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第四十七話 夕暮れの眼鏡橋

 水路の上を滑る小舟。日が傾き、西の空はより赤くなる。夕日を浴びた水面がキラキラと輝き、宝石のような光の粒が踊っている。

 ジェナ達の乗った船は、ランスの街をスイスイと巡っていた。

「眼鏡橋はまだ?」

 チェスは、船の後方に立つ船頭に聞いた。

「もうすぐだ。次の角を曲がった大きな水路に出ると前方に見えてくる」

 船頭の男は、手慣れた手つきで櫓を漕ぐ。

「何で、『眼鏡橋』って言うの?」

「二つのアーチが水面に映ると眼鏡のように見えるからさ。ランスの眼鏡橋はとりわけ大きくて美しい形をしている」

 船頭は答える。

「教会の鐘は鳴るかしら?」

 ジェナはソワソワしながら立ち上がり、船から身を乗り出して前を見つめた。その途端、小さな小舟がグラッと揺れる。

「お嬢さん、船の中で動き回らないでおくれよ。いくら腕の良い船頭とは言え、バランスを取るのが難しい」

 船頭の男は陽気に笑って、傾いた船のバランスをとる。

「あ、すみません……」

 ジェナは用心しながら、船の舳先にそっと腰を下ろす。

「日は沈んできたし、後は鐘が鳴るだけだな」

 ジェナの隣りに座るハンクは、船の前方を見つめる。

「あの男の言ったこと信じてるの?」

 二人の後からシェリンが言う。

「ただの迷信よ」

「良いじゃねぇか、信じたって。お前にはロマンが分からないんだな」

 ハンクはチラッとシェリンの方を顧みる。

「ロマン?」

 シェリンはフッと笑う。

「けど、あの男、『願いが叶うこともある』って言ってたわよ。叶うかどうか分からないじゃない」

「叶うかもしれないってことさ。ジェナはどんな願いをかけるんだ?」

 ハンクは視線を移し、夕日に染まるジェナの横顔を見つめる。

「私はもちろん……」

 ジェナはほんのりと頬を赤くして微笑む。

「あっ、『眼鏡橋』が見えた!」

 前方を指さして、チェスが叫ぶ。小舟が角を曲がり、大きな眼鏡橋が見えてきた。

「……教会の鐘鳴るかしら?」

 ジェナはじっと『眼鏡橋』を見て呟いた。橋まではまだ距離がある。鐘が鳴る間に橋の下に行けるかどうか微妙だ。皆が黙ったまま成りゆきを見守っていると、街の教会の鐘の音が大きく響いてきた。カーンという音が続いてあたりにこだまする。

「もっと速く進まねぇのか? 眼鏡橋まで間に合わねぇや」

 ハンクは振り向いて、船頭の男に言った。『眼鏡橋』は、まだ先だ。

「これ以上は無理だ。ちょうど『眼鏡橋』の下にたどり着けるかどうかは、時の運だな」

 船頭はそう言って櫓を漕ぐ。カーン、カーン、規則正しく鐘は鳴り続ける。目の前に橋は見えるが、なかなかその橋のたもとまでには行けない。

 ジェナは指を組み、目を瞑った。

──お願い、まだ鳴りやまないで!

 船はゆっくりと進む。真っ赤な夕日が全てを染め、一日の終わりを告げようとしている。と、明るい光が突然遮られ、辺りが暗くなった。

「橋の下に来たよ!」

 チェスの声を聞き、目を閉じたままジェナは一心に祈る。

──エレック様の呪いが解けますように!

 ちょうどその時、教会の鐘の音が鳴りやんだ。小舟は橋の下を通り、再び赤い夕日の元に出る。

「今の間にあったのか? なんかギリギリだったな」

 急いで祈っていたハンクは、皆を見回して肩をすくめる。

「最後の鐘が鳴っていたもん、大丈夫だよ。シェリンは何て願ったの?」

 チェスは、俯いて指を組んでいたシェリンに尋ねた。

「何だ。お前だって祈ってるじゃねぇか」

 ハンクが笑い、シェリンは組んだ指を慌ててはずす。

「みんなが祈ってたからつられただけ。あんたは何て祈ったのよ?」

「俺? 俺は──」

 ハンクはチラリとジェナに目をやる。ジェナはまだ目を閉じて指を組んだままだ。

「もちろん、これからの旅のことだよね!」

 チェスはハンクが言いかけた言葉を遮って言った。

「僕は、早く目的地に到着したいから、ペガサスに会えますようにって祈ったよ」

「は? あぁ、そうだよな! もちろんさ」

 ハンクはハハハと笑いながら頭をかいた。

「本当なの?」

 シェリンは疑るように、ハンクに冷たい視線を投げかける。

「……そう言えば、チェスが拾った羽はペガサスのものだったの?」

 静かに目を開けたジェナは、船を揺らさないようそっと体の向きをかえる。

「団長さんも分からないって言ってた。でも、僕は絶対ペガサスの羽だと思うんだ」

「きっとそうよ。あんなに綺麗な羽だもの。皆の願いが叶うと良いわね」

 ジェナは微笑む。最後の光を放った太陽が、ゆっくりと西の空に沈んでいく。赤い空は次第に夜の空へと変わり、東の空には月の姿も現れた。四人を乗せた小舟は、静かに水路を戻って行った。



  

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