表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/84

第二十九話 知的そうに見える男

「さあ、アビー様、準備は宜しいですか?」

「完璧だ」

 アビーは胸元のスカーフを正し、羽根飾りのついた派手な帽子を目深にかぶる。既に旅の支度は整い、後は使用人に『薬魔法』を唱えさせるだけだった。リルは自分の布袋を肩にかけ、アビーの大きな鞄を片手に持っている。

「では、薬を飲んで『アビー様とリルをセント・ベリーへ送って下さい』と唱えなさい」

 リルは二人の傍らに立っている使用人に告げる。

「かしこまりました」

 使用人は頷くと、言われたとおりに薬を口に含んだ。

──おや?……『薬魔法』というものは、二人の願いを同時に叶えることが出来たでしょうか?……。

 リルはふと不安になってくる。

──まぁ、二人が繋がっていれば、なんとか行くことが出来るかもしれませんね……多分……。

「何を一人で笑っている?」

 アビーはチラリとリルを横目で見る。

「いえ、何でもございません」

 目を細めながら、リルは微笑んだ。

「アビー様、私を抱いてください」

「は?……」

 潤んだ瞳でアビーを見上げるリルに、アビーは一瞬ゾッとする。

「変な意味ではございませんよ。移動中離ればなれになるといけませんから」

「……側にいるだけでいいだろう」

 アビーはリルから一歩退く。リルが近くにいることさえ我慢ならないアビーだった。

「アビー様、いけません! せめて手を繋いでいて下さい」

 既に使用人は薬を飲み込み、目を瞑ると魔法の言葉を唱え始めていた。

「近寄るな!」

 リルが出した手をアビーは払いのける。

「アビー様!」

 使用人が魔法の言葉を唱え終えたのに気づき、リルは慌ててアビーに向かいジャンプした。

「ワーッ!」

 両手に荷物を抱えたリルは、勢いをつけてアビーに飛びつく。その弾みで、アビーは後に倒されそうになる。同時に床に倒れそうになる直前、二人の姿は部屋の中からパッと消え去った。それと同時に、魔法を唱えていた使用人は、気を失って床に倒れこんだ。



 なだらかな丘が続く草原。時折、牛の鳴き声とカウベルの音が遠くから聞こえてくる。

 自然豊かなのどかな村の片隅で、一人の青年がルーペ片手に食い入るように草原の草を観察していた。青年は先ほどから、一人でブツブツと呟いている。

「う〜ん……この草は、見たことがない。私の資料にもないはずです」

 草原にはいつくばり、ルーペで拡大された草を見ながら青年はうなり声をあげる。

「これは新種の薬草かもしれないですねぇ。採って帰って詳しく調べてみましょう」

 青年は身を起こし、ずり落ちそうになっていた分厚い眼鏡を、人差し指で押し上げる。そして、鞄の中から小さなスコップを取り出すと、さっき調べていた草のまわりを慎重に掘り起こし始めた。

「新種の薬草ならば大発見です。この薬草の名前は私の名前をつけることにしましょう」

 青年はニンマリと笑い、草に手を伸ばす。

 と、その時、どこからともなく強い風が巻き起こり、悲鳴にも似た叫び声が青年の耳に響いてくる。

「なんですか? これは?」

 突風が吹き抜け、青年の羽織っていたマントが大きく翻る。同時に、大きな悲鳴、大地を揺るがすような音がドシーン! と鳴り響いた。

「……!」

 次の瞬間、青年の目の前には、見知らぬ人物が二人。いや、一人は年若い人間のようだが、もう一人は得体の知れない生き物だった。

「ああっ!」

 青年は青ざめ、叫び声を上げる。青年が顔色を失ったのは、急に姿を現した見知らぬ人物に驚いたからではなく、せっかく発見した新種の薬草が、無惨にも二人に踏みつぶされてしまったからだった。

