第二十八話 ジェナはどこ?
そろそろ西の空に日が傾きかけた頃、リルはようやく意識を取り戻した。口を大きく開けて欠伸をし、リルは身を起こす。
「やれやれ、エルフの私が『薬魔法』を唱えると、予想以上に強力な力を発揮するのですね。お陰さまで、ピンチを脱出致しましたけどね。エ……」
床から起きあがり、微笑もうとしたリルは、アビーの鋭い視線を感じ口を閉ざした。アビーの背後からは、真っ赤な怒りの炎がメラメラと燃えたっているようだった。
「この馬鹿エルフ! ジェナをどこへやった!」
プルプルと体を震わせながら、アビーはリルを睨み付ける。
「ヒェー! アビー様お許しを! リルはか弱きエルフでございます」
振り上げたアビーの手を避けようと、リルは両手で頭を抱える。
「そのセリフは聞き飽きた! ジェナはどこだ! 使用人に国中探させてもどこにもいないじゃないか!」
興奮したアビーの顔は真っ赤になる。今にも湯気が立ちそうな勢いだ。
「そりゃいませんよ……私は、出来る限り遠くへ飛ばすように願ったのですから。少なくともラーク・ホープにはおりません。どこでしょうねぇ。ラーク・ホープの反対側の国かもしれませんね。エヘ」
リルの笑い声が消えないうちに、アビーの手が振り下ろされる。ドスッという鈍い音とともにリルの体は転がっていった。それと同時に強烈な痛みが、アビーの拳にも伝わる。リルの頭がものすごい石頭だということを、アビーは忘れていた。
「ア、アビー様、酷いです。あの時あの娘に『薬魔法』を使わなければ、私は殺されていたかもしれません……うぅ酷いです」
アビーは黒い涙を流して泣き出す。
「……クゥ、泣くな! 今は泣いてる場合じゃない! すぐにジェナを戻せ!」
痛む拳をさすりながら、アビーは叫ぶ。
「それは無理です。『薬魔法』は魔法をかける相手の近くでないと唱えることが出来ません」
「フン、不便な魔法だな」
「所詮『薬魔法』ですからね。魔法使いの魔法のようにはいきませんよ。エヘ」
「魔法使いを雇えば良かった……」
「アビー様、そんなことおっしゃらないでください」
アビーの冷たい視線を感じながら、リルは続ける。
「この前のように、水晶球にジェナの姿を映すことは出来ますから、それを見ればあの娘がどこにいるか分かりますよ。そうしたら、私達もあの娘のところに飛んでいけば良いわけです」
「そうか、お前は顔に似合わず、なかなか頭が良いな」
アビーの顔に笑顔が戻り、さっそく使用人を呼ぼうと呼び鈴を鳴らす。
「はい、私は誇り高きエルフでございますからね、エヘ」
以前、ジェナとエレック王子の姿を水晶球に映しだした時のように、使用人を使って水晶球にジェナを映し出すよう『薬魔法』を唱えさせた。使用人が気を失った後、アビーとリルが覗き込んでいる水晶球が徐々に白く濁り始める。
「これは……かなり遠くへ飛ばされてしまったようですね」
白く濁った水晶が、なかなか透明にならないのを見てリルは呟く。
「お前のせいだろう! 映し出されなかったらどうするんだ! 僕とお父様の力を借りても、世界中を探させることは出来ないんだぞ」
「そうですか……それでは、魔法使いの力を借りるしかないでしょうかね、エヘ」
リルはチロリと舌を出して笑うが、アビーがまた殴ろうとして手を挙げたのを見て笑いをこらえた。
──本当は、あの娘などもう戻って来なくていいんですがね……。
「……おや、アビー様、どうやら水晶球に何か映ってきたようですよ」
「本当か?」
アビーは食い入るように水晶を見つめる。霧のように白く濁っていた水晶球は、徐々に透明になり、何かの姿を映しだしてきた。
「あっ! ジェナだ! 僕のジェナ……」
水晶球に映ったジェナを姿を見て、アビーは声をあげて喜ぶ。しかし、次の瞬間、ジェナの隣りに見知らぬ若い男の姿を発見し口ごもる。二人は親しげに話しをかわしていた。
「誰だ、彼奴は!」
水晶球には、話しながら通りを歩いていく、ジェナとハンクの姿が鮮明に映っていた。
「おやおや、どなたでしょうね。あの娘もなかなかやりますね。随分と仲が良さそうですが、エ……。それは置いておきまして、ここがどこだか分かりましたよ、アビー様」
「どこだ!」
「セント・ベリーです。思った通り、かなり遠い国でございました」
アビーは水晶球から離れると、別の使用人を呼ぶためもう一度呼び鈴を鳴らす。
「すぐに旅の準備をして出発する。お前もついてこい」
「はい、かしこまりました、アビー様」
──あの娘を連れ帰りたくはありませんが、アビー様との旅は楽しそうです。リル、ワクワクしてまいりましたよ。
リルは小首を傾げ、エヘッと嬉しそうに笑った。