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第三十七話 旅の始まり

 東の空にゆっくりと日が昇り、薄暗かった空を次第に赤く染めていく。季節は夏へと移り変わりはじめたが、早朝の風はまだ少し肌寒かった。

──いよいよ、旅が始まるんだわ……。

 朝焼けの空を眺めながら、ジェナは気持ちを引き締める。この先、どんなことが待ち受けているか分からない。旅への期待より不安の方が大きいが、『エレック王子様を助ける』という、ただ一つの目的のためなら、どんな事が起ころうと頑張れる気がした。

「忘れ物はない?」

 アパートの前には、ドロシー、フィル、ジェフリーが見送りに来ていた。

「何度も確認したから大丈夫だよ」

 チェスは荷物の入った大きな袋を、馬の背に乗せる。

「とびきり大人しくて、丈夫な馬を二頭用意してやったからね。馬の餌も忘れずにちゃんとやるんだよ」

 ドロシーは念を押す。

「分かってるって、けど、何で三頭用意してくれなかったんだ?」

 茶色い馬の顔を撫でながら、ハンクは不満げに言う。

「二頭で充分だろう。それより、君達は馬を乗りこなせるのかね?」

 いつもながら、ビシッと真っ白いスーツ姿に身を固め、髪も乱れぬよう固めているフィルは、腕組みして尋ねる。

「大丈夫さ、ほら、すっかり懐かれてる」

 ハンクはポンポンと馬の背を叩き、勢いよく馬に飛び乗る。馬はヒヒーンと軽くいななくと、体をブルブルッと震わせた。

「馬の扱いだって上手いんだぜ……」

 傾きかけた体勢を整え、ハンクは手綱を握る。

「ま、どちらかと言えば、馬に扱われているという感じだが」

 言っている事とは裏腹に顔を強ばらせているハンクを見ながら、ジェフリーは笑いをこらえて言う。

「かなり躾のいい馬だから、初心者でも大丈夫だとは思うよ」

 ドロシーはフッと笑うと、チェスに小さな袋を手渡す。

「これは、あたし達からのほんの餞別。持っているお金が底をついた時、使えばいいさ」

「ありがとう、ドロシー」

 チェスはドロシーに抱きつき、両頬にキスする。

「大切に持っときな」

「うん」

 チェスは、紐のついた袋を首飾りと同じように首からかけて、服の中にしまった。

「なんで、チェスに渡すんだよ。俺の方が年上なのに」

 ソロソロと馬で近寄り、ハンクは不服そうな顔をする。

「あんたより、しっかりしてそうだからね」

 ドロシー達が笑っている中、チェスは弾みをつけて、もう一頭の馬の背にまたがった。

「ジェナはチェスの後に乗るといい」

 どちらの馬に乗ろうか迷っていたジェナに、ジェフリーが言った。

「なんで?」と、ハンク。

「見りゃ分かるだろ。乗馬はチェスの方が得意そうだ」

 初めて乗ったにもかかわらず、チェスは上手く手綱をさばいている。どうやら、馬にも気に入られたようだ。ジェナは微笑むとジェフリーの手を借りて、言われたとおりチェスの後にまたがった。

「なんだか、チェスばっかいい目にあってるよな」

 ハンクは肩をすくめて、舌打ちする。だが、馬に乗ったチェスとジェナは、なかなか絵になる姿だとハンクにも思えた。

「ひがむな。お前は馬に振り落とされないよう、しっかり乗っておけ」

「はい、はい。チェスとジェナは王子様とお姫様、俺は付き人って感じだよな」

 ハンクは傾く体を立て直しつつ答える。

「ちゃんと役所を分かってるじゃねぇか」ジェフリーは笑う。

「では、行って来ます」

 和やかな旅立ちの時が近づき、ジェナは馬上から三人を見渡して言った。

「気を付けて、幸運を祈っているよ」と、ドロシー。

「疲れるようなら、ポルトランドの宿で泊まるといい。最初は無理しない方が良いな」

 フィルは最後に付け加える。

「じゃあな」

 ハンクは皆に軽く手を振る。

「どうしても無理なら、途中で引き返して来るんだぞ。いいな」

「分かってるって。そんなことにはならないと思うけどな。ちゃんとエレック王子を助けて、直ぐに戻って来るさ」

 心配そうな顔をするジェフリーに、ハンクは笑顔で答える。

「じゃあね、行って来ます!」

 元気な声でチェスは言うと、手綱を引いて馬を進める。

 ジェナは手を振りながら、次第に離れていくドロシーとフィルとジェフリーをずっと見つめていた。二頭の馬は、まだ人気のまばらなセント・ベリーの街をゆっくりと進んでいく。港から吹いてくる潮風。石畳の賑やかな街。数日の間に、ジェナは様々な人達と出会った。ラークホープの小さな田舎では味わえなかった出来事。愛すべき人々との出会い。運命の悪戯で見知らぬ国に舞い降りてきたジェナだが、今では少し感謝していた。

 やがて、馬は角を曲がり、ドロシー達の姿は見えなくなった。新しい旅の始まりに、ジェナの心はときめいていた。



 ジェナ達一行が、ポルトランドへ向かい馬の背に揺られながら峠をゆっくりと進んでいる頃、ドロシーのアパートのドアを激しく叩く音がした。

「誰だい?」

 ドロシーが鬱陶しそうな顔でドアを開けると、目の前にはガリーラ青年が血相を変えて立っていた。分厚い眼鏡が鼻からずり落ちそうになっている。

「あんた、昨日の……」

「あの娘はいますか?」

 はぁはぁと肩で息をしながら、ガリーラは尋ねる。

「あの娘って、ジェナのこと? あの娘達なら今朝旅立ったよ」

「ハァー、間に合わなかったですか……伝えたいことがあったんですけどね」

「来るの遅すぎだよ。で、伝えたいことって?」

 ガリーラはフーと息を吐く。

「実はさっきようやく思い出したんですよ。私はポルトランドで、ジェナという娘を捜しているという人物に会ったんです。ジェナというのは昨日の娘ですよね?」

「今頃になって気付いたのかい?」

 ドロシーはあきれ顔でガリーラを見つめる。

「でも、まぁ、あの子達は今晩ポルトランドに泊まるって言ってたから、会えるかもしれないね」

「そうですか。それと、もう一つ言い忘れていたことがあるんです」

 ずり落ちる眼鏡を人差し指で押さえながら、ガリーラは続ける。

「何?」

「『黄金の木の実』は毎年一年に一回だけ実を付けるものなんですが、十年に一回は実を付けない年というのがあるんです」

 落ち着きを取り戻し、淡々と語るガリーラに、ドロシーは不安をよぎらせる。

「ちょっと、待って。まさか、あんた今年がその十年に一回の年って訳じゃ──」

「その通りです! 今年、『黄金の木の実』はなりません」

 ドロシーは唖然とし、しばらく口を開けたまま佇む。

「……それって一番大事な事じゃない。もっと早く言いなさいよ」

 深くため息をつき、ドロシーはガリーラを睨んだ。

「あの子達、もう旅立ったんだよ」

「それは私に言われても……私もさっき思い出したことですから。たまたま十年に一度の実のない年に当たったというだけでして。ま、何か他に方法があるのかもしれませんが──」

 ドロシーは、まだ話しを続けるガリーラの鼻先で、ピシャリとドアを閉めた。

「何か、他の方法か……」

 ドロシーは腕を組み、力無くドアにもたれかかる。『幸運』の旅が、一気に『不運』に見まわれそうだった。





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