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第三十二話 花火に込めた願い

 セント・ベリーの港に夜がおとずれた。お祭り騒ぎはまだまだ続いている。

 いったんドロシーのアパートに戻っていたジェナは、日が暮れてからもう一度ハンクやチェスと街に出かけようとしていた。

「お祭りの間、毎晩港で打ち上げ花火があるんだ。僕とハンクは毎日観に行ってるよ、すごく綺麗なんだ」

 アパートを出たところで、チェスが言った。

「そう、楽しみね。私、打ち上げ花火って観たことがないの」

 乱れていた髪は整えて来たが、服は小間使いの服のままだ。通りを歩く若い女性達は、皆綺麗なドレスを着て着飾っている。ジェナは、自分の服が一人だけ浮いているようで気になっていた。

「え〜? 本当かよ? 俺とチェスが住んでた街もかなり田舎だったけど、お祭りの花火くらいは観たことあるぜ」

 ハンクは少し驚いてジェナに目をやる。ハンクには微妙な乙女心は分からない。

「なんだっけ? ラーク、ラーク・ホース?」

「ラーク・ホープ。何にもない田舎だけど、薔薇の花だけは他のどの国にも負けてないと思うわ」

 ジェナはエプロンの皺を伸ばし、ハンクに言った。

「薔薇?」

 チェスは興味をひかれて、ジェナの顔を見上げる。

「ええ、とても綺麗よ。一度見せてあげたいくらい」

 故郷の薔薇のことを考えると、ジェナは自然と笑顔になってくる。咲き乱れる薔薇の花々、薔薇を愛する人々、エレックの顔がふと思い浮かび、ジェナの胸が痛んだ。エレックの事を考えると、今はお祭りに浮かれている場合ではない。着ている服などどうでも良いことだった。

 三人は歩いて、表通りに出る。かなり人出が多くなり、前に進むのも大変なくらい混み合っていた。皆、花火を見に、港に向かっているようだ。ジェナは、前から走ってきた男にぶつかりそうになりよろける。