「何て事をしてくれたんですか!」

 青年は目の色を変え、アビーとリルを押しのける。

「私の薬草が!」

 潰され押し花のようにぺしゃんこになった薬草を、青年は慎重に手に取った。

「薬草? ですって?」

 仰向けに倒れていたリルは、『薬草』という言葉に興味を抱き、背中をさすりながら起きあがった。『薬魔法』を使うエルフとして、『薬草』には大いに興味がある。

「そうです! あなた達、どうしてくれるんですか? 私の発見した薬草がこんなになってしまったじゃないですか!」

 青年は、ペラペラの草を手のひらにのせてリルに見せる。

「おやおやお気の毒に。ですが、この薬草はあなたが発見した物ではございませんよ」

「何です? あなたはこの草を既に知っているというのですか?」

 分厚い眼鏡の奥の瞳を丸くして、青年はリルに尋ねた。

「はい。これはポルトランド草と言いまして、ポルトランド地方にしかはえていない薬草です……」

──おや? と言うことは、ここはもしかして……。

 答えつつ、次第にリルの心に不安の波が押し寄せてくる。

「そうですか……私もここには昨日立ち寄ったばかりです。気付かなかったはずですね」

 青年はがっかりと肩を落とし、息を吐いた。新種の薬草発見の夢は、もろくも崩れ去ってしまった。その時、倒れていたアビーがようやく起きあがる。

「うぅ……酷い目にあった。もう移動の魔法は使うな……」

 青白い顔でフラフラしながら、アビーはリル達の元に歩いて来る。

「お前は誰だ? この近くでジェナという可愛い娘を見かけなかったか?」

 アビーよりは年上に見える青年だが、アビーは使用人に言うように威張って聞いた。青年はキョトンとした顔をしてアビーを見つめる。

「私の名前はガリーラ・ドネス。数学、生物、地理学が得意な知識豊かな人間です。世の人々からは、頭が良く博学だと言われています。それは、決してお世辞ではなく、本当のことを言っているまでです」

 ガリーラという青年は、片手で眼鏡の縁を押さえながら答えた。

「そんな事は聞いてない。ジェナを見なかったかと聞いているんだ」

 イライラしながらアビーは続ける。

「ジェナ? そんな女性は知りませんね……ここ数日植物の研究に没頭していて、人間の顔などほとんど見てはいません。さっきも言ったように私は、ここポルトランドに来たばかりですから」

「ポルトランド?……ここはポルトランドという所なのか?」

 アビーは驚いたように眉をつり上げる。

「ええ、そのようです。さて、そろそろ宿に戻るとしますか」

 ガリーラはルーペと小さなスコップを拾い、鞄の中にしまい始める。

「セント・ベリーじゃないのか?……」

 アビーはリルを睨みつける。リルはばつが悪そうに、アビーからサッと視線をそらせた。

「セント・ベリー? ああ、その町ならここから一山越えた先ですよ。歩いて行くなら二、三日はかかるでしょうね」

 冷静な口調でガリーラは答える。

「……リル、なんとかしろ」

「は、はい。アビー様!」

 リルは狼狽え、抱えていた袋に手を入れて薬を探す。

「おや?……これは、さっきの移動中に……」

 どうやら、移動するさい袋の中の薬が飛び出してしまったらしい。リルの顔は次第にひきつってくる。

「アビー様! 私、薬をすっかり落としてしまったようです」

袋につまっていた薬草は、全てなくなっていた。

「何だって! 『薬魔法』が使えないのか! 魔法の使えないお前など何の役にも立たないじゃないか」

「アビー様、そんな、酷いです。リルは薬を作るのが得意でございます。今から薬草を探して作ってみせます」

「……それはいつ出来るんだ……」

「そうですねぇ。採集し、天日干しやら調合やらで、大急ぎで作って一月くらいかと、エヘ」

 リルは苦し紛れに首を傾げて笑った。

「……」

 アビーは拳を握りしめ、プルプルと体を震わせる。

「あなた達、なにやら困っているようですね」

 荷物を背中に背負ったガリーラが、涼しい顔をして二人に目をやる。

「安心しなさい。私に考えがあります」



              

4&4Kさん提供キャラ、ガリーラ・ドネスを登場させました。4&4Kさん、ありがとうございました! 口調はちょっと変更しました。(^^;)一見インテリ風? という感じにしました。

ポルトランド…ポーランドとポルトガルの合体です…^^;

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