第五十三話 迷いの森で
心地よいまどろみの中で、誰かが体を揺する感触がした。
──ん? もう時間か、早いな。後、少し……。
ハンクは、目を瞑ったまま反対側に寝返りをうつ。
──ネイルも寝なきゃなんねぇし、起きるか……。
ハンクが決心して起きようとした時、さっきより強く体が揺すられた。
「分かったよ。今、起きる──」
ハンクがガバッと身を起こすと、そこにはネイルではなく、チェスの笑顔があった。
「やっと、起きた。ハンクはいつも寝坊だなぁ」
「は? 何でチェスが? まさかお前が番をしてたのか?……」
寝ぼけ眼のハンクが辺りを見渡すと、暗闇は去り既に朝の太陽が輝いていた。夜の番をネイルと交替するつもりでいたが、どうやら朝まで眠ってしまったらしい。
「ようやく目覚めたか。朝食を摂ったら、すぐに出発するぞ」
側でジェナと食事の準備をしていたネイルは、涼しい顔でハンクに言う。一晩寝ずの番をした割には、スッキリとした顔をしている。
「あんたは眠らなくていいのか?」
「俺は平気だ。こういうことには慣れている」
「ネイルさんがいてくれて本当に良かった。私たち、安心して野宿が出来たわね」
「……まあな」
ジェナは屈託のない笑顔で言うが、ネイルがいなければ野宿も出来ない、と思われているようで、ハンクは複雑な気持ちだった。
「迷いの森は長い。出来るだけ早く進んだ方がいい」
ネイルは、すぐ先に広がる深い森の方に目を向けて言った。
森の中に足を踏み入れたとたん、輝いていた太陽は木々の向こうに姿を隠し、明るい光は閉ざされた。静寂が辺りを支配し、肌寒くさえ感じる。澄み切った鋭い空気が、冷ややかに流れている。ジェナ達はネイルの後に従い、馬を連れ一列に並んで森の細い道を歩いて行く。足場の悪い森の道では、馬に乗らずに歩いて引いて行った。
「ネイル、木に傷がついてるよ。森の動物がかじったのかな?」
ネイルのすぐ後を歩いていたチェスは、道の脇の木を見て言った。木々のところどころには、細い傷がつき皮がめくれかかったものもある。
「旅人がつけたものだろう。迷わないよう、ナイフで木に印をつけたのかもしれないな」
ネイルは静かに答えた。
「目印か。なら、その傷のある木を追って進んで行けば、迷わず森を抜けられるよな」
ジェナの後、一番後方を歩いていたハンクが言う。
「それは分からん……。傷をつけて歩いた者が、ちゃんと森を抜けられたとは限らないからな」
ネイルはフッと笑い、黙々と歩き続ける。
「あんたは迷わずにここを抜けられるんだろうな?」
「俺はこの森に慣れている。たとえ夜だろうと、迷うことはないさ」
「すごいね。ネイルはこの森の中に住んでいるの?」
チェスは感心したように言った。
「チェス、こんな深い森の中に住むのは無理よ。生活するのは大変だわ」
見渡す限り木々が茂り、辺りに人家があるとは思えない。人間が住めるような場所ではないと、ジェナは思う。
「住んでるのは、獣くらいなもんだな」
ハンクは笑って言ったが、実際に獣や化け物でも出てきそうな雰囲気のする森だ。今、出てきてもらっては困ると思いつつ、ハンクは進んで行った。
不気味な薄暗い森だが、幸いにもまだ昼間とあって、現れるのはリスや兎等の小動物と、小鳥たちだけだった。それからしばらく森の道を進んで行くと、急に道が途切れ、うっそうと繁っていた木々が突然消えた。その先には、明るい日差しに照らされた湖が姿を現す。薄闇に慣れていた目には、眩しいくらいの日の光だった。
「わぁ、綺麗。エーデンの湖くらい綺麗ね」
水面に反射された光を眺めながら、ジェナはうっとりと湖に見とれた。
「まあな、今度は誰も泳いでないだろうな……」
ハンクもキョロキョロと湖を見渡す。エーデンの湖で、裸で泳いでいたシェリンのことをふと思い出す。
「人は泳いでいないようだ。だが、奴が来ているようだぞ」
ネイルが低い声で呟いた。
「奴って?」
「湖をよく見ろ。お前達は幸運だな。彼奴の助けを借りるといい」
ネイルは薄く笑う。
「あっ、湖を何かが泳いでいるよ!」
湖を見つめていたチェスは、声をあげると岸辺まで走って行った。ハンクとジェナも馬を連れて後に続く。キラキラと光る水面を、それはゆっくりと泳いで来た。岸辺に近づくにつれ、その姿がハッキリと見えてくる。湖から姿を現したのは、一匹の白い馬だった。真っ白なたてがみの美しい馬。ただ、その馬は、普通の馬と少しだけ姿が違っていた。
更新が遅くなりました…(^^;)続きを書けるかどうか不安でしたが、書き始めると段々イメージが沸いてきました。背景も換えて楽しんでます! その時間を執筆にあてなさいって感じですが、気分転換になってたりします。(^^)
場面はまたジェナ達に戻りました〜これからもスローペースでの更新ですが、宜しくお願いします。