第七十話 王子様の危機
「『黄金の木の実』……」
使用人は言葉を切り、記憶をたどるように目を細めた。
「確か、ノースアイランドという島のノースロックという山の山頂に生えている木の実のことだな?」
「そうです! 私たち、これからそこに行く予定だったんですが、今年は肝心の木の実がならない年だと聞いて……」
「『黄金の木の実』のこと何か知ってるの?」
ジェナとチェスは身を乗り出し、期待を込めた目で使用人を見つめる。
「確か、冒険好きだった私の爺さんが、若い頃にノースロックに登り、その『黄金の木の実』を手に入れたと言っていた」
「本当に!?」
使用人の思わぬ言葉に、ジェナは喜びの声をあげる。
「あぁ、毎年のように島を訪れて『黄金の木の実』を探したそうだ。十年目にしてようやく手に入れたと言っていたよ」
「お爺さんに会わせて下さい!」
「おいおい、爺さんが生きていたのもだいぶ前のことだよ。なにしろ、その木の実を手に入れたのが、七十年近く前のことだからな」
「そうですか……」
ジェナはまたガッカリと肩を落とした。
「そんなに前なら、『黄金の木の実』ももうなくなっちゃってるよね」
「実自体はとっくになくなってしまったが、『黄金の木の実』はその名の通り、黄金の固い殻に包まれている。その黄金の殻なら、今も家にあるはずだ」
「木の実の殻……それを見せてもらえますか?」
七十年前の殻だけの木の実で、魔法を解く効き目があるかどうかは分からない。だが、今は僅かな望みに託すしかないと、ジェナは思った。
「ああ、ぜひ受け取っておくれ。それで王子様の命を救うことが出来るなら、本望だ。今まで家宝として大切に取って置いたかいがあったよ」
使用人は微笑んだ。
「こ、これは……大変なことに……」
アビーの部屋で水晶を見つめていたリルは、顔を歪める。リルは毎日水晶球で城の様子を探っていたが、薔薇園でのジェナやチェス達の会話を聞き困惑していた。
「また、水晶球か。何を見ていたんだ?」
アビーはヒラヒラとマントを翻し、じっと水晶を見つめるリルの背後に近づく。
「いえ! 何も……」
リルは慌てて両手で水晶球を覆い隠した。
「フン、それにしてもラームは遅いな。もしかして、約束を忘れてしまったんじゃないのか?」
「そんなことはございませんよ。ラーム様は一度言ったことは、必ず実行に移されます。ただ、お忙しいお方なので、時間がかかるのだと思います」
リルはフーと息をついて、額の黒い汗を手で拭う。
「退屈だ。早くエレックがいなくなり、ジェナが僕のものになるといいんだが」
アビーはにやりと笑う。
「エレックが死ねば、ジェナも忘れてしまうだろう」
「おや、アビー様、そんなにジェナを手に入れたいのですか? あの娘にはそんな価値はございませんよ。アビー様にはもっと相応しい人がおられます」
「どこにだ?」
リルは無言でニコニコと微笑みながらアビーを見上げる。
「……冗談でも、『それは私です』とは言うな……」
アビーの握りしめた拳が震える。今にもリルに向かって振り上げられそうだ。
「アビー様、暴力は──」
と、その時、リルが両手で抱えていた水晶球が突然光始める。見る見るその光は強くなり、部屋全体が強烈な光で包まれる。
「な、なんだこれは」
あまりの眩しさに、アビーは両手で顔を覆う。
「もしや……これは、ラーム様の光。ラーム様が来られたようですよ」
この前ラームが姿を現した時と同じ光線をリルは見つめる。水晶球はより一層輝きを増し、やがてその光の中から人物の陰が浮かび上がってきた。