第四話 運が良ければ
「なんだお前等! こんな所で何してる」
「いや、その……部屋を間違えちまって……」
船員達に鋭い目で睨み付けられ、ハンクはうわずった声で答える。
「あの……今出ていこうと思ったとこさ」
二人の逞しい船員達は、ハンクとチェスをジロジロと眺める。
「その林檎は?」
船員の一人は、ハンクが片手で弄んでいた林檎に目をやった。
「え? 林檎?……」
ハンクは冷や汗をかきながら、手の中の林檎を見る。
「……あぁ、これ? 床に落ちてたよ……」
そう言っておずおずと林檎を船員に差し出す。
「お前等密航者だな。こっちへ来い!」
船員が乱暴にハンクの腕を掴んだ。
「お前もだ!」
もう一人の船員は、ハンクの後にいたチェスの腕を引っ張る。
「待てよ、俺達部屋を間違えただけだって」
無理矢理引きずって行こうとする船員に、ささやかな抵抗を試みるハンクだが、体格の良い船員達には力でかないそうもなかった。
「それなら乗船券を見せてみろ」
ハンクを掴んだ手に力を入れて船員が言う。
「それは、親が……」
「嘘をつくな。お前等みたいな薄汚い服を着たお客は他にいやしないぞ」
「親の所に案内してみろ」
船員達は声を揃えて笑い合う。
「……」
さっきの男もかなり薄汚い服を着ていた、とハンクは思うが黙っていた。
「こっちに来い! 叩き出してやる!」
船員達はハンクとチェスを乱暴に食料庫から引っ張り出す。と、その時『ボーッ!』という船の出港の合図が大きく鳴り響いてきた。やがて、船はゆっくりと動き始める。ハンクとチェスは顔を見合わせ、とりあえずホッとする。
「チェッ、間に合わなかったか」
「とにかく、次の港に着くまで監禁室行きだな」
船員達は、二人をを引きずるようにして連れて行った。
客船が速度を上げ滑らかに波の上を進み始めた頃、ハンクとチェスは『監禁室』と呼ばれる小さな部屋に閉じこめられていた。二人とも縄で両手を後手に縛られ、両足も縛られていた。
ハンクは体を縛られたままピョンピョンと飛び跳ねて、覗き窓がついているドアから外の様子を窺った。乗組員達の部屋の片隅にあるらしい『監禁室』の前は、人通りもなく静まりかえっている。船が出港し、乗組員達は仕事に忙しいのだろう。
「ついてねぇなぁ……せっかく豪華客船に乗り込めたのに、こんなとこに閉じこめられるとは」
「ハンク、僕達ついてるんじゃなかった?」
床に座り込んでいたチェスは、眠そうな目をハンクに向ける。いつもならとっくに深い眠りの中に落ちている時間だ。
「あ、あぁそうだな……」
ハンクはピョンと跳ねてチェスの方を向く。
「ま、船には乗り込めたんだ。次の港までの辛抱だな」
「その後どうなるの?」
チェスはとろんとした目をして、大きく欠伸をする。
「その後?……新しい旅が始まるのさ」
次の港で船員が素直に解放してくれるかどうか、ハンクにも分からない。そのまま牢獄送りになるのかもしれないのだ。
「その後も運任せだね。……とにかく、今は眠いからもう寝るよ」
チェスは両手足を縛られたまま、ごろんと床に横になった。そして、すぐにスヤスヤと寝息を立て始める。
「はぁ……こいつは結構大物かもな」
ハンクはチェスを見下ろして呟く。安らかな顔をして眠るチェスの胸元に、首飾りの鎖がのぞいている。ハンクはチェスの元まで跳んで来ると、その横に寝ころんだ。
「考えるのは明日でいいな……」
ハンクは静かに目を瞑った。船の振動と小さな揺れが、ハンクを深い眠りへと誘っていく。