「ぼーっとして歩いてると危ないぜ。ここは田舎じゃないんだからな」

 ハンクは、ぼんやりとしているジェナの腕をとって引っ張った。

「あ……」

 ジェナはその手を軽く払う。

「大丈夫。私達、恋人じゃないから、勘違いされると困るわ」

 昼間、恋人同士に間違えられたことを思い出して、ジェナは言った。

「はぁ? 迷子にならないよう手を繋いだだけじゃないか」

「ごめんなさい。でも……」

「考えすぎじゃねぇの?」

 ハンクは呆れた顔をして、振り払われた自分の手を見つめる。

「……」

「じゃあ、僕と手を繋ごうよ」

 困ったように言葉を詰まらせるジェナを見て、チェスはニッコリ笑いジェナの手を握った。

「僕なら勘違いされないと思うから」

 チェスの笑顔につられ、ジェナも微笑む。

「なんだよ、チェスなら良いってわけ?」

 ハンクは少しムッとする。

「僕は子供だもの。ハンクはもう大人だろ?」

「ま、そうだけど」

「ハンクも迷子にならないように手を繋ごう」

 チェスはハンクに手を差しだす。立ち止まっている三人が邪魔であるかのように、次々と人が追い越していく。

「そうだな」

 ハンクは肩をすくめ、チェスの手を握る。

「花火がよく見える良い場所があるんだ。はぐれないようについて来いよ」

 チェスの手を引っ張り、ハンクは歩き出す。チェスを真ん中にして、三人は人の波をかき分け、港まで歩いて行った。

 人々で混み合う桟橋の広場には行かず、ハンク達は港の隅にとめてある小さな船の方へ進んでいく。

「もっと近くで花火が観れる絶好の場所だぜ」

 ハンクはそう言うと、小さな手漕ぎ船に飛び乗った。

「この船はあなたの船なの? 朝も乗っていたわね」

 ジェナは船を見ながら聞いた。今朝、ハンクの乗っていた船に魔法でワープしてきたばかりだ。

「ま、そんなとこ」

「借りているんだよね?」

 チェスも船に乗り込み、ジェナに手を差し伸べた。

「エスコートはチェスに任せたからな」

 チェスに手を引かれて船に乗り込むジェナを横目で見ながら、ハンクは言う。

「俺は嫌われたみたいだから」

「あ、そうじゃないのよ。ただ──」

 チェスの隣りに腰を下ろし、向かい合ったハンクにジェナが答えようとした時、近くでヒュルヒュルーという音が聞こえてきた。

「あっ、花火が上がるよ」

 チェスの声とともに、真っ黒な空に大きな花火の花が咲く。同時にドーンという大きな音が空にこだました。

「綺麗……」

 空を見上げたジェナは、次々に打ち上げられる花火をうっとりと眺める。

「もっと沖に出よう」

 ハンクはオールを漕ぎ、ゆっくりと船を沖へと進めていく。

 空に上がった花火は、海面に反射して映っている。小さく揺れる波間にも、キラキラと花火の花が咲いているようだ。沖に出た船のまわりは静かで、まるで花火を独占して観ているかのようだった。ジェナは首が痛くなるくらいずっと上を向いたまま、美しい花火を観ていた。

「花火、気に入った?」

 夢中になって空を見上げていたジェナに、チェスが聞いた。

「ええ、とっても綺麗」

 ジェナは視線を空からチェスに移す。チェスはニコリと笑ってジェナを見ていた。

「……」

 花火の光を浴びて、チェスの金色の髪が光る。その髪の輝きと優しい笑顔を見ていると、ジェナはまたエレック王子のことを思い浮かべていた。

「あ」

 チェスの胸元にキラリと光る鎖に、ジェナはふと目を向ける。

「チェス、首飾りしまっとけよ。ジェナにも狙われてるぞ」

 ハンクはチェスの首飾りを見つめているジェナに気付き、笑いながら言った。

「首飾り?」

「ジェナなら大丈夫だよ」

 チェスは首飾りを服の中から取りだし、十字架の部分をジェナに見せる。

「小さな薔薇の模様が彫ってあるんだ。ラーク・ホープの薔薇を描いたものかもしれないね」

 ジェナはじっと十字架を見つめた。

「本当に、薔薇の模様だわ」

「かなり値打ちものらしいぜ。でも、売ろうなんて思うなよ」

 ハンクはチェスに念を押す。

「お金の心配ならいらないよ。今日、歌って稼いだお金があるんだ。明日もあさっても歌うから、もっとお金が入ると思うよ」

「流石だな、チェス。俺もなんかで稼がないと」

「ありがとう。私も何か仕事を探すわ」

 ジェナはそう言い、また空を見上げる。盛大に打ち上げられる花火の花が、ラーク・ホープの薔薇の花と重なる。

──エレック王子様。待っていてください。きっと眠りの魔法を解いてみせます。

 ジェナは空の花火に願いを込めて、心に誓った。


 花火を見終えた三人は、夜の更けた街を歩いて帰っていた。お祭り騒ぎはまだまだ終わることを知らず、あちこちの店から賑やかな歌声が響いてくる。騒ぎは夜明けまで続きそうだ。ドロシーのアパート前まで帰った時、階段下に人の影が見えた。

「あっ!」

 月明かりで男の顔が映し出されると、チェスは喜びの声を上げる。そこにはジェフリーが立っていた。

「よお、やっと帰って来たか。随分またされたぜ」

 ジェフリーはニヤリと笑う。

「ジェフリー! 来るのずっと待ってたんだよ。もう来ないのかと思った」

 チェスはジェフリーの元まで走って行き、ジェフリーに抱きついた。

「俺は約束はちゃんと守る男だ」

 ジェフリーは軽々とチェスを抱き上げる。

「俺のいない間にもう恋人まで出来たのか?」

 後から歩いて来たハンクとジェナを、ジェフリーはチェスの肩越しから眺める。

「違うって! 恋人なんかじゃねぇや」

 ハンクはジェナを気にしながら弁解する。

「お前の恋人だと言った訳じゃないぜ。俺はチェスに言ったんだ」

 ジェフリーはハンクをからかい、笑って言う。

「チェ、ま、そうかもしれねぇけどな。この子はジェナって言うんだ」

「ジェナか」

 ジェフリーはジェナを見つめる。

「かわいいな。そのドレスは流行りなのか? まるで小間使いの服のようだぜ」

「あ、そうです。私、お城で働いててそのままここに来たもので……」

 うつむきながら、ジェナは答えた。

「は? なにやら事情がありそうな様子だな」

「そうそう、俺達旅に出るんだ。ジェフの力も貸してくれよ」

 目を丸くしているジェフリーにハンクは言った。





読んで下さってありがとうございました!

今回、ちょっと書き詰まってしまいました〜それにしては文字数長くなりましたが…。進め方に手間取ってしまいました。(^^;)でも、もう少しお祭りムードを書きたかったので、良かったです。

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