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第六十二話 初めてのキス?

「フー、やっと水が沸いた」

 ハンクは大きく息を吐き、焚き火の上でグラグラと沸いている鉄鍋の水を見つめた。チェスが持っていた虫眼鏡で火を起こすのに、かなりの時間がかかった。行商人の男が言うには、粉薬はお湯で溶かして飲まさなければならないらしい。その間にもジェナの様態は悪くなる一方で、ハンクもチェスも冷や冷やしていたところだ。

「良かった……」

 チェスは眠い目をこすりながら答える。どうにか目を開けているが、今にも体が前に倒れそうだ。一睡もせず赤い砂漠を進んで来たため、身体は疲れ切っていた。行商人の男は薬の飲ませ方だけ伝えると、さっさと眠りについてしまった。

「チェス、お前は先に寝てろ」

 体を揺らせていたチェスが、ガクッとつんのめりそうになるのを見て、ハンクは言った。そう言うハンクも、眠くて仕方ない。

「後は薬溶かして、ジェナに飲ませるだけだからな」

 大きく欠伸をしながら、ハンクは言った。

「うん……ジェナ、きっと良くなるよね」

 チェスは、今にも閉じてしまいそうな瞼をこらえて言う。

「もちろんさ。金貨一枚と馬二頭分の薬だぜ。効かなきゃ許さねぇ」

「そうだよね……それじゃ、ハンクお休み」

 チェスはフラフラッと立ち上がり、馬たちを繋いでいる木陰へと向かった。


「薬を入れてと、お湯で溶かせばいいんだな」

 ハンクは陶器の器に薬を入れ、沸いた湯を入れてかき混ぜた。粉薬はサッと溶けて、白濁色の湯になる。

「これを冷ましてと」

 湯気の立つ薬を、ハンクはフーフーと吹いて冷ます。

「後はジェナが飲むだけだ」

 ハンクは薬の入った器を持ち、横たわるジェナの元に運んだ。ジェナは今も苦しそうに小さく呻いている。

「ジェナ、ジェナ……」

 ハンクはジェナの肩をそっと揺すった。

「薬だ。これを飲めば直ぐに治るってさ」

 しかし、ジェナは小さく呻くだけで、目を覚まさない。

「ジェナ」

 ハンクはジェナの口元に器を近づける。

「飲みなよ」

「……うぅ……」

 ジェナの唇に器を押しつけるが、ジェナは目を覚まさず、薬を飲むことが出来ない。傾けた容器から、ジェナの唇を伝って白い薬の液が流れ落ちた。

「あっ! ダメだ、ジェナ! 貴重な薬なんだぜ!」

 金貨も馬も失った。その大切な薬がこぼれ落ちるのを見て、ハンクは思わず声を荒げてしまう。

「……」

 意識の朦朧としているジェナは、ただ苦しげに顔をしかめるだけだ。

「無理だよな……ごめん」

 ハンクはフーと息を吐く。

「けど、なんとか飲んでくれないと。どうするか……」

 しばらく思案していたハンクは、ふとジェナの唇を見つめる。いつものぷっくらとしたピンク色の唇ではなくて、青紫色になってしまっている。健康的なジェナの顔もすっかりやつれてしまったように見えた。

「……」

 ハンクはふと、以前ドロシーとフィルが目の前で熱烈なキスをしていた光景を思い出す。

「……あの時ワインを飲ませていたような……?あれで、いくか」

 ジェナの唇を唇をじっと見つめて、ハンクは呟く。

「他に方法はねぇよな……ただ、薬を飲ませるだけだから……」

 ハンクはポッと頬を染め、意を決して器の中の白い薬を口に含む。何とも言えない苦くてドロッとした感触が、口の中に広がる。思わず顔をしかめながら、ハンクはジェナの顔に顔を近づける。

──いいよな? これはキスじゃないんだし……。

 サッとジェナの唇に唇を重ね、ゆっくりと口の中に薬を流し込んだ。ジェナの唇の柔らかさと温かさを感じ、ハンクの胸はドキドキと高鳴る。ようやく全部の薬をジェナに飲ませたハンクは、ゆっくりとジェナの唇から唇を離す。

「……うぅ……エレック様」

 薬を飲み込んだジェナは、小さく呟く。

「エレック様?」

 ハンクは、真下にあるジェナの顔を見つめる。ジェナの顔が、ほんのりと赤らんだような気がする。

「王子様の夢でも見てんのか?──」

 薬を含んだ口の中が気持ち悪くなり、ハンクは唾を吐き出した。

「にがっ……けど、この薬、高いだけあって効き目は良さそうだな」

 薬を飲んだジェナは、さっきまでとは明らかに違っている。うめき声がなくなったし、寝息も安らかになっていた。そして、その寝顔は優しく微笑んでいるようにも見える。それを見て、ハンクはホッと安心した。

「ま、上手く飲ませられて良かった。俺も一眠りするか……」

 一気に睡魔がハンクを襲う。ハンクは倒れ込むようにその場に横たわると、次の瞬間には深い眠りの中に落ちていった。  





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