第六十六話 お城で
突然ペガサスに乗って城に舞い降りてきた三人に、城の者達はひどく驚いていたが、その驚きもすぐに歓声へと変わった。エレック王子を救える望の綱は、もうジェナしかない。国中の民にとって、彼らは救世主のような存在だ。ジェナもハンクもチェスも、三匹のペガサスも、城に着くなり丁重な扱いを受けた。
長旅で汚れきった体もお風呂で綺麗に洗い、城で用意された服をあてがわれた。さっぱりと旅の汚れを洗い流した三人は、来賓用の部屋に案内されていた。
「フー、久しぶりの風呂は気持ちよかったなぁ」
ハンクは、ふかふかのソファに沈み込むように深く腰掛ける。
「それに、なんだか貴族にでもなったような気分だよな」
ハンクは真新しい騎士の服を着て、ジェナも丈の長いドレスに身を包んでいる。
「本当に……私、お城で働いていたけど、お城の中に入ったのは初めて」
「お城の中って広くて綺麗な所なんだね」
チェスはくるりと部屋を見回す。床に敷かれた赤い絨毯。上品な装飾の家具やテーブル。白い壁には美しい風景画が何枚も飾られていた。
「こんな所で暮らせたら最高だぜ、チェス。ま、ちょっと貴族の服は窮屈だけどなぁ」
ソファに埋もれハンクは大きく伸びをする。お風呂で温まった体は、心地よい眠気を誘う。
「でも、エレック様は今も苦しんでおられるわ。直ぐにでもまた旅を続けなきゃ」
「まあな。で、エレックはどこにいるんだ? まずは本人に会ってみようぜ」
「な、何失礼な事言ってるのよ! エレック様は王子様なんだから、私たちが簡単にお目にかかれるような方じゃないの!」
ジェナはハンクの軽はずみな言動に声を荒げる。そうは言ったものの、すぐ近くの部屋でエレック王子が眠っているのだと思うと、ジェナの心は大きくときめいてくる。本当は、今すぐにでもエレック王子のもとに駆けていきたい気分だった。
「無理すんなよ。会いたくてしょうがねぇくせに」
ハンクは笑った。ハンクに図星され、ジェナの頬は赤く染まる。
「で、夢の中みたいに、眠ってる王子様の唇に──」
「ハンク!」
ジェナの顔は湯気が出そうなほど真っ赤になる。
「僕も会ってみたいよ、王子様に」
二人の様子を見てチェスが無邪気に言った時、部屋をノックする音が聞こえ、静かにドアが開いた。
「失礼致します」
城の侍女が軽く会釈して、部屋に入って来た。彼女が抱えているトレーには、綺麗な装飾のティーポットとカップが乗っている。侍女はテーブルまでトレーを運ぶ。
「あ、私は良いです……」
お茶を差しだそうとする侍女に、ジェナは小声で言った。お城で一緒に働いている先輩の侍女が、自分ためにお茶を運んで来るとは思いもしなかった。遠慮がちにソファの隅に座るジェナに、侍女は微笑みかける。
「ジェナ、あなたは大切なお客様なのよ。ゆっくりくつろいでちょうだい」
「あ、はい……」
「王様とお妃様は今日はいらっしゃらないの。明日にはお城に帰って来られるはずだから、その時お会いになられると思うわ」
「えっ! 王様とお妃様に!?」
ジェナはビクッとして顔を上げ、目を丸くする。国王と直々に話しをするなど、ジェナにとっては、信じがたいことだった。
「あなたはそのためにお城に戻って来たのでしょう?」
侍女はクスクスと笑った。
「あ、はい……そうなんですが……」
「王様もお妃様も、あなた方の到着を心待ちにされていました。エレック王子様を救える望みは、もうあなた方しかないのかもしれないと……」
侍女は悲しげに目を伏せる。
「僕達もエレック王子様に会わせてもらえる?」
ティーカップを両手で持ち、チェスは侍女を見上げて聞いた。
「ええ、エレック王子様は眠ったままですが──」
そこまで言うと、侍女はチェスの顔をじっと見つめたまま言葉を切った。
「……あなたのお名前は?」
「チェス。孤児院で育ったから、名字はないんだ」
「チェス……あなたが着ているのは、王子様がお小さかった頃のお召し物です。よくお似合いです」
侍女は愛おしそうに微笑んだ。
「王子様のお小さい頃とあなたがあまりによく似ていらっしゃるから、驚きました」
「チェスはきっと貴族の子供だと思うぜ。何かの間違いで海に流されたんだろうけど」
「あなたは、ハンク様ですか?」
侍女は、チェスの隣りに座っているハンクに目を向ける。
「ああ、そうさ」
「つい最近、あなた宛てにお手紙を受け取っております」
「手紙? 俺に?」
ハンクはキョトンとした顔で侍女を見る。見知らぬ国の城で、自分宛に手紙を受け取るとは、思っても見なかった。
「はい。それと、ジェナ、あなた宛にもお手紙が来ていました」
侍女は懐から二通の手紙を取りだし、それぞれハンクとジェナに手渡す。
「誰からかしら?」
ジェナは白い封筒を見つめる。差出人の名前はドロシーだった。ジェナは直ぐに封を切り、便箋を取り出す。