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第四十五話 愛しの……

 焚き火の前に座っていたジェナは、薪を燃やすパチパチという音を聞きながら、いつの間にか眠っていた。

 故郷のラークホープ。咲き誇る薔薇の花々。お城の薔薇園……。ジェナの夢の中で、断片的に次々と映像が浮かんでくる。

──エレック王子様!

 薔薇園の温室の扉を開けると、奥の方にエレック王子が立っていた。ジェナに背を向けてひっそりと佇んでいる。

──エレック王子様!

 夢の中でジェナが叫んでも、王子はジェナの声に気付かない。

──王子様!

 ジェナはもう一度叫びながら、王子の元に駆けていく。すぐそこに後ろ姿が見えるのに、走っても走ってもエレック王子の元にたどり着けない。

 と、風が揺れる感触がして、ジェナの鼻にほのかな薔薇の香りが漂ってくる。

──エレック様……。

 ジェナが小さく呟くと、スローモーションのようにゆっくりと王子が振り返る。微かに笑みを浮かべる王子。後少しで王子の元に辿り着く。ジェナが王子の方へ手を伸ばそうとした時、カクンと頭に衝撃を受けて、ジェナは目を覚ました。

「……?」

 目の前には炎が燃えている。熟睡して、膝にのっけていた頭がカクッとずれてしまったようだ。寝ぼけ眼で辺りを見回すと、ジェナのすぐ隣りにシェリンが座っていた。シェリンはジェナを見てクスリと笑う。

「よく眠っていたわね。彼奴の上着にヨダレ落としそうだったよ」

「え?」

 ジェナは、ハンクの上着を膝の乗せたまま眠っていたことに気付く。慌てて手で口の端を拭った。

「さっき、寝言で何て言ってたの?」

「寝言? あぁ、私夢を見ていたの。故郷のラークホープの夢よ」

 ジェナは夢で見たエレックの顔を鮮明に思い出して微笑む。

「そう言えば、夢の中で薔薇の香りがした。とても懐かしい香りだったわ。あ、今も少し香ってる」

 辺りにうっすらと薔薇の香りが漂ってくる。

「私の薔薇の香水の香りじゃない?」

 ジェナはシェリンの方に顔を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐ。

「本当。薔薇の香りがする。もしかしてラークホープの香水?」

「さあね。旅の商人から買ったものだからよく分からない」

「そう。とても良い香りね」

 薔薇の香りがほのかに甘く鼻をくすぐる。二人はしばらく黙ったまま燃える炎を見つめていた。

「……あのさ」

 シェリンはふと口を開く。

「何?」

 ジェナは炎からシェリンの顔に視線を移す。シェリンは口ごもり、視線を落とす。

「……あの、彼奴とあんたはどういう関係なわけ?」

「彼奴って?」

「ハンクのことよ」

 シェリンは照れたように、ジェナからプイと顔をそむける。その仕草が微笑ましくて、ジェナはクスッと笑う。

「セント・ベリーで偶然出会った友達よ。そこで知り合って一緒に旅をすることになったの」

「ただの友達? 彼奴はあんたのことが随分気になってるみたいだけど。さっきもあんたの話ばかりして」

 シェリンは俯いたまま、自分の手を弄ぶ。

「シェリンはハンクのことが気になるの?」

 ジェナは笑みを浮かべ、シェリンを見つめる。

「……別に。あんたの話ばかり聞かされてうるさかっただけよ」

「ハンクもチェスも弟みたいな良い友達。私には他にとても大切な方がいるの……」

 ジェナはポッと頬を染めるが、赤く揺れる炎に照らされた顔は最初から赤く染まって見えた。炎はシェリンの顔も赤く染めている。

「身分が違いすぎて、私とは全然釣り合わないけれど……それでも、あの方の姿を思い浮かべるだけで幸せな気分になれるわ。私たちの旅の目的は、あの方の病気を治すためだから」

「ふーん……さっき寝言で呟いてたのは、その人の名前なの?」

 シェリンは興味をひかれ、ジェナの方に顔を向ける。

「そう。エレック王子様の夢を見ていたの。夢の中で会えただけでも、嬉しかったわ」

「そんなに慕われるなんて、幸せな王子ね」

 シェリンはフフッと笑うと立ち上がる。

「彼奴が聞いたら悔しがるかしら? 弟みたいだって思われてると知ったら、もっとショックかもね」

「え?……」

「彼奴の上着を早く直してやりなさい。夜は冷えるからね」

 キョトンとした顔をするジェナを見下ろし、シェリンは笑った。



 その頃、ポルトランドの小さな宿では、アビーがベッドの中でくしゃみを繰り返していた。その側では、リルがおろおろしながら飲み薬を手にしている。

「アビー様、これをお飲み下さい。私が煎じたお薬です」

 リルは潤んだ瞳でアビーを見つめる。

「お前の煎じ薬など、ちっとも効かないじゃないか!」

 鼻をぐずぐず言わせていたアビーは、もう一度大きなくしゃみをする。

「僕はもう三日も寝込んだままだ」

「アビー様、そうおっしゃらず、これは新しいお薬ですから」

 リルはアビーに飲み薬を手渡す。アビーは一口飲んでみるが、あまりの不味さに顔を歪める。

「こんなまずい薬が飲めるか!」

「アビー様、良薬とは口に苦いものですよ、エヘ。リルは『魔法』専門の薬作りですから、『魔法薬』ほどは上手く作れませんが」

「もう、いらん! こんな薬より早く『魔法薬』を作れ! こうしている間にジェナの身に何かあったらどうする!」

「アビー様、あの娘は強い娘ですから、心配なさらずとも大丈夫ですよ」

「何を言ってる。僕のかわいいジェナは、か弱い少女だ。僕が守ってやらないと」

 アビーは宿屋の部屋に飾ったジェナの肖像画を眺める。部屋中にジェナの絵が飾られている。アビーが持っていたジェナの肖像画から、画家を呼びよせて複写させたものだ。

「魔法の薬ももうすぐ完成致しますから、アビー様は早くお風邪を治さないといけません」

 リルはアビーに近づき、掛け布団をかけ直してやる。

「良い気分に浸っている時に、気持ちの悪い顔を見せるな!」

 アビーは怒鳴ると、頭から掛け布団をかけてベッドにもぐった。

「アビー様、また酷いお言葉を。リルはあの娘よりずっとアビー様をお慕いしておりますよ、エヘ」

 リルは布団の上からアビーの体を撫でる。

「……気分が悪い。あっちへ行け」

 アビーは布団の中からくぐもった声を出し、またくしゃみを繰り返した。

「リルはあの娘には負けませんよ。何としてでもあの娘の邪魔をしなくてはなりません、エヘへ」

 リルは小声で呟くと、小首を傾げて笑った。 








久々の後書きです。

毎回読んで下さっている皆さん、ありがとうございます!

随分長くなってきましたが、完結までのだいたいの設定は出来ました! のんびりゆっくりと進んでいきますが、最後までお付き合いしていただけたら嬉しいです。(^^)

まだ、二、三人新たなキャラが登場する予定です。キャラ達と一緒に旅と冒険気分を味わっていただけたらと思います。まだ、先は長いです〜

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