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第五十八話 故郷へ

「宜しいですね? この薬を飲んで『アビー様とリルをラークホープへ戻してください』と祈るのですよ」

 リルはそう言うと、ラームからもらった薬を宿屋の老主人に差し出した。

「この薬を飲むとどうなるのかね?」

「あなたは、しばらく眠るだけです。まだ、永遠の眠りにつくわけではございませんよ、エヘ」

 リルは笑みを浮かべ、老主人を見上げた。かなり高齢の主人のこと。永遠の眠りが訪れる日もそう遠くはないだろうと、リルは内心思ったりする。

「あんたらには随分と施し物をもらったし、こんなに長く泊まってくれたんじゃから、飲んでみるとするか」

 老人はリルに言われるまま、薬の紙包みを剥がしていく。

「可愛いジェナの絵も、全て記念としてここに飾っておいてやる。ありがたく思え」

 腕組みして立つアビーは、部屋中に飾ってあるジェナの肖像画を目を細めて眺めた。

「それに、私が集めた薬草も保管させていただきます。ここはとても気に入りましたので、また来させていただきますね。先に一年分の宿代はお支払い致しましたし、エヘヘ」

 リルは白い歯を見せて笑う。

「まあ、金さえ払えば、倉庫としておいていてもいいだろう」

 老主人はそっけなく答えた。彼にとっては、肖像画も薬草もどうでもいいもの。金貨に勝る宝物はないと思っていた。

「ちゃんと薬を飲んで、呪文を間違わないように唱えるんだぞ」

 包みを開く老主人の手が震えるのを見て、アビーは念を押した。

「大丈夫じゃ、それほど老いぼれてはいないぞ」

「さあアビー様、準備は宜しいですか? ラークホープへ帰るのは久しぶりですね」

 リルは自分の体ほどもある大きな布袋を、ヨイショと肩に担いだ。

「フン、ジェナのいない故郷に帰ってもしょうがないけどな……なんだ、その手は?」

 アビーの目の前には、リルの小さな手が差し出されている。アビーは怪訝な顔をして、その手を見つめる。

「手を繋ぎましょう、アビー様。その方が安全です」

 目を潤ませ、リルはアビーを見上げた。

「この薬は二人同時に移動出来ると言ったじゃないか」

「念のためですよ、アビー様」

「早く呪文を唱えろ」

 リルを無視して、アビーは老主人に言う。彼は薬を口に流し込んでも、なかなか呪文を唱えようとしない。

「えーと……」

「呪文を間違えるな」

 アビーはイライラしながら老主人を見た。あの短い呪文さえ、もう忘れたんじゃないかと不安になる。

「えー……そうそう、リルとアビーをラークホープへ戻しなさい」

「僕を呼び捨てにするな!」

 アビーがそう叫んだとたん、老主人はバッタリと床に倒れ込んだ。

「随分効き目が早いな。まさか魔法が効く前にポックリと……」

 身動き一つしない老人を、アビーは不安げに見下ろす。

「アビー様!」

 リルはアビーが油断した隙に、彼の手をギュッと握る。

「離っ──」

 アビーがリルの手を振りほどこうとした瞬間、二人は手を繋いだまま部屋からパッと姿を消した。静寂。窓から一陣の風が吹き抜け、白いカーテンを揺らす。後に残った老主人は、まるで死んだかのようにビクともしないで、深い眠りに落ちていた。




「ワーッ!」

 竜巻の中でクルクルと回転するような衝撃を受け、アビーは魔法移動する。振りほどこうとしたリルの手だが、今は力を込めて握っていた。掴まる物が何もないと、リルの小さな手でさえ掴んでいたくなる。

「ヒーッ!」

 声にならない声を上げながら、ひたすら衝撃に耐える。やがて、嘘のようにピタッと回転が止まり、アビーとリルはある場所に放り出された。

「ウゥゥ……」

 思い切り腰を強打したアビーは、痛む腰をさすりぼんやりと辺りを見回した。どうやら床の上に投げ出されたらしい。

「フー、やっと家に戻って来れたか」

「……アビー様……」

 アビーがホッと一息ついた時、遠くの方でリルのか細い声がした。ずっと握っていたリルの手は、こちらに到着した衝撃で放してしまった。リルは、アビーから随分離れた場所に転がっていた。ようやくリルは身を起こし、体の痛みに顔を歪める。歪んだリルの顔は、いつもの顔とたいした違いはない。相変わらずの醜さだ、とアビーは思う。

「……ん? 部屋が広いな。僕の部屋じゃないのか?」

 てっきり自分の部屋に戻ってきたと思ったアビーだが、よく見ると、見慣れた自分の部屋ではなかった。それどころか、自分の家でもなさそうだ。

「ここはどこだ? まさか、また場所を間違えたんじゃないだろうな」

「アビー様」

 アビーが立ち上がろうとした瞬間、リルは声を落としてアビーの方へにじり寄って来た。

「静かに……もしかしてここは」

 遠くの方から小さく靴音が響いてくる。

「何だ?」

 キョロキョロとアビーが視線を泳がした先に、大きなベッドがあった。広い部屋に一つ置かれた立派なベッド。光沢のある真っ白な布地には、薔薇の模様が描かれてある。その美しい掛け布団が、規則正しいリズムで小さく上下していた。

 ベッドの中で誰かが眠っているらしい。




 

アビーとリルの元に戻って来ました〜

皆が合流する日も間近かもしれません。^^; これからは、だいたい週一くらいの更新を目指したいと思います。

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