っていった。

「残念だったな」

 ペガサスが去って行く空をうっとりと見つめているジェナに、ハンクは言った。

「……え?」

「エレック王子様とキス出来なくて」

「な、何言ってるの!……エレック王子様を愛する心は、みんながもっていたから。だ、だから、私のキ……ううん、私なんて」

 頬を染め、しどろもどろになるジェナを見て、ハンクは笑う。

「な、こと言って、いつ王子にキスしようかって、ずっと待ちかまえていたくせに」

「ち、違うわよ! だ、だいたいハンクが変なこと言うから、私」

 ハンクには知られたくないけれど、確かにあの時はエレック王子様にキスをしようかと考えていた。そう思うと、ジェナの顔は夕焼けの空のように赤く染まっていく。

「ま、エレック王子様とはグッと距離が縮まった訳だし、本物のキスが出来る日も近いかもな」

 ジェナは咳払いし、両手で火照った頬を押さえる。今までは、お城の中に入ることさえ出来なかったジェナだが、今は城の中での仕事を任されるようになった。チェスやエレック王子の部屋に行くことも許されている。手の届かない憧れの王子様が、身近に感じられるようになってきた。

 ジェナはフーと息を吐くと、空を見上げ小さくなっていくペガサスの姿を目で追った。

「……ペガサスはどこに行くのかしら?」

「さあな。またどこかの平和な国じゃねぇか」

 遙かに続く赤い空を、二人はいつまでも見つめていた。







     

約一月ぶりの更新でした…^^; 「夏ホラー」からの頭の切りかえが、なかなか難しかったです。何となくぎこちない繋がりになってしまったかも…。

これからは完結に向けてラストスパートです!

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