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第三十九話 二度目のすれ違い

「こんなとこで何してたんだ?」

 木々をかき分け、峠の道に上がって来たチェスに、ハンクは尋ねる。

「木の実を採りに来てた小さな子がいて、僕も手伝ってあげてたんだ」

「小さな子? どこにいるんだよ?」

 チェスは振り向いて見るが、リルの姿はもう消えていた。

「あれ? もう帰ったのかな?」

「子供が一人でこんな峠まで来てたのか?」

「うん、リュックに採れた木の実をたくさん詰め込んでいたよ」

「ふ〜ん、なんか怪しいな。本当に人間の子供だったのか?」

 全く疑っていないチェスとは違い、ハンクはその子供というのを胡散臭く思う。

「多分。黒い頭巾を被っていたから、顔はよく見えなかったけどね。すごく綺麗な優しい声をしていたよ」

「黒い頭巾なぁ……ますます怪しいな。もしかして、変な化け物じゃねぇか?」

「化け物? そんな風には見えなかった。木の実のことに詳しくて、話し方もとても丁寧だったんだ」

「けど、ジェナも変な化け物に魔法かけられたって言うし、気を付けといた方が良いな」

 その時、後方からジェナの声がして、馬を引いてくるジェナの姿が現れた。

「そろそろ、出発しましょう。夕方までにはポルトランドに着きたいわ」

 充分休息した三人は、ポルトランドへ続く峠の道を馬に揺られながら、旅を再開した。



 ポルトランドの小さな宿に到着したのは、日暮れ間近の頃だった。太陽は、西の地平線の向こうへと沈もうとしている。

「今夜泊まれるかどうか、聞いて来るよ」

 小さな宿だけに、部屋が空いているかどうか微妙だった。馬の背を下りたハンクは、ジェナとチェスを残して宿へ駆けて行く。

「次の町まで行ったら、夜になっちゃうわね。部屋が空いてるといいけど……」

 馬から下りたジェナは、ハンクが乗っていた馬の手綱を引き寄せ、馬の顔を優しく撫でる。

「この子達も歩き疲れていると思うわ」

「そうだね。ここで休めるといいな」

 チェスも馬を飛び降りて、馬の顔に頬ずりした。馬はヒヒンと小さく鳴いて、チェスの顔を鼻でつつく。チェスは、すっかり馬と心を通い合わせていた。

 宿屋の扉を開けた向こうには、アビーやリルがいる。そんな事は思いもつかないジェナだった。


 皆の願いむなしく、ハンクは宿に入るなり、老夫婦に素っ気なく断られてしまった。

「なにぶん、うちには部屋が三つしかなくてなぁ。その部屋はみんな借りられているのだよ」

年老いた主人は、のんびりとした口調でそう言う。

「何とか、一部屋だけでも空かないのか?」

「出来ないねぇ、なにしろ、部屋の中は薬草でいっぱいのようだから」

 ハンクの申し出に、老婦人はニコニコしながらも、ハッキリと断った。

「今泊まっている方々は、通常の料金の倍の宿代を払ってくれる良いお客さんなんだよ」

 老婦人は、更に顔をほころばせながら、ハンクに言う。

「もし、あんた達がそれ以上の宿代を払ってくれるというのなら、こっちも考えてもいいんだけどねぇ」

「……無理だよ。旅はこれから長いのに」

 ハンクはフーと息を吐く。長旅のことを考えると、お金は無駄に出来ない。

「それじゃあ、すまないが、他をあたっておくれ。ポルトランドには他に宿はないが、隣り町のエーデンには、何件か大きな宿があるよ」

 落胆するハンクに、老主人は言う。

「エーデン? そこまでどれくらいで着く?」

「そうだねぇ、馬を飛ばせば、今夜中には到着出来るさ」

「……」

 老夫婦は顔を見合わせて、にこやかに微笑んだ。その人の良さそうな笑顔が、ハンクにはかえって不気味にさえ思える。『金』の力の強さを身に染みて感じながら、ハンクは宿を後にした。


「部屋はいっぱいだってさ」

 ハンクは肩をすくめると、外で待っていたジェナとチェスに告げた。

「余分に支払えば、部屋を空けてくれるみたいだけどな。何でも、金持ちの客が泊まってるらしいぜ。そいつ等が払っている宿代以上の金なんか払える訳ねぇよ」

「そう……じゃ、エーデンまで行かなきゃならないわね」

 ジェナは肩を落とす。『金』にものを言わせる人間は世界中にたくさんいるんだと、ジェナは実感する。ジェナはアビー一家のことを思い浮かべていたのだが、そのお客というのが同じアビーだとは思いもつかなかった。

「ああ、馬たちには悪いけど、早いとこ出発した方がいいな」

 ジェナは宿屋の二階に目を向ける。あの窓の向こうには、『お金持ち』がいるのだと、ふと考える。

「今夜は空が良く晴れているから、きっと、星空が綺麗だよ」

 ぼんやりと宿屋を見ていたジェナに、チェスが明るく言った。

「星空を見ながら、ゆっくり馬に乗って行くって楽しいよ」

「……そうね」

 ジェナは、夕暮れの空を見上げた。澄んだ空には、チラホラと星達が瞬き初めてきた。

気持ちが沈みそうになった時、チェスはいつも元気をくれる。ジェナは、小さな星の瞬きを見つめながら微笑んだ。


「リル、さっきから何を見てるんだ?」

 宿屋の二階の部屋で、アビーはリルに尋ねた。リルは、さっきからじっと窓の外を見下ろしている。

「はい? いえ、なんでもございません!」

 リルは慌てて後を振り向くと、サッと窓のカーテンを引いた。

「……どうやら、旅の者が泊まりに来たようですが、諦めて帰ったようですよ、エヘ」

 リルは小首を傾げ、笑ってごまかした。

「今はアビー様が、宿を貸し切っておりますからね」

「そうだな。今来ても誰も泊まることは出来ない」

 アビーは揺り椅子にのけぞって、鼻で笑った。

「だが、そろそろこの宿を出ていきたいもんだ。一体、いつになったら薬は出来るんだ?」

「アビー様、もう少しお待ちを。後、一週間ほどで数個の薬は出来上がります。ですが、それだけでは心許ないですから、もう少し作っておく必要がございます。まぁ、三週間待っていただければ宜しいかと」

「三週間……退屈しすぎで死にそうだな」

「薬さえ出来れば、楽しみはいくらでも作ることが出来ますよ、エヘヘ」

 リルは目を細め、顔をくしゃくしゃにして笑う。

──危ない所でした。やはり、あの子供はジェナの連れだったようですね……ま、馬でゆっくり行くようですから、こちらも焦る必要はないでしょう。のんびりと薬草作りに励みましょう

「こちらに顔を向けて笑うな! 吐き気がする」

 にこにこしながらアビーを見つめるリルから、アビーは目をそらせる。

「おや、アビー様、酷いお言葉、リル泣いちゃいますよ〜」

「殴るぞ!」

 ポカッと頭を殴られても、リルは笑顔を崩さなかった。

──薬がある限り、あの小娘など恐くはありません。リルは、まだまだのんびりと『薬』作りに専念出来ますねぇ。

 そう考えると、リルの顔は自然と笑顔になるのだった。




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