第五十一話 光る水晶球
ジェナやハンクが満天の星空の元、安らかな眠りについていた頃。
いまだにポルトランドにとどまっているアビーとリルは、宿屋で時を過ごしていた。『迷いの森』近くとは違い、ポルトランドの天気は悪く、ここ数日雨が降り続いている。リルは大好きな薬草摘みにも出かけず、ひたすら『魔法の薬』を作っていた。
だが、最近のアビーはご機嫌だった。風邪もようやく治り、元気になったアビーは、宿屋に画家を呼び寄せては、ジェナの肖像画を描かせていた。アビーがいつも肌身離さず持ち歩いているジェナの小さな肖像画から、画家に想像を膨らませてもらい様々なジェナの姿を描かせた。今や部屋の壁は、ジェナの大きな肖像画で埋め尽くされている。
「ジェナは今頃どこで何をしているのかな?」
実物より遙かに大きなジェナの絵を見つめて、アビーは満足気に微笑む。
「一人、寂しい夜を過ごしていなければいいが」
リルはアビーの傍らで、冷ややかな目をして、ジェナの肖像画を見つめた。
「アビー様、この絵はあの娘にちっとも似ておりません。美しく描きすぎですよ。ジェナはこんなに鼻筋は通っておりませんし、品もございません」
「何を言ってる。実物のジェナは、この絵よりもっと美しい。透き通るような美しい肌をしているんだ」
「そうでしょうか?」
「ああ、早くジェナと結婚して、いつも側にいたいものだ」
浮かれた顔をしてジェナの絵を見ているアビーを、リルはチラリと一瞥する。
「やれやれ、アビー様も困ったものです……こんなに部屋中あの娘だらけでは、落ち着いてゆっくりと休むことも出来ません」
アビーに聞こえないよう、リルは肩をすくめて呟いた。だが、アビーがジェナの絵に夢中になり、ジェナ探しを急がなくなったことはありがたかった。エレック王子の眠りが覚めなくとも、ジェナが見つからなくとも、リルにはそんなことどうでも良いことだ。
──リルはアビー様のお側にお仕えしていられたら、それだけで幸せですよ、エヘ。あの娘などいっそのことこの世から消えてしまえば良いのです……おや、私としたことが、恐ろしいことを考えてしまいましたね。
リルは細い目を更に細くし、声を殺して笑う。
「何を笑っている?」
肩を震わせて笑っているリルの方に、アビーは視線を向けた。
「気持ちの悪い顔をして笑うな」
「アビー様、またそのようなきついお言葉を。けれど、リルはそんなアビー様のきついお言葉が結構好きなのですよ、エヘヘ」
「お前の顔を見ていると吐き気がしてくる」
アビーはゾッとして眉をひそめると、気分を取り直すようにジェナの絵に視線を戻した。と、その時、部屋の片隅に置いていたリルの布袋が、突然光り出した。部屋を照らすランプよりも明るい光で、袋は光っている。
「おや? あの光は」
リルは慌てて袋の元まで走り、袋の中に手を突っ込んだ。いつもは魔法の薬を入れている袋。今は薬は一つも入っていない。入れているのは、リルの水晶球だけだ。
「わっ、眩しい!」
リルが袋から取りだした水晶球が、太陽のように光って部屋中を照らし出した。アビーはあまりの眩しさに、手で光を遮った。
「これは、もしかすると……」
リルの両手の中の水晶球は、神々しく光を放っている。しばらくすると、その光は次第に弱くなり、水晶球の中に吸い込まれていくように光は消えていった。
「何が起こったんだ?」
「ラーム様です……あの方が水晶球に」
リルは大事そうに水晶球を両手で抱え、じっと水晶を見つめた。
「ラーム? それは誰だ?」
アビーは恐る恐るリルに近づき、リルが手にしている水晶球を覗き込んだ。光の消えた水晶球はやがて黒く濁っていき、何かの姿を映し始めた。