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第七十六話 王子様の十字架

 王と王妃がお城に戻って来るまで、取り敢えずアビーはお城の牢に入れられることになった。かつてお城の牢屋が使われたことはなく、その存在さえ忘れられていた。お城の兵士も囚人をどう扱えばいいのか、分からないくらいだ。だが、ラークホープ国初めての囚人は泣いてばかりで、羊より大人しく従順だった。

「……処刑なんて嫌だ……僕は死にたくない」

 アビーは肩を震わせ小声で繰り返す。

「アビーのお父さんに使いをやったんだって。もうすぐしたら、お父さんが来てくれるよ」

 チェスは連行されるアビーに着いて行き、泣き濡れる大きな幼子に優しく告げた。

「僕は何もしてないんだ。お父様ならきっと分かってくださる」

 父親が来ることを知り、アビーは少しだけホッとする。王国とは言え、王は国の象徴。この小さなラークホープの一番の権力者は、実際アビーの父親のようなものだ。

「お父様が僕を助けてくれるさ」

「しかし、今回ばかりは王様も、エレック王子様の魔法が解けない限り、あなたを許すことは出来ないのではないでしょうか?」

 兵士の一人が口を挟む。

「魔法をかけたのは僕じゃない。肝心のエルフがいなくなったんだから、仕方ないじゃないか」

 アビーは涙を拭うと、隣りを歩くチェスを睨む。

「お前のせいだ。お前が王子と同じ十字架なんか持っていたから。お前の『バラの十字架』のせいで、エルフが消えてしまったんだ」

 アビーは筋の通らない言い訳をして、チェスに罪をなすりつけようとする。

「エルフがいれば、王子の魔法も解けたはずだ」

「……」

 チェスは黙って立ち止まり、胸元の十字架に手をあてる。

「何を言うのですか、あの子達のお陰で王子様は救われたと言うのに」

「あなたには、しばらく牢で反省していただかないと」

 兵士達は、幾分強くアビーの腕を掴むと、チェスを残し足早にアビーを連れて行った。



──エレック王子様も僕と同じ十字架を持っている……。

 チェスはアビーと兵士達の後ろ姿を見つめながら、『バラの十字架』を握りしめた。チェス自身、突然十字架が光始めたことに驚いている。清らかな十字架の光は、エルフ達を消し去った。エレック王子と自分の十字架の光が重なった時、チェスは何かしら王子との強い絆を感じていた。

──王子様とは今日初めて会ったばかりなのに……?


「チェス」

 チェスがぼんやりとお城の廊下に佇んでいると、年輩の侍女が白い薔薇の花束を抱えて通りがかった。チェスは侍女に笑顔を向ける。

「綺麗な薔薇だね」

「エレック王子様のお部屋に飾る薔薇ですよ。王子様の大好きな白い薔薇ですからね」

 侍女は愛おしそうにチェスに微笑みかける。

「聞きましたよ。あなた方は、エレック様を襲おうとしたエルフ達を退治されたとか。ジェナやあなた方には、本当に感謝しています」

 チェスは首を横に振る。

「僕は何もしてないんだよ。王子様の『バラの十字架』と僕の『バラの十字架』が救ってくれたんだ」

「あなたの『バラの十字架』……?」

「ほら、これ」

 チェスは首にかけている十字架を胸元から取り出すと、侍女に掲げて見せた。

「これは……」

「王子様と僕、同じ十字架を持っていたんだ。二つの十字架が光り出して、エルフを消しちゃった」

「チェス、もっとよく見せて」

 侍女は食い入るように『バラの十字架』を見つめる。

「確かに薔薇の模様が掘られてある……チェス、裏を、十字架の裏を見せて」

 侍女は動揺し、声を震わせて言う。

「いいよ。この十字架は、僕が赤ちゃんの時から持ってた宝物なんだって。海で僕を拾ってくれたハンクがいつも言ってた」

 チェスは屈託ない笑顔で答えると、花束で両手のふさがった侍女に、十字架を裏返して見せた。金色の十字架がキラリと光る。十字架の裏側には、小さく掘られた文字が……。

「……!」

 侍女は声を飲み込み、絶句する。次の瞬間、抱えていた侍女の薔薇の花束が、バサバサッと音を立てて床に落ちた。チェスは目を丸くして、落ちた白い薔薇と侍女の顔を交互に見つめる。

「どうしたの?」

「……グラント様……グラント王子様」

 侍女は震える声で、呟いた。

「間違いありません……これは、グラント王子様がお生まれになった時、授けられた『バラの十字架です」

「グラント王子様?」

 チェスは十字架に目を落とす。十字架の裏に何か文字が書かれていたことは気付いていたが、十字架を作った職人の名前くらいに思い、気にもとめていなかった。

 『グラント』。十字架の裏の小さな文字は、チェスの目にハッキリとそう読めた。





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