第六十話 砂漠のオアシス
今は色のない『赤い砂漠』。遙かに続く静寂の地に、もうじき日が昇ろうとしていた。東の空が白み始め、月と星が次第に空から姿を消していく。
「……見ろよ、あれ」
疲れと眠気で言葉を交わす元気もなくなり、黙々と砂漠を進んでいたハンクは、前方を指さす。
「オアシスだ。やっと辿り着いたんだね!」
チェスは手綱を引き、ハンクの指さす方向を眺める。『赤い砂漠』のちょうど真ん中に、砂漠のオアシスが現れた。旅ゆく人々の疲れを癒し、のどを潤す貴重な存在。地獄の中の天国のような場所だ。
「間に合ったな! なんとか日が照り出す前に到着出来た」
ハンクとチェスは残った力を振り絞り、オアシスまで馬を走らせる。地平線から太陽の鋭い光が放たれる瞬間とほぼ同時に、彼らは砂漠の中の楽園に避難することが出来た。
澄んだ空気、木々の香り、優しい水の音。灼熱の太陽を遮るそこは、まさに天国だった。
「ここで夜までゆっくり過ごそうぜ」
ハンクは大きく深呼吸し、馬から飛び降りる。
「体中砂まみれだし、泉で水浴びもしたいな。ジェナも一緒にどうだい?」
チェスの後に乗っているジェナに、ハンクは笑って話し掛けた。
「……?」
ジェナの返事はない。チェスの体に寄りかかるように辛うじて座っているが、目は閉ざされたままだ。
「何だよ、眠ってんのか?」
「ジェナ?」
チェスが体をねじって後を向いた瞬間、ジェナは崩れるように馬から落ちていった。
「ジェナ!」
地面に落ちる前に、ハンクはどうにかジェナの体を抱きとめた。
「重っ……それに」
ぐったりと力無くくずおれたジェナは重く、体全体が熱をもっていて熱い。
「大丈夫?」
馬から下りたチェスは、心配そうにジェナの顔を覗き込んだ。彼女は額から汗を流し、苦しそうに小さく呻いている。
「おい、どうしたんだよ」
ハンクが軽くジェナの体を揺すると、ジェナは荒い息をしながら、薄く目を開けた。
「……何でもない……平気」
ジェナは力を振り絞り、身を起こそうとするが体に力が入らない。
「全然大丈夫そうじゃねぇぞ。とにかく、どっかで休まないと」
ハンクは力を込めてジェナを抱きかかえると、休めそうな場所を探して木陰へと移動した。
「僕、水を汲んでくるね」
チェスは水筒を手に取り、急いで泉の方へと走って行く。
──体が熱い……力が入らないわ。こんな所で病気になんかなってられないのに……。
朦朧とする意識の中で、ジェナは考えた。
──頑張らなきゃいけない。倒れてなんかいられない。私はいつも元気なはず。今まで病気になんかかかったことないわ……あぁ、でも苦しい……。
ジェナは荒い呼吸を繰り返す。遠くの方で『ジェナ』と名前を呼ぶ声が何度も聞こえた。
──ハンク? チェス? エレック様を助けなきゃいけないのに……エレック様は今も苦しんでいらっしゃる。私よりもずっと……神様、助けてください。
熱にうなされながら、ジェナは必死に願った。
もう六十話まできました!
今回はちょっと短めです…^^; ジェナちゃんはどうなるんでしょうか!? これから考えます。