第二話 船出
「本当にバレない?」
チェスは体を丸め小声で囁く。その隣りには同じように体を丸めてうずくまっているハンクがいる。
「心配するな。何度も確かめてんだ。この箱の中に入っときゃ、船に運んで貰えるのさ」
二人は今、大きな木の箱の中にいる。おがくずとジャガイモに半分埋もれながら、身を寄せ合って小さくなっている。
「息苦しいよ。ちょっと蓋を開けていい?」
「ダメだ。もうすぐ船に乗れる、それまで我慢しろ」
箱の蓋を開けようと伸ばしたチェスの腕を、ハンクは慌てて掴む。
「フー、船に乗る前に死んじゃったらどうするの?」
「大丈夫だって、もう少し辛抱したら豪華客船に乗り込めるんだぜ。スゴイだろ」
ハンクは嬉しそうに笑う。時々港に碇泊する客船は、ハンクの憧れの的だった。その客船に乗ることが、子供の頃からの夢だった。もちろん、ハンクのような身分ではとても乗ることの出来ない豪華客船だ。
「シッ、ハンク、誰か来るよ」
子供のようにはしゃいでいるハンクにチェスは言う。数人の足音が近づき、周りでガタガタと音がし始めた。
「いよいよだな……」
声を殺してハンクが言って間もなく、二人の入った箱が持ち上げられた。
「なんだこの箱、やけに重いな」
「ぎっしりイモが入ってんじゃないのか?」
船員の文句を聞きながら、ハンクとチェスは箱の中で息を潜める。箱の乗り心地はきわめて悪く、途中何度もぶつけられ前後左右に体が揺れたが、二人はどうにか客船の中に乗り込むことが出来た。
バタンッとドアの閉まる大きな音がした後、辺りは急に静かになった。真っ暗で物音一つしない。木箱の隙間からは、一筋の光も漏れてはこなかった。
「上に箱を積まれなくて良かった……」
しばらくした後、ハンクは囁く。
「もし、積まれていたらどうしたの?」
「はぁ?……だから、積まれなくて良かったって」
ハンクはフーッと息を吐く。僅かな隙間があるとは言え、息苦しさは限界にきていた。
「僕達、ジャガイモと一緒に天国に行っていたかもしれないんだね」
チェスはチラリとハンクを横目で見て、箱の蓋を押し上げた。ひんやりとした空気が流れ込む。決して気持ちの良い空気ではなかったが、箱の中に閉じこめられているよりはましだった。
「俺達はラッキーなのさ」
ハンクは首を着きだし、薄暗い室内を見回す。
「もう出てもいいぞ」
箱の蓋をずらし、二人はようやく狭い箱から抜け出した。
「ここは船の食料庫らしいね」
たくさんの木箱が積み重なって置かれている。上に他の箱が乗らなかったのは、奇跡なようなもんだとチェスは思う。船はまだ出航していないらしく、ふわふわと体の揺れる感じがする。
「そうだ。夜中になったら人の出入りはなくなるから、ここで寝るようにすれば良いさ。ここなら食料にも困らないしな」
ハンクは近くにあった袋を物色し、中から林檎を取り出す。
「勝手に食べるのは良くないよ。お金を払わなきゃ」
既に林檎にかじりついているハンクをチェスは咎める。
「馬鹿言うな、そんな金あるわけないだろ。あれば、金払って船に乗ってるさ」
一気に林檎を頬張るハンクは、もう一個の林檎をチェスに放り投げる。
「……ハンクは先のこと何にも考えてないんだね」
チェスは肩をすくめる。が、気が咎めながらも空腹には勝てず、渡された林檎をかじった。
「心配すんなって、俺達は運が良いんだから」
ハンクは林檎の袋の中にもう一度手を入れる。
「う、うぅ……」
その時、暗い倉庫に低いうめき声が聞こえてきた。ハンクとチェスはビクッと身を縮め顔を見合わせる。誰もいないと思っていた食料庫に人の気配を感じる。