第五十六話 迷いの森を抜けて
『では、そろそろ出発するとしよう』
ユニコーンは、ブルブルッとたてがみを震わせると、落ち着いた声で言った。
「そうだね、迷いの森を抜けるには、二、三日かかるから急がなきゃ」
チェスが言うと、ユニコーンは笑うように小さくいなないた。
『それは人間の足で歩いての話だ。私の進む道を行けば、夕方には『赤い砂漠』に出られるだろう』
「本当に!? あなたは近道を知っているの?」
『あぁ、そうだよ、お嬢ちゃん。私しか知らない道だ。特別にお前達を案内してやろう』
驚いて聞くジェナに頭を向けて、ユニコーンは答える。
『さぁ、お前達の馬に乗りなさい』
ユニコーンに言われるまま、ジェナとチェスは馬にまたがる。
「あのな、ちょうど人間が三人に馬が三匹」
いったん馬に乗ろうとしたハンクは途中で下り、ユニコーンをチラリと見た。
「お前に乗ってもいいか?」
『私が馬だと?』
ハンクの問に気分を害したユニコーンは、荒い鼻息をハンクに吹きかける。
『私はユニコーン。人間など乗せて走ったことはない』
「けど、お前はどう見ても、普通の馬じゃねぇか。人間だって乗せられるさ」
鼻息で乱された前髪をかき上げながらハンクは言う。
『ただの馬と一緒にされては困る。私は人間のしもべではない』
誇らしげに首を立てたユニコーンは、堂々とした足取りでハンクの横をすり抜けていく。
「チェッ、気位の高い馬だな。やっぱ、ペガサスの方が良かった」
ハンクは軽く息を吐くと馬にまたがり、チェスやジェナ達とともにユニコーンの後に従った。
「あなたはずっとこの森に住んでいるの?」
滑らかに飛ぶように森を駆け抜けて行くユニコーンの姿を見ながら、ジェナは声をかけた。どこまでも続く深い森だが、ユニコーンは迷うことなく軽快に走って行く。
『あぁ、そうだよ。もう何十年もここに住んでいる。この森は私の庭のようなものだ』
「じゃあ、ネイルのことも知っている?」
『ネイル?』
「青い髪をした若い傭兵さん、途中まで一緒だったんだけど、彼は途中でいなくなってしまったの」
『さあな、会ったことがあるかもしれない。この森にはたくさんの人間が行き来しているようだ。全ての人間の名前までは覚えていない』
「彼奴はお前のこと知ってたぜ。もしかしたら、ネイルはこの森に住んでいるのかと思った」
ジェナとチェスの馬の後から、ハンクが言った。
『この森に人が住むだと?』
ユニコーンは低くいなないた。
『人など住める訳はない。森を抜けることさえままならぬというのに』
「だよな。やっぱ、ネイルは人間じゃないのかも」
ハンクは笑って答える。
「変なこと言わないでよ、ハンク。ネイルさんが無事に森を出られたかどうか心配なのに」
「ネイルはきっと大丈夫だよ。この森のことよく知ってるみたいだもの」
チェスはそう言うが、ジェナはまだ気がかりだった。
「そうだといいけれど」
「でも、僕ももう少しネイルと一緒にいたかったな。彼はペガサスと会ったことがあるし、ペガサスのこともっと詳しく聞きたかった」
『ペガサス?』
チェスの言葉を聞いたユニコーンは、走りながら耳をピンとそばだてる。
「ハハ、ペガサスのことが気になるのか? ペガサスならこんな森を通らなくても飛んでいけるんだけどな」
『私とペガサスは別の生き物だ。彼らには、私のような立派な角がない。それに、喋ることも出来はしない』
「でも、俺達に必要なのは角やお喋りより、翼だよな」
『フン、そんなに彼らに会いたければ、赤い砂漠のオアシスに行くと良い』
ハンクのからかいに、やや憤慨したユニコーンはそう答えた。
「赤い砂漠のオアシス? そこにペガサスがいるの!?」
チェスは目を輝かせて聞く。
『さあな、いるかどうかは分からないが。彼らはこの森を抜ける前に、必ずそのオアシスで羽を休めるのだよ。森を飛び越えるには長く時間がかかるからな』
「赤い砂漠って言ったら、『迷いの森』を抜けた後に続く砂漠ね」
ジェナは手書きの地図を確認しながら言った。
「なら、そのオアシスまで俺達を連れて行ってくれよ」
『それは無理だ。私は森から出ることは出来ない』
「なんだよ、もう少し走っていけば良いだけじゃねぇの?」
『私は森の主。木も水もない灼熱の砂漠などお断りだ』
ハンクの頼みを軽くあしらい、ユニコーンは真っ直ぐに森を駆け抜けて行く。道のない深い森も、彼の走る後に続けば、楽に突き進んでいける。まるで、ユニコーンが森の中に、新しい道を造ってくれているかのようだった。
『森の終わりが見えてきたようだ。砂漠の熱い風を感じる』
踊るように軽やかに走っていたユニコーンは、ふと速度を弛めて呟いた。いつの間にか日は西に傾きかけ、生い茂る緑の向こうから明るい光が差してきた。
ようやく続きを書けました! 多分、今年最後の更新だと思います。もうしばらく更新ペースは遅れますが^^;、完結に向けて書いていきたいと思います。
では、皆さん良いお年をお迎え下さい…。