第六十七話 悪い知らせ
「ジェナ、誰からの手紙……?」
チェスは心配気にジェナの顔を覗き込む。手紙を読み始めたジェナは、手紙を両手で持ったまま固まってしまったようにじっとしていた。黙ったまま何度も便箋に書かれた文字を繰り返し読み続けている。
「……ドロシーさんから」
ようやくジェナは低い声で答えた。
「ドロシーから? 何て書いてあるんだよ?」
自分宛の手紙を読んでいたハンクは、ひとまず手紙を懐にしまい込みジェナに尋ねる。
「……せっかくここまで戻って来れたのに……」
ジェナは手紙をハンクに手渡すと、大きくため息をつき顔を伏せてうなだれた。
「私たち、今まですごく幸運だった。でも、その運も尽きたみたい……もう、エレック様を救えないわ……」
ジェナは唇を噛み、小刻みに肩を震わせる。伏せた瞳からは今にも涙が溢れ出そうだった。
「どうして? ドロシーは何て言ってるの?」
悲しそうなジェナの横顔を見ながらチェスは聞いた。
「……あのな、チェス」
一通りドロシーからの手紙を読んだハンクは、フーと息を吐いて続ける。
「……魔法を解くために必要な『黄金の木の実』、俺達がこれから探しに行こうとしてた木の実に、今年は実がならないんだってさ。なんでも十年に一度実のならない年があるらしくて、今年がちょうどその十年に一度の年って訳さ」
ハンクは声を落としてチェスに言った。
「それを早く言ってくれなけりゃ……俺達の今までの苦労は何だったんだって感じだよな」
「もうダメ……来年まで待つことなんて出来ないじゃない」
ジェナはこらえきれず、ポタポタと大粒の涙を流した。
「私達どうしたらいいの? エレック王子様はどうなるの……?」
「ジェナ、まだ分からないよ。まだ何か他に方法があるかもしれない」
チェスは言うが、ジェナは首を振って泣き続ける。
「今から他の方法なんて見つかりっこないわ……チェスのバラの十字架の力でも、どうすることも出来ない」
「今まで『運』だけに頼ってきたようなもんだよな。まぁ、『黄金の木の実』を探し出せたとしても、他にも難関はあるんだけどな……」
ハンクはぐったりとソファにもたれた。と、頭の上の方で何か小さな音がする。
「何だ、あれ?」
ハンクが顔を上げると、三人が座っているソファの上に何か黒いものが飛んでいた。
「コウモリ?」
チェスは目を丸くして、黒いコウモリを見つめた。パタパタと羽ばたきながら、小さなコウモリは部屋を飛んでいる。
「まぁ、コウモリだなんて不吉な!」
侍女は驚いて叫び、追い払おうとするが、コウモリはなかなか三人のまわりを離れようとしない。
「邪魔なんだよ! こんな時に!」
ハンクは、コウモリを叩き落とそうと手を振り上げる。微かにハンクの手がコウモリに当たり、コウモリはバランスを崩すが、持ち直して上空に舞い上がる。そして、そのまま開いた窓から外に逃げていった。
「おぉ、ようやく戻って参りましたよ、アビー様」
リルは、アビーの屋敷の二階の窓から空を見上げていた。リルの視線の先に、黒いコウモリの姿が浮かんだ。コウモリは小さな羽を羽ばたかせながら、次第に窓に近づいてくる。
「何が戻って来たんだ?」
アビーも窓辺に近寄り空を見上げる。
「ああっ! コウモリ!」
醜い顔をした小さなコウモリが、アビーの顔をかすめて部屋に飛び込んできた。
「アビー様! コウモリを叩いてはいけません。そのコウモリは私の使いでございます。お城の様子を探りに行かせたのですよ」
危うくアビーに叩かれそうになったコウモリは、アビーをすり抜けリルの肩にちょこんと乗った。アビーはおぞましい顔をして、リルとコウモリを見比べる。
「お前とコウモリはよく似た顔をしているな」
「そうですか? とても可愛い顔をしていますでしょう? エヘッ」
リルは目を細めてニコリと笑った。コウモリまでニコリと微笑んだ気がして、アビーは思わずゾッとした。
「……そのコウモリに何を偵察させたんだ?」
「もちろんジェナ達の様子でございますよ」
「ジェナ達!? ジェナが戻って来たのか?」
アビーはパッと顔をほころばせる。
「随分早かったな。今すぐ会いに行こう」
「お待ち下さいませ、アビー様!」
リルは、足早に部屋を出ていこうとするアビーのマントをグッと掴んだ。
「まずはコウモリの報告を聞かなければなりません」
リルは片手でマントの裾を掴んだまま、肩に乗ったコウモリの鳴き声を聞き取り始める。コウモリはリルの耳に向かって奇妙な声で鳴き続けた。
「おや、そうですか……!」
アビーはマントを引いてアビーの手を払いのけた。
「その汚いコウモリは何と言ってるんだ?」
「アビー様、朗報でございます」
リルはアビーを見上げ、嬉しそうに笑った。細い目が、なくなりそうなくらい細くなる。
「どうやらエレック王子が助かる見込みはなさそうですよ。『黄金の木の実』が、今年はならないそうです。エヘヘ」
リルは笑いが止まらない。ラームが来るまでは、ジェナ達の邪魔をしなければならないと気をもんでいたが、その必要はなくなったようだ。