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第五話 愛しの王子様

 ハンクとチェスが孤児院を抜け出し、先の見えない冒険の旅に出た夜。

 遙か彼方のラークホープという小さな国で、一人の少女が胸をときめかせ眠れない夜を過ごしていた。

「はぁ……いよいよ明日からお城で働けるんだわ」

 軽くウェーブのかかった薄茶色の長い髪をたらした少女は、屋根裏部屋の窓から空を見上げる。空には数え切れないくらいの星達がキラキラと光っていた。少女はうっとりとした眼差しで星空を見つめた。

 少女の名前はジェナ。十六歳になったばかりのジェナは、明日からお城の小間使いとして働くことになっている。ジェナには下に四人も小さな弟達がいる。細々と農園で働いている両親の収入だけでは、生活はとても苦しい。毎日食べていくのがやっとだった。

 お城の小間使いの仕事は決して楽ではないが、ジェナは明日からの仕事が待ち遠しくて仕方がなかった。

「お城にいれば、エレック様のお姿を見ることが出来るかもしれない……」

 ジェナはポッと頬を染めて、夢見るような吐息をついた。

 エレックはラークホープ王国のたった一人の王子。地図にも載らないような小さな国ラークホープ。だが、秩序は保たれ人々は皆平和に暮らしている。お城自体も小さく、気さくな王と王妃は身分の違いを越えて人々と接していた。

 ただの農民の娘であるジェナも、小間使いとして温かく迎え入れてくれるのだ。


 ジェナがエレックの姿を思い浮かべ夢心地に浸っていると、突然窓の外からバイオリンの音色が聞こえてきた。

「……!」

 ジェナの頭の中のエレックは跡形もなく消え去る。

「これで三日連続……」

 現実に引き戻されたジェナは、窓から身を乗り出して下を見る。

「ジェナ! 今夜も君に会いに来たよ!」

 窓の下で両手いっぱいの薔薇の花を抱えた少年が、満面の笑顔でジェナを見上げる。華やかな真っ赤な薔薇にも劣らないくらい、少年はレースのついた煌びやかな服を身にまとっている。羽根飾りのついた帽子を被り、薄茶色の瞳を輝かせてジェナを見つめている。彼の傍らでは、連れの男が一心にバイオリンを奏でていた。

「僕の気持ちをバイオリンに乗せて君に贈る。薔薇の花束と一緒に受け取っておくれ!」

 夜も更けた静かな暗闇に、バイオリンの音が一層大きく鳴り響く。髪を振り乱して情熱的にバイオリンを弾く男。それは、音楽というより騒音にも近かった。ジェナの我慢は限界に達する。

「アビー!! いい加減にして!!」

 ジェナは窓から身を乗り出し、バイオリンの音よりも大きな声で怒鳴る。

「アビー!! 今すぐ、バイオリンをとめなさい!!」

 悲鳴にも似た大声にバイオリンの男はたじろぎ、ピタッと演奏をやめた。夜の静けさが再び戻ってくる。

「バイオリンが気に入らなかったかい?」

 アビーという名の少年は、チラリとバイオリン弾きに目をやる。

「今度は別の男を連れてくるよ。それとも、フルートの方が良いかな?」

「……!」

 ジェナは乱暴に窓を閉める。

 ──全く! 何考えてんのよ! 何度言ったら分かるのかしら? あんたなんかに興味はないって!

 ジェナは怒りに顔を赤くしながら、階段を駆け下りて行った。


 ジェナが玄関先に行くと、両親が起きてアビーを招き入れるところだった。あのバイオリン演奏に、さすがの両親も目を覚ましたのだろう。

「ジェナ、アビー様にこんなに綺麗な薔薇の花をいただいたわ」

 母親は嬉しそうに薔薇の花束を抱え、花に顔を埋めている。父親もにこにこと人の良さそうな顔でアビーと話していた。

 荘園領主の一人息子アビーに両親は頭が上がらない。ジェナと同じ年で幼なじみのアビーだが、ジェナは昔からアビーが苦手だった。

「今何時だと思っているの? 明日は早起きしてお城に行かなきゃならないんだから、さっさと帰ってちょうだい」

 ジェナは冷ややかな目でアビーを見つめる。

「お城でなんか働かなくて良いよ、ジェナ。君には僕という許嫁がいるんだから」

 アビーは、ほわんとした笑顔でジェナに言う。

「『許嫁』ですって……誰が決めたの?」

 ジェナはピクリと片方の眉をつり上げる。

「そうよ、ジェナ。お前はアビー様の元に嫁ぐんだから、働く必要はないわ」

「母さん……」

「そうだよ、その方が良い。お前ももう十六だ。お前の美しい花嫁姿を見たいものだな」

「父さんまで……」

 ジェナは肩を落とし、フーとため息をつく。

「みんなにハッキリ言っておくわ。私には心に決めた方がいるの。私はその方以外の誰とも結婚しません!」

 ジェナはそう言い捨て、くるりと背を向けると階段を駆け上がって行った。

───そうよ、私にはエレック様が……

 小さな頃から憧れていたエレック王子。しかし、エレックはジェナのことなど知らないだろう。ジェナはいつも遠くから見るだけで、話しをしたことさえなかった。エレックとはあまりにも違いすぎる身分。結婚など出来るはずもない。

 だが、エレック王子を慕う気持ちは、日に日に増していくジェナだった。


 

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