第七十四話 聖なる光に包まれて
ほんのりと青味をおびた清らかな光が、部屋を交差する。エレック王子とチェスの胸元から放たれた二つの光は、神々しく輝きながらやがて一つに繋がった。
「……じゅ、呪文が……呪文を唱えることが出来ません」
ラームは苦しげな表情をし、光を遮るように両手を上げた。青白い光は、ナイフのように鋭くラームの体を突き刺す。
「う、うぅ……なんたる力……」
ラームは呻きながら、額から冷や汗を流す。
「く、苦しい……」
唖然としその様子を見ていたアビーは、美しいラームが額から黒い汗を流すのを見てゾッとする。リルと同じ不気味な黒い汗だ。
「リル、ラームはどうしたんだ? こんなただの光に……」
ラームから顔をそむけ、アビーはリルに囁く。
「ア、アビー様」
ラームのマントをしっかりと掴んでいるリルも、苦しげに呻き黒い汗を流していた。
「聖なる光は、エルフの大敵です……うぅぅ、リルはもうダメでございます」
くしゃくしゃの顔をもっとくしゃっとさせてリルは呻く。
「聖なる光とは?」
「『バラの十字架』でございます……聖なる力のこもった二つの十字架が重なり合い、エルフの呪文をはねつけたのです」
「バラの十字架?」
「うぅぅ、聖なる光は邪悪な呪文を許さないのです……」
アビーは訳が分からず、光に苦しむ二人のエルフを見つめる。美しく威厳のあったラームも今は見る影もなく、リルと同じように怯えて呻いている。
「し、しかし、何故……あの子供が、王家の『バラの十字架』を……?」
リルが苦しげにそう告げた時、ラームの鋭い悲鳴が部屋中に響き渡った。
「ラ、ラーム様、私もご一緒に!」
今にも光に追放されそうなラームのマントを、リルはしっかりと掴む。
「は、放しなさい! 全てお前のせいです! お前が『呪い魔法』など使ったばかりに──」
二つの光は一層輝きを増す。ラームは最後の力を振り絞ってリルを突き放すと、断末魔のような叫び声を発しながら光の中に消えていった。
「ラーム様!」
その直後、リルも悲鳴を上げてその姿を光の中に姿を消した。
二人のエルフの悲痛な叫び声を飲み込んだ聖なる光。その光は、次第にやわらいでいき、やがて、エレック王子とチェスの『バラの十字架』の元へと帰っていった。王子の部屋には、再び静寂がおとずれる。エレック王子は未だ眠ったままだが、その顔から苦痛の表情は消え、安らかな寝息を立て始めていた。
全て瞬時の出来事だった。チェスは戸惑いつつ、胸元の十字架を抑える。光は消えたが、十字架はまだ温もりをおびていた。
「……何だったんだ? 今の?」
静寂を破ってハンクが口を開く。
「変な奴らがいて、光の中に消えちまった」
「あれは化け物よ! エレック王子様を眠らせたのも、私を遠い場所へ飛ばしたのも、あの化け物のせいなんだから」
ジェナもようやく我に返り、ベッドの中で眠る王子に目をやる。こんなにも間近でエレック王子を目にするのは、薔薇園で王子に出会って以来だ。
「王子様……」
一難去った安堵感と同時に、懐かしさと切なさがこみ上げてくる。悪は去ったと言っても、まだ王子は眠ったままで『呪いの魔法』は解けていないのだ。
「きっと、『バラの十字架』がエレック王子様を救ってくれたんだね」
チェスはエレック王子を見つめながら微笑む。
「さすが、お前の十字架の威力はすげぇよな。なんたって、幸運の十字架だもんな」
「しかし、君が何故『バラの十字架』を持っているんだね?」
使用人はチェスの胸元を見つめる。
「チェスは、赤ん坊の時から胸につけてたんだ。広い海を漂っていたのに怪我一つせず、無事でいられたのも『バラの十字架』のお陰さ」
チェスの代わりにハンクは答える。
「『バラの十字架』はラークホープの王家の宝……これは、一度国王に確かめていただかねば……」
使用人はチェスを見つめ呟いた。
とその時、騒ぎを聞きつけた兵士達が王子の部屋に駆けつけてくる。
「王子様はご無事ですか!」
部屋になだれ込んできた兵士達を見て、アビーは困惑する。ここにはラームの魔法で辿り着いたが、もはや頼れるエルフは二人ともいない。
「ぼ、僕は、もう帰らなくては」
「待ちなさい、アビー!」
密かに部屋を出ていこうとしたアビーの腕をジェナは掴んだ。
「あなたには色々話しがあるわ」
続けて読んで下さっている皆様、お久しぶりです〜十九日ぶりの更新です……^^; ずっと頭の隅にはあって、書こう書こうと思いながらも書けませんでした。他の作品との同時進行っていうのが、私にはなかなか出来ないようです。
これからしばらくは、連載に力を入れたいと思ってます。これからもどうぞ宜しく。