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第二十六話 セント・ベリーの祭で

 ハンクとチェスがセント・ベリーに来て数日後。

 セント・ベリーの港町で、盛大な祭が開催された。祭は五日間行われる予定で、賑やかな街がいつも以上の人で賑わっていた。パレード、ダンス、音楽会、大道芸と打ち上げ花火。祭の期間中は、人々の陽気な笑い声と歌い声が途切れることはない。

 ハンクとチェスにとっては、何を見ても新鮮で物珍しいものばかりで、少しも飽きることがなかった。お祭り三日目の日も、朝から二人で出向いていた。

「ジェフリーはいつ来るんだろう? お祭りには必ず会いに来るって約束したんだよ」

 祭が始まっても会いに来ないジェフリーのことが、チェスは気になっていた。

「そのうちやって来るさ。今夜あたり、ひょっこり姿を見せるかもしれないぜ」

 ハンクはそう言い、楽しそうに話しながら通り過ぎていく若いカップルの姿を目で追う。自分と同じくらい、いやもっと若い恋人同士の姿がさっきから目についてしょうがなかった。

「こんなに楽しい祭なんだから、もっと早く来ればいいのにね」とチェス。

「あのオヤジも、色々と忙しいんだよ」

 二人はまた若いカップルとすれ違う。お祭りには子供連れも多いが、若い恋人同士の姿もかなり多い。ハンクは羨ましげに彼らの様子を眺めていた。

───俺がガキっぽく見られるのは、チェスとばかり付き合っているからかもしれないな……ま、チェスのことは面倒みなきゃならないけど、たまには恋人と楽しみたいよなぁ。

 そう思うハンクだが、実際は恋人さえいない。今まで恋人が出来たこともなかった。

「ハンク、どうかした?」

 ぼんやりしているハンクにチェスは言う。

「や、別に。ドロシーとフィルは、また酒場に行ってるんだよな」

「うん。ハンクも酒場に行きたいの? ハンクも行って良いよ。僕は一人で大丈夫、セント・ベリーの街にはもう慣れたから」

「……」

 チェスは人の心に敏感だとハンクは思う。まだ子供なのに相手に対する気遣いが出来る。本当は自分よりずっと大人なんじゃないか、と思えてくることさえあった。

───やっぱ、俺の方がガキなのかも? 自分のことしか考えてなかった……。

 そう考えると、少しだけ落ち込んでくるハンクだった。

「俺は、酒場よりこっちの方が良いや。あっ見ろよ、あの男!」

 通りでは、上半身裸の男が口から火を吹く大道芸を披露していた。

「ハンク、待って」

 落ち込んだのもつかの間、ハンクはもう祭に夢中になっていた。チェスは先を歩いて行くハンクの後を慌てて追いかける。


 通りの広場では、様々な大道芸が披露されていた。火を吹く男、ジャグラー、パントマイム、操り人形劇。そんな中チェスは、一人のバイオリン弾きの男性と彼の隣りで歌を歌っている女性に興味をひかれる。

「あの女の人の声綺麗だね。僕も一緒に歌ってみたいな」

「ああ、お前は孤児院の教会でよく歌ってたもんな」

 チェスは教会の聖歌隊に参加して、よく讃美歌を歌っていた。チェスが歌う讃美歌は天上から響いてくるような、清らかな天使の歌声だった。

 チェスはハンクの元を離れ、歌う女性の前に近づいて、彼女の歌をじっと聴き入る。やがて、歌のメロディと歌詞を覚えたチェスは、女性に合わせて歌を口ずさむ。その歌声に気付いた女性は、ニッコリと微笑むとチェスに目を向けた。

「坊やは美声ね。歌が好きなの?」

 女性は歌うのを止め、チェスに声をかける。

「はい。大好きです」

「一緒に歌ってみる?」

「ぜひ、頼むよ。お客さんがもっと増えそうだしね」

 バイオリン弾きの男性も横から声をかける。チェスは嬉しそうに顔を輝かせ、許可を求めるようにハンクの方を振り返った。

「ハンク、歌って良い?」

 ハンクは笑顔で頷きながらOKサインを出す。

「ちゃんと分け前はもらっとけよ」

 チェスは人に好かれる。可愛らしく素直だから、特に女性にはウケが良い。美人の歌姫ともう親しげに話しているチェスを見ながらハンクは思った。

───あれも一種の才能なのかもな?

