第二十五話 これからのこと
「ふぁ〜よく眠った!」
丸一日寝て過ごしたハンクは、すがすがしい気分で目を覚まし、大きく伸びをした。隣りで寝ていたチェスは既に起きたらしく、ベッドにはいなかった。窓から差し込む日はもう高い。ハンクはベッドから起きて、部屋にあるドロシーの大きな鏡を覗き込む。
「わ、髪が爆発だ」
長時間寝ていたせいで、肩まで伸びたハンクