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第二十七話 出会い

「どこって、見りゃ分かるだろ? 釣り船の上だよ」

 ハンクは警戒しながら、ジロジロとジェナを見る。

「それより、お前の方こそ、どこから来たんだよ? だいたい、いきなり船の中に現れるなんて、普通じゃないだろ。もしかして、魔法使いかなんかか?」

「魔法……」

 ジェナは力無くうなだれる。

「私、魔法をかけられたんだわ、あの化け物に……どうしよう……私、私、すぐに帰らなきゃ。そうよ、こうしている間にもエレック王子様は苦しんでいらっしゃるかもしれない。早く呪いの魔法を解かなきゃ!」

 ジェナはパッと顔を上げると、ハンクに迫る。

「早く、船を出して! 私は直ぐにラーク・ホープに帰らなきゃいけないの!」

「ま、待てよ。全然意味が分かんねぇ。ラーク・ホープってどこだよ? お前の名前は?」

 血走ったような目で訴えるジェナから、ハンクはジリジリと後ずさった。

「ジェナ。ここはどこなの? ラーク・ホープからどれくらい離れているの?」

「ここは、セント・ベリーっていう街。俺だって、最近来たばかりなんだ。ラーク・ホープなんて国、聞いたこともない」

「セント・ベリー……」

 ジェナはまた肩を落とし、目を伏せた。見知らぬ異国。たった一人見ず知らずの国に飛ばされた不安と恐怖が、突然ジェナを襲ってくる。

「どうしよう……私、これからどうしたらいいの?……」

 ジェナの瞳から、ポタポタと涙がこぼれ落ちてくる。

「帰らなきゃ……ラーク・ホープへ……家に帰りたい……」

 ジェナは体を震わせ、声を上げて泣き始めた。

「あの、ちょっと……」

 ハンクは戸惑いながらジェナを見つめる。

──なんだよ、そんなに泣かれたって……俺だってビックリしてんだから。女ってすぐに泣くから嫌なんだよな。

 ハンクが困惑していると、垂らしていた釣り糸が急にピクピクと動き出した。

「あ、竿がひいてる」

 釣りに来ていたということを思い出したハンクは、急いで釣り竿を手にして引きあげる。バシャッと勢いよく水しぶきがあがり、一匹の大きな魚が釣り上げられた。魚は元気に空中を暴れまわる。

「お、スゴイ! ようやく調子が出てきたな」

 ハンクは笑いながら、はねる魚をバケツの中にほうり込んだ。そして、釣り糸に新しい餌をつけようとした時、ジェナが泣きながら恨めしそうな視線を投げかけているのに気付いた。『釣りなんかしている場合じゃないでしょ』ジェナの濡れた瞳は物語っている。

「せっかく釣れてきたのに……」

 ハンクは渋々釣り竿を片付け、船のオールを手にする。

──舟釣りに来ると、いつも人間も釣れてしまうような……。

 ハンクは十年前、海でチェスを拾ったことをふと思い出す。

──今度は女の子か。

 しゃくり上げながら泣いているジェナを横目で見て、ハンクはため息をついた。


 桟橋に着いたハンクは、手を引いてジェナを船から降ろす。ジェナは不安そうにキョロキョロと辺りを見回した。溢れかえる人々、お祭りの賑やかな音楽、笑い声、歌い声、ラーク・ホープの小さな国から出たことのないジェナには、どこを見ても圧倒されそうな光景だった。

「あ、どこに行くの?……」

 ジェナをおいて駆けて行こうとしたハンクを、ジェナは呼びとめる。ジェナにとって、今頼りになるのはハンクだけだった。ジェナの知り合いなど、ここには誰一人いない。

「え? ちょっと借りていた物を返しに……」

 振り返ってハンクはそう言うと、釣り竿とバケツを抱えて走って行く。

──は? 何でついて来るんだよ。

 ジェナもハンクの後を追いかけて走って来る。この人混みの中一人にされるのは、田舎育ちのジェナには恐怖そのものだった。

 ハンクは釣りをしていた老人の元まで行くと、その手に釣り竿を戻した。それまでずっと居眠りをしていた老人は、ビクッと身震いしようやく目を覚ました。ハンクは一匹の大きな魚が入ったバケツを、老人の横にサッと置く。

「じいさん、凄いな。大きな魚が釣れてるじゃないか」

 驚いてハンクを見上げる老人に、ハンクは笑って言った。

「ほぉ? ほんとじゃ、良い魚が釣れとる」

 何も知らない老人は、自分が釣ったものだと思い嬉しそうに笑った。ハンクは釣った魚に少しばかり未練を残しながら、老人の側を立ち去った。ジェナもハンクの数歩後をついて行く。

 桟橋を出て、表通りに入った後もジェナは後をつけて来た。ハンクはふと立ち止まり、クルッと後を向く。

「いつまでついて来る気だよ?」

 ジェナは怯えた目をしてハンクを見つめる。

「だって……私、どこへ行っていいか……知っている人なんて一人もいないわ……」

 ジェナの大きな瞳がまた涙で潤んでくる。

「俺だって、お前のことなんか知らない……泣くなよ」

 また泣きだしたジェナを見て、ハンクは途方にくれる。今は自分とチェスのことだけでも精一杯なのに、また一人見ず知らずの女の子が現れるなんて。

「おや、どうしたんだい君達? 喧嘩でもしたのかい?」

 突然、風船をたくさん抱えたピエロの男が、二人の元にやってくる。

「恋人を泣かせるなんていけないねぇ。お祭りだと言うのに」

「恋人!……」

「お嬢さん、泣かないで、これを持って行きなさい」

 ピエロに扮した男は風船の一つをジェナに手渡すと、笑った顔のまま立ち去って行った。

「恋人なんかじゃねぇよ!」

 ハンクは、人混みの中に消えて行くピエロの背中に向かって叫んだ。

「ごめんなさい……」

 ジェナは小さな声で言い、片手で涙を拭くと、ハンクに笑顔を向けた。

「私が突然現れたんだものね。あなたには全然関係ないのに……私、ラーク・ホープに帰るわ。やらなきゃならないことがあるから」

「……」

 ジェナは、ピエロにもらった大きな風船を手にして立ち去ろうとする。

「あ、ジェナ、待てよ! ラーク・ホープへの帰り道なんか分からないだろ」

「誰かに聞くわ」

「なら……取りあえず今夜は俺のアパートに泊まったらいいさ。地理に詳しそうな奴がいるから、ラーク・ホープのことも知っているかもしれない」

 思わず『俺のアパート』と言ってしまったが、このままジェナを一人にする訳にもいかないとハンクは思う。その後どうするかハンクには分からないが、ジェナがホッとしたように微笑むのを見てハンクも安心した。

「あ、俺のアパートっても、四人で住んでるんだ。一人暮らしって訳じゃねぇから」

 ハンクは一応付け加える。

「ありがとう。まだ、聞いてなかったけど、あなたのお名前は?」

「ハンク。俺にはチェスっていう息子がいるんだぜ」

「え? 息子?」

「そうさ、これから会わせてやるよ。可愛い奴なんだ」

 驚いた顔をするジェナに、ハンクはチェスを海で拾ったことやこれまでのことを話し始めた。楽しそうに話すハンクの話を聞きながら、ジェナはしばし独りぼっちになった恐怖と寂しさを忘れていた。





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