第五十五話 美しいエルフ
「その前に、他の弟子達の様子も見に行かなくてはなりません。お前に力を貸すのはその後ですよ」
ラームは威厳ある口調でそう言うと、小さなリルを見下ろした。
「は、はい。ラーム様! ラーム様にはとてもたくさんの弟子達がおりますものね、エヘ」
リルは揉み手をしながら、小首を傾げて笑う。
「そうです。本当はお前一人に付きっきりで世話をやく暇などないのですよ。出来の悪いエルフは困ったものです」
「エヘヘ……」
リルは細い目を一層細くして、冷や汗をかきながら微笑んだ。
──他の弟子って……リルのような醜いエルフがまだ他にもたくさんいるというのか!
アビーは、凛とした態度で立つラームの姿を見上げた。その後からは後光が差しているような神々しさがある。実際、紺色の長いマントを羽織っているラームからは、青白い光が放たれているようにも見える。
──他のエルフは、ラームのような美しい姿だといいけれど。
「何ですか?」
視線を感じたラームは、キッとした鋭い視線をアビーに投げかけた。
「いや、その……他のエルフもリルと同じ容姿をしているのかと?」
たじろぎながらも、アビーは聞いた。ラームは鼻で笑い、静かに口を開く。
「弟子のエルフは、皆このような姿です」
ラームはリルを一瞥する。
「おそらく、普通の人間には見分けがつかないでしょう。私には容易に識別出来ますが」
「こんなエルフが他にもたくさん……」
アビーは、リルと同じ容姿のエルフの大群を想像し、思わずゾッとする。
「私もかつては、リルのような身なりでしたが」
「ええっ!?」
アビーは驚きのあまり声を上げ、ラームとリルを見比べる。ラームとリルの共通点など何一つありはしないはず。
「選ばれし優秀なエルフだけが、指導者となり姿形を変えるのです」
「ラーム様! 私もいつの日にか、ラーム様のような指導者に! エヘヘ」
アビーの冷たい視線も気にせず、リルはラームににじり寄った。
「フン、お前がそのようなことを口にするのは、百年早いですよ」
ラームはリルを追い払うように、マントの裾を翻す。
「では、私はそろそろ戻ります。お前の薬では心許ないので、私の薬を貸してあげましょう。この薬なら二人同時に瞬間移動することが出来ます。手早く荷物をまとめ、エレックの元に行きなさい。用事が済み次第、私も行きます」
そう言うとラームは、マントから一つの小さな包みをリルに向けて投げた。リルは両手で包みを受けとめる。
それと同時に、再び鋭い光が辺りを照らし出し、ガタガタと部屋中を振動させ始める。ラームの姿は眩しい光の中に包まれ、その光に導かれるように次第に水晶球の中に吸い込まれていった。
ラームの姿が水晶球の中に消えてしまうと、何事もなかったかのような静寂がおとずれる。透明な水晶球は、静かに床に転がっていた。
「ラームか……」
アビーはラームを吸い込んでいった水晶球を見つめる。
「自信過剰だが、美しいエルフだったな。お前の代わりに雇いたいくらいだ」
「アビー様! そんな、リルがいるというのに酷いです。それに、ラーム様は師匠。人間の弟子にはなりません」
リルは瞳をウルウルさせてアビーを見上げた。
「……ジェナに嫉妬されると困るかな?」
アビーはフフッと笑って頬を染める。
「ラームはジェナに負けず劣らず美人、いや美しいエルフだからな」
「アビー様……」
──アビー様は、エルフに性別がないということをお忘れになっているのでは? ラーム様は女性ではありません。まあ、男性でもないですが……。それは私にも言えること。いつか、私もラーム様のようなお姿になり、アビー様に『美しい』と言っていただけるでしょうか? もう、性別など関係ありませんよね。『愛』さえあれば!
「気持ちの悪い目で人をジロジロ見るな!」
リルはアビーの振り上げた拳を避けつつ、ニコニコと微笑む。
「私はアビー様とどこまでもお供いたしますよ。それでは、旅の支度を致しましょうか」