第六十五話 ペガサスに乗って
「暇だ……」
草原に寝ころび、青い空を見上げてアビーは呟いた。直ぐ隣りにはリルが横になっている。ラークホープに戻ったものの、ラームが来るまでは何も出来ず、退屈な日々を過ごしていた。
「ラームはいつになったら来るんだ?」
「ラーム様にはたくさんの弟子達がおりますからね。とてもお忙しい方なのですよ、エヘ」
リルは答えて、小さく欠伸をする。
「それまで、ゆっくりとお過ごしになっていればいかがですか? こんなにお天気も良いことですし、気持ち良くお昼寝が出来ます」
「フン、毎日毎日、昼寝が出来るか! また、どこかへ旅してみたいな。この国はあまりにも田舎だ。退屈すぎる」
アビーはフーと息を吐いた。
「良いではないですか。こんなに平和な国は他にございませんよ」
「平和すぎるのもどうかな? この国にあるものと言ったら、薔薇しかない」
「確かに、一面の薔薇の花々を見れば、兵士達も戦う意欲がなくなるでしょうね。国中薔薇の甘い香りがたちこめていますし、エヘヘ」
「ジェナがいれば、退屈しのぎになるんだが……彼女は今どこにいるんだろう?」
「アビー様、今ジェナに戻られては困ります」
リルは身を起こし、袂から水晶球を取り出す。
「あの娘達が今頃どこにいるか、私の水晶球で見てみましょう」
手のひらに水晶球をのせ、リルは小さく呪文を唱える。澄んだ水晶球は、次第に白く濁っていく。アビーも興味をひかれ、寝返りをうってリルの方を向く。
「ジェナはどこだ?」
「しばらくお待ち下さい」
やがて、水晶球の白い濁りは、霧が晴れていくように消えていく。それと同時にジェナ達の姿が映し出された。
「これは……!」
リルはその光景を見て、驚きの表情を浮かべる。ジェナとハンクとチェス、三人がそれぞれ三匹のペガサスに乗り、空を飛んでいる。
「何が映った?」
「はっ……いえ、その、彼女達は馬に乗っておりました」
「彼女達? ジェナは誰かと一緒なのか?」
「はぁ、そのようです……」
リルは言いよどみ、額から黒い汗を流す。
──驚きました。何故、あの娘達がペガサスに乗っているのでしょうか!? 馬は馬でもペガサスとは……羽の生えた馬なら、あっという間にここに戻って来ますよ。
「僕にも見せてくれ」
アビーが手を伸ばし、リルはとっさに背を向けて水晶球を隠した。
「もう消えてしまいました、エヘヘ」
リルは苦し紛れに笑う。タラリと一筋、黒い汗がリルの額を伝って流れ落ちた。
ぐんぐんとスピードをあげ、ペガサスは大空を駆けめぐる。あれだけ苦しんだ『赤い砂漠』も、空の上を飛んでいけばアッという間に過ぎ去ってしまった。砂漠を超え、ヨークの町も超える。次々と移り変わっていく風景。模型のような小さな街並みを真下に見ながら、ジェナ達は空の旅を楽しんでいた。
風を切り、大空を舞う。まるで鳥になったような気分だ。
「森も畑も家も、みんなオモチャのようね」
「こんなに楽なら、最初からペガサスがいてくれたらよかったよなぁ。今までの苦労は何だったんだろうって感じだぜ」
「ペガサスに出会えるなんて滅多にないことなのよ。私たちは、とても恵まれていたんだわ」
三匹のペガサスは並んで飛んでいく。ジェナは、隣りに並んで飛ぶハンクに言った。
「そうだな、俺達は幸運なんだ。にしても、気持ち良い! 最高の気分だ」
ペガサスの背にしっかりとつかまり、ハンクは下界を見下ろす。ヨークの街並みは過ぎ去り、何もない平野が広がる。その平野もどんどん超えていく。
「あっ、見て! たくさんの花畑が見えるよ」
チェスは前方を指さして言う。平野が過ぎると、今度は花畑が広がってきた。
「あれは……あれは、薔薇園だわ!」
ジェナは興奮して叫んだ。至る所にある薔薇の園。懐かしい故郷の薔薇の香りが、今にも香ってきそうだ。
「薔薇園? じゃあ、ラークホープに着いたのか?」
「そうよ! ほら、見て向こうにお城が見えるでしょ? あそこには……」
エレック王子様がいらっしゃる! ジェナの胸は大きくときめく。一刻も早くエレック様に会いたい!
「とうとう着いたんだな。本当に薔薇の国だよな、ここは。どこもかしこも薔薇だらけだ」
ハンクは下界を見下ろして呟く。
「あれ? あそこで誰か昼寝してるぞ……」
ハンクは草原にいるアビーとリルの姿を見つけた。しかし、広い大空から見下ろすとほんの小さな点のような大きさだ。
「早くお城に行きましょう!」
ジェナはもうお城しか見えないらしい。ペガサス達は大きく羽をひとふりすると、速度を上げて城に向かった。
リルは立ち上がり、恐怖の眼差しで上空を見上げていた。
──まさか、こんなにも早く到着するとは……。
リルは空の上を飛ぶペガサスを見つめ、ゴクリとつばを飲み込む。三人を乗せたペガサスは、瞬く間にリル達の上を飛び去って行った。
と、ヒラヒラと何かが上空から舞い降りてくる。それは弧を描いてアビーの頭の上に落ちてきた。
「ん? 何だこれは?」
アビーは額に落ちてきた白い羽を掴み、身を起こす。空の上を通過したペガサスには全く気付いていない。
「大きな白い羽だな」
アビーはペガサスの羽を片手でいじる。
「……鳥の羽でしょう……空から落ちてきたのですよ」
アビーは空を見上げるが、青空には鳥の姿もペガサスの姿もなかった。
──あの娘達は城に向かったようですね……さて、どうしましょうか? ラーム様が来られるまで、何とかあの娘の邪魔しなければ……。
その場に棒立ちになったリルは、冷や汗をかき、必死で思案した。
羽の生えたペガサスにどうやって上手く乗れたか? がちょっと疑問です……よく考えてませんでした。なんとか乗れたということで。^^;