 ほんの少し嫉妬の気持ちを抱くハンクだった。

───ま、ちょっとした稼ぎにはなりそうだけど。

 歌い合わせをしているチェスを残し、ハンクは港の方へと向かった。


 港には大小様々な船が碇泊していた。お祭りに合わせてどの船も旗で飾られている。桟橋の方では釣り糸を垂らし、釣りをしている人の姿もあった。

───あ、釣りだ。久しぶりに舟釣りがしたいな。良い魚が釣れるかもしれねぇし。俺も魚くらいなら持って帰れそうだ。

 釣り好きのハンクは、釣り人を見ているだけでうずうずしてくる。のんびりと釣り糸を垂らしている初老の男性に、ハンクは近づいて行った。彼はこくりこくりと頭を揺らし、居眠りをしている。手に握っている釣り竿も今にも手から落ちてしまいそうだった。

「おじいさん!」

 ハンクが声をかけても彼は気付かない。

「釣り竿と餌借りて良いかい?」

 初老の男性の返事も待たず、ハンクは彼から釣り竿を取った。

「後で返すからな」

───これじゃ、大物が釣れても逃げられちまうし、俺が釣ってきてやるよ。

 男性の近くに置かれていたバケツの中には、まだ魚一匹入っていなかった。釣り竿と餌を受け取ったハンクは、眠っている男性からサッと離れる。

「言っとくけど、これは泥棒じゃないから」

 ハンクは自分で納得して呟く。もう一度振り返ってみると、初老の男性は何も気付かず気持ち良さそうに眠っていた。ハンクは桟橋近くにとめてあった手漕ぎ船の一つに飛び乗る。こっそりと船を借りて釣りに行くのは、小さな頃から慣れている。

「船も借りるよ」

 ハンクは素早く船のロープをほどき、穏やかな海へと船を漕ぎだして行った。


 セント・ベリーの港が小さく見える位置までハンクは船を出し、釣り糸を垂らして魚を待つ。だが、いくら待ってもいっこうに魚はかからなかった。

「チェッ、ダメだなぁ。場所が悪いか餌が悪いか……」

 ハンクは小さくため息をつく。空は快晴で海から吹いてくる潮風はすがすがしい。

「もう少し待ってみるか」

 ハンクは釣り糸を垂らしたまま、船の中にゴロンと横たわる。ギイギイと小さな音を立て、ゆらゆらと揺れる船のリズムは眠気を誘う。ハンクは大きく伸びをして目を瞑った。一人で釣りに行き、こうしてのんびりとくつろぐ時間がハンクは大好きだった。

 穏やかで自由なひととき。海鳥の声を遠くで聞きながら、ハンクがウトウトしかけた時、突然、どこからともなく凄まじい悲鳴がハンクの耳に響いてきた。

「ギャー!」

 耳をつんざくような女の悲鳴。ハンクはギョッとして目を覚まし、飛び起きた。それと同時にドシン! という衝撃が船に伝わり小さな船がグラグラと大きく揺れる。

 ハンクの目の前に、突然見知らぬ少女が姿を現した。一体どこから船の中に飛び込んできたというのだろう?

「だ、誰だよ、お前!」

 目を見開いて驚くハンクの足元には、体を震わせ怯えた目をしたジェナがうずくまっている。

「……こ、ここはどこ?」

 長い髪を乱し、顔中涙で濡らしたジェナは、恐る恐る船から辺りの様子を眺め、視線をハンクに移した。  




読んで下さってありがとうございます〜

ようやくストーリーが繋がってきました!

これからみんなはどうなるでしょう?(^^;)自分で書きながらワクワクしてきました。(^^)

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