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第四十話 森と湖の町、エーデン

 ジェナ達がエーデンという町に到着したのは、真夜中近くだった。

 慣れない馬の旅の疲れでヘトヘトになり、今にも瞼がくっつきそうになるくらい、皆は睡魔に襲われていた。最初に見つけたエーデン郊外の宿に、三人は倒れ込むように入って行く。今度は部屋も空いていて、そのまま部屋に直行。食事も摂らないまま、三人はベッドに飛び込んだ。空腹よりも眠気が勝り、ほんの数秒で眠りに落ちていく。旅の宿で楽しい夢を見ることもなく、翌朝までぐっすりと眠った。


 翌朝、ジェナが目を覚ました時は、既にお昼近くになろうとしていた。同じ部屋で休んでいるハンクとチェスは、まだベッドの中で寝息を立てている。

 ジェナは、部屋のカーテンを開け、窓を開け放った。眩しい日の光が、部屋に流れ込む。昨夜は暗くて分からなかったが、辺りは見渡す限り平野が続き、遠くには豊かな森が広がっていた。山の多かったポルトランドとは、対照的な町のようだ。

 ジェナが窓の外を見入っていると、部屋をノックする音がした。

「はい」

 返事をしてドアを開けると、ドアの外には愛想の良い女主人が立っていた。

「食事の用意はもう出来てるよ。お疲れのところ申し訳ないけど、そろそろ今日宿泊するお客さんの準備をしなきゃいけないんだ」

「あ、はい、ごめんなさい。すぐに行きます」

「連れの二人はまだぐっすり眠っているようだね」

 女主人は、ベッドで寝ているハンクとチェスに目をやって笑った。

「あっ、すぐに起こします」

「あんた達、きょうだいかい? どこに行こうとしているの?」

「いえ、二人とも友達です。ラークホープの方に行こうとしてるんです」

「ラークホープ?……」

 女主人は目を丸くする。

「随分遠い所を目指しているもんだねぇ」

「あの、ご存じですか? ラークホープを」

 小さなラークホープのことは、知らない人が多い。女主人が故郷の名前を知っていたことが、ジェナには嬉しかった。

「ああ、知っているよ。私は何十年も旅の宿を営んでいるからね。色んな国から旅人が泊まりに来るんだ。ラークホープから来たという旅人は、滅多にいないんだけどね、話には聞いたことがあるよ」

「そうですか、それじゃ、エレック王子様のこともご存じですか?」

 ジェナは、ほんのりと頬を染める。

「ああ、跡継ぎの王子様だろ? 何でも今、病気で眠ったままだとか、この前泊まりに来た旅人が話していたね」

「ええ、そうなんです……とても心配で」

 ジェナは目を伏せる。エレックのことを考えると胸が痛んだ。

「ふーん、エーデンの森の湖には、時々ペガサスが降り立つと言うよ。もしも、ペガサスに出会えたら、ラークホープまであっという間に飛んでいけるんだけどねぇ」

 顔を曇らせるジェナに、女主人は優しく言った。

「ペガサス? ペガサスって?」

 ジェナは興味をひかれ、サッと顔を上げる。

「ペガサスは、羽の生えた馬のことだよ。僕、見たことはないけど、本で読んだことがあるんだ」

 女主人の代わりに、チェスが答えた。チェスは目を覚まし、ジェナと女主人の話を聞いていた。女主人は、チェスを見て笑顔を向ける。

「そうさ、坊やはよく知ってるね。ここに住んでいる私も、ペガサスを見たことはまだ二、三度しかないんだがね。運が良けりゃ、出会えるかもしれないね」

「森っていうのは、この向こうに広がっている森ですか?」

 ジェナは窓の方に顔を向ける。

「そうさ、エーデンは森と湖の町だからね。至ところに湖があるんだよ」

「会えると良いな、ペガサスに! 僕も本物を見てみたい」

「旅を続けていれば、いつか会えるかもしれないよ。ペガサスも世界中の湖を飛び回っているようだからね。それじゃ、もう一人の坊やも起こして、食堂に下りておいで」

 女主人はそう言うと、まだ眠っているハンクをチラリと見て部屋を出ていった。ハンクはまだ深い眠りの中で、気持ちの良さそうな寝息を立てていた。



「ペガサスかぁ、本当にペガサスが飛んできそうな湖だな」

 エーデンの森を馬で進んでいたハンクは、前方に広がる澄んだ湖に目を向ける。

 宿屋で遅い朝食を摂った三人は、宿を出てエーデンの町へと続く森を進んでいた。木漏れ日の降りそそぐ静かな森は美しく、透明な湖は周りの木々を湖面に映している。

「この辺りで休憩しましょうか」

 ジェナは清らかな湖に心打たれ、うっとりと湖面を見つめながら言った。

「うん、ペガサスが見つかるといいな」

 チェスは馬の歩みを止める。馬達も冷たい湖の水を欲しているようだった。ハンクも続いて馬の背から下りた。

「綺麗な水ね。冷たくて気持ち良いわ」

 湖の淵に歩み寄ったジェナは、湖に両手をつけて言った。澄んだ湖面に鏡のように顔が映り、ジェナはパシャパシャと顔を洗った。

「本当だ。泳いだら気持ち良いだろうな」

 ハンクはジェナの側に行き、湖に手を浸して水をかき回す。全く波のなかった湖面に、面白いように波紋が広がっていく。

「昨日は体を洗う暇もなかったし、水浴びでもするか」

「え? ここで?」

 濡れた顔を布で拭きながら、ジェナは驚いた顔をする。

「向こうでだよ。あの岩の向こうが良さそうだな」

 湖の中央辺りに大きな岩場があり、その向こう側は見えなくなっている。

「俺の裸が見たいのか? なんなら一緒に水浴びしてもいいぜ」

 ハンクはジェナをからかって笑った。

「見たくないわよ!」

 ジェナは顔を赤くしながら、立ち上がる。

「私は遠慮するわ」

 くるりとハンクに背を向けると、ジェナは歩いていく。

「なんだ、残念だなぁ」

 ハンクは、ジェナの後姿を一瞥する。ジェナの豊かな裸の胸を想像すると、頭がクラクラしそうだ。

「チェスは、水浴びするか?」

 頭の中の妄想を追いやって、ハンクはチェスに声をかけた。

「後で行くよ」

 チェスは答える。彼は、二頭の馬に湖の水を飲ませていた。水が美味しいらしく、二頭ともゴクゴクと水を飲んでいる。

 ハンクは湖の淵から立ち上がると、一人で岩場の方に歩いて行った。大きな岩からは湧き水が沸き、岩をつたって流れていた。ハンクは湧き出る水を手ですくい飲んでみる。

「上手い」

 冷たくて甘い水は、ハンクの喉の奥まで潤す。静寂な湖は、木々の間からこぼれる光を受けて、神々しく見えた。

 ハンクは岩場の裏に回り、少し窪んだ洞窟のような場所を見つけた。そこで、シャツを脱ごうとボタンに手をかけた時、すぐ側に誰かの服が脱いで置いてあった。短いズボンとレースのついた白いシャツ。

「うん? 誰かいるのか?」

 驚いて湖の方に目をやると、人が浸かっているのが見えた。よく見ると、金茶色の短い髪をした少年が、湖を泳いでいる。彼も旅人だろうか?

「オーイ!」

 ハンクは少年に声をかけ、大きく手を振った。気持ち良さそうに湖を泳いでいた少年は、ハンクの声に気付き、驚いて振り返った。

 それと同時に、湖の静寂を突き破るような凄まじい悲鳴が、湖畔に響き渡る。

「ギャー!」

 ハンクは唖然として、彼にくぎ付けになる。裸で立ち上がった彼の胸には、小さな膨らみがある。泳いでいたのは、少年ではなく少女。彼女はハンクの視線を感じ、慌てて胸を両手で押さえると、湖に浸かる。そして、もう一度大きな悲鳴を上げた。 




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