表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/84

第三十五話 すれ違い

 もし、ガリーラと一緒にセント・ベリーに行っていれば、容易にジェナと会う事が出来た……とは、アビーもリルも思いもしなかっただろう。魔法の使えない二人には、先の事を見通す力などない。だが、例えそんな力があったとしても、リルはここ、ポルトランドを離れる気にならなかったかもしれない。

 リルは、ポルトランドがとても気に入っていた。至る所に薬草が生え、薬草の採取に明け暮れている毎日。リルの頭の中には、ジェナのことなど既に消え去っていた。ずっとここに住み着いても良いとさえ思っているくらいだ。

 一方、アビーは一人宿屋に残り、暇をもてあましていた。既にリルは、早朝から草原に出かけている。小さな宿屋の三つの客室は、全室アビーが借り切り、一室は薬草置き場にしていた。部屋の半分は、もう薬草でいっぱいになっている。後は、リルが一日でも早く薬を作ることを願うばかりだった。

「こんなに長居するとは思わなかった。もっと着替えの服を持ってくれば良かったな……ついでに使用人何人かと料理人も連れてくれば良かった。ここの料理は口に合わない」

 アビーはため息をつく。毎日出される、老夫婦の山菜料理にはうんざりしていた。

「僕のかわいいジェナはどこにいるんだろう?」

 アビーは部屋の窓から外を眺める。あたりは遙か遠くまで、殺風景な草原が続くばかりだ。

「僕のことを思うあまり、眠れない日々が続いているんじゃないだろうか?」

 遠くに続く山並みを見ながら、アビーはジェナのことを考える。

「早く、ジェナの側に行ってあげないと」

 余計な心配をしながら、アビーは山の向こう側のセント・ベリーの街のことに思いをはせる。

「アビー様! アビー様!」

 突然、ジェナに似た美しい声が、窓の下から響いてくる。

「ジェナ?」

 アビーは窓から身を乗り出し、窓の下を覗く。

「……」

 そこにはリルが立ち、ニコニコしながら上を見上げていた。今日も背中いっぱいに薬草を背負って、帰って来たようだ。

「紛らわしい声を出すな! ジェナかと思ったじゃないか!」

 細い目を更に細めて笑うリルの姿を見て、アビーは叫んだ。

「アビー様、これはリルの地声です。私たちエルフの声は美しいのですよ、エヘ」

 「『声』はな……。それより『薬』はいつ出来るんだ? 薬草ばかり採りに行っても薬が出来なければ話しにならないだろ」

 小首を傾げ精一杯の笑顔を向けるリルを、アビーは冷たくあしらう。

「アビー様、リルはちゃんと作っておりますよ。初めに天日干しした薬草がそろそろ乾燥してまいりました。良い『薬』を作るには、ゆっくり時間をかけなくてはなりません。焦りは禁物です。質の悪い『薬』を使うと、とんでもない『薬魔法』になってしまう恐れもあるのですよ、エヘ」

「フン……。それなら早く『薬』作りに取りかかれ」

「かしこまりました。エヘヘ、リルは毎日楽しくて仕方ありません。『薬』作りはリルの生き甲斐です」

 リルは嬉しそうに笑いながら、軽やかにスキップして宿に入って行った。リルにとっては、夢のように楽しい日々なのだった。



 アビーとリルがそんな毎日を過ごしている頃。

 ジェナはドロシーとフィルに連れられて、ガリーラの泊まっている宿屋を訪れていた。

一階のロビーで会う約束をしていたのだが、ガリーラは約束の時間になっても現れなかった。

「遅いね。何してるんだろ」

 イライラしながらドロシーが呟く。待ち合わせの時間から一時間が経とうとしていた。

「ちゃんと伝えてくれただろうね?」

 フィルは側にいた宿屋の主人に声をかける。

「ええ、確かに。彼はまた、薬草探しに夢中になっているのかもしれませんね。昨日の晩も宿に戻って来たのは真夜中を過ぎていましたから」

 宿屋の主人は落ち着いて答える。

「薬草だって? ここには薬草なんて生えてないだろう」

「それが、結構あるらしいですよ。広場の隅とか墓地の中とか、石畳の割れ目にも珍しい草が生えていたと言ってました」

 ドロシーはフーと息を吐く。

「墓地の中ねぇ……今日も帰りが真夜中にならなきゃいいけど。もう一回夜に出直そうか?」

 ドロシーはじっと座っているジェナに聞く。ジェナは首を横に振った。

「いいえ……お待ちしてます。『黄金の木の実』のことを知っているのは、その方しかいないんですもの。お会いできるまでは帰れません」

 ジェナはきっぱりと言う。例え真夜中になっても、ジェナはガリーラを待つ覚悟でいた。

「そう、あんたがそう言うなら待ってみようか」

 三人はしばらくガリーラの帰りを待った。

 それからまた一時間後、ようやくガリーラが宿に戻ってきた。彼はすっかり約束のことなど忘れていたようだ。

「全く、真夜中まで待たずに済んだだけでも良かったよ」

 ドロシーは呆れ顔でガリーラに言った。

「この娘がジェナ。『黄金の木の実』について詳しく知りたいらしいから教えてやりな」

「ジェナ?」

 ガリーラは分厚い眼鏡の縁を片手で持ち上げながら、ジェナを見つめる。

「はい、初めまして」

 ジェナは立ち上がり、ペコリとお辞儀する。

「どこかで聞いたような名だなぁ?……」

「……私はお会いした記憶はないですが……」

 ジェナは戸惑いながら、腕組みして考えているガリーラに目を向ける。

「そんなことより、早く教えてやりなよ。随分遅くなってるんだから」

 ドロシーは口を挟んで、ガリーラを睨む。

「そうですか? しかし、何かひっかかるんですがね……思い出した方が良いような……」

「それは後回し。あんた本当に『黄金の木の実』のことを知ってんの?」

「もちろんですよ! 私は世界中に存在している植物の名前は全て分かります。知らないものなどない!」

 ガリーラはムキになって言い張る。アビーとリルのことを思い出しかけていたガリーラの頭は、すぐに植物のことでいっぱいになり、彼らの存在は頭の片隅から完全に消えてしまった。

「教えて下さい。私、どうしても『黄金の木の実』を手に入れなくてはならないんです」

 ジェナはすがるような思いで、ガリーラに言った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