第五十話 満天の星空
その夜は『迷いの森』の手前で野宿することになった。
簡単な食事を済ませ、焚き火の周りを囲む。夏とは言え、日が暮れるとあたりは急に冷え込んできた。皆は毛布を体にかけ、火の周りに寄り添っていた。
夜の空気は澄み、空にはチラチラと星が瞬いている。
「ネイル、ペガサスの話をもっと聞かせてよ」
チェスは、火の側に俯いて座っているネイルに聞く。昼間、ネイルに『ペガサスの羽』を見せて以来、彼はずっと口をつぐんでいた。黙々と食事の準備をして、黙々と食べ、黙って後かたづけをした。
「……」
ネイルはまた、深くため息をつく。どうやらため息をつくことが、彼の癖のようだ。
「……話すほどのことはない」
ネイルはゆっくりと首を横に振り、静かに答えた。
「昔、見たことがあるというだけだ……」
そう言うと、ネイルはまた口を閉ざした。
「ホントにペガサスを見たのか? 適当なこと言ってんじゃねぇの?」
ハンクは、憂いを秘めたネイルの横顔を見つめる。紺色に染めた派手な長い髪。クールな物言いと態度。ハンクには、ネイルがカッコつけているようにしか思えない。
「ハンク、誰だって言いたくないことはあるのよ。無理に聞いちゃいけないわ。チェスもね」
ジェナはハンクとチェスをたしなめるように言う。
「ネイルさん、ごめんなさい。ハンクはいい子なんだけど、口が悪くて……話したくなければ話さなくていいです」
ネイルを見つめながら、ジェナは言った。彼は揺れる炎を見つめたまま、ククッとくぐもった声で低く笑う。
「弟達の面倒を見るのは大変だな」
「お、弟! 何言ってんだ、俺達きょうだいじゃねぇや! それに俺の方が──」
「俺にも、妹がいた」
ハンクの言葉を遮ってネイルは続ける。
「お前のように、面倒見が良くて明るい奴だった」
ネイルは顔を上げ、弱く微笑んだ。長い紺色の髪が小さく揺れる。
「妹さんが? 今はどこにいるんですか?」
「妹は……」
ネイルは星の煌めく夜空を見上げる。
「天に召され、空の星にでもなったかな?……」
「あ……ごめんなさい。私、余計なこと聞いてしまって」
ジェナはハッとして口元に手をやる。
「いや、構わない。今夜は妹のことを話したい気分になった」
空を仰ぎ、ネイルは呟いた。
「名前は何て言うの?」
チェスは興味をひかれてネイルに聞く。
「ケイトだ。三年前、十五で死んだ」
「何で死んじゃったの?」
「フッ、お前は質問ばかりだな……」
ネイルは空から視線を落とし、チェスに目を向ける。
「チェスはまだ子供なんだよ。質問もストレートさ」
ハンクはネイルの肘から先のない右腕と、眼帯をした右目をチラリと見て聞く。
「戦争のせいか?」
「いや、ケイトが死んだのは戦争の始まる少し前だ。流行病で亡くなった。今思うと、戦争前に死んで良かったと思う……」
ネイルは言葉を切り、暗いため息をついた。
「戦争で俺達の両親は亡くなり、傭兵の俺も戦場でこんな身体になっちまった」
右腕を持ち上げ、ネイルは低い声で言った。暗い雰囲気が漂い。沈黙が続く。パチパチと小枝の燃える音だけが小さく響いた。
「だから、ペガサスもいなくなっちゃったんだね」
しばらくして、沈黙を破りチェスが言った。
「ペガサスはどこへ行ったのかな?」
「……幸福な場所さ」
無邪気なチェスの顔を見て、ネイルは少しだけ口元を弛めた。
「妹が病気になった時には、既にペガサス達は俺達の国から姿を消してしまっていた。戦争の気配を感じ取っていたのだろうな。もし、ペガサスがいれば、『黄金の木の実』を探しに行けたかもしれないが……」
「『黄金の木の実』!?」
黙って話しを聞いていたジェナは、『黄金の木の実』という言葉を聞き、驚いて口を開く。
「ネイルさんも『黄金の木の実』を知っているんですか?」
「あぁ……あの木の実を口にすれば、大抵の病は治ると言われている」
「私たち、『黄金の木の実』を探す旅を続けているんです」
「『黄金の木の実』を? 探し当てるのはかなり大変だが」
ネイルは眉をつり上げてジェナを見つめた。ジェナ達が『黄金の木の実』を探していることに、彼も驚いたようだ。
「でも、もしペガサスを見つけたら、探し出せるかもしれないよね? ネイルもペガサスに乗って探しに行こうとしていたんだよね」
チェスは明るい声で言った。
「……そうだな。見つけたい、という強い願いを持ち続けていれば、必ず──」
ネイルは言葉を切り、静かに瞳を閉じる。
「今夜は喋りすぎたようだ。妹のことを思いだしてしまったものでつい」
ジェナを一瞥したネイルは、またフーとため息をつく。
「明日は早く森に入った方がいいな。火の晩は俺がしておく。お前達はもう寝るんだ」
「ネイルさん、私たち必ず『黄金の木の実』を見つけます」
ジェナはネイルの横顔を見つめて微笑む。
「お前ならきっと出来るだろう。ケイトに似て、強い意志をもっているようだ」
そう言ったネイルの左目にキラリと光るものが溢れていた。星の光のように、綺麗な涙だとジェナは思った。
「ペガサスは幸せな地にいるんだ。これから僕達が行くところは幸せな国だから、きっといるよね?」
チェスは毛布で身体を覆うと、小さく欠伸をして火の側に横になる。チェスの瞼はもう半分閉じそうになっていた。
「そうね。ラークホープは、戦争のない幸せな国だから」
ジェナも毛布にくるまり身体を横たえる。平和なラークホープのことを思い浮かべると、ジェナの心は安らいだ。横になった二人を見て、ハンクは大きく伸びをした。
「眠くなったら、俺が替わるから起こしてくれよ」
ネイルにそう言って、ハンクもゴロンと横になった。ネイルはフッと薄く笑い、横たわった三人を見つめる。旅の疲れと温かい炎が三人の眠気を誘い、彼らはすぐに安らかな眠りへとおちていった。
「夜の番はお前たちには無理だ……」
ネイルは低く呟き、焚き火に新しい小枝を投げ入れる。小さくなりかけた炎が、また勢いを増し明るく燃え始めた。
「長い夜になりそうだな」
ネイルは満天の星空を仰ぎ見た。
読んで下さってありがとうございます!
いつの間にか、もう五十話…^^;後五十話くらいいきそうな勢いです。これから更新のペースが遅くなると思いますが、必ず最後まで書き上げて完結させたいと思ってます。
どうぞ、最後まで見守ってやってください。m(_ _)m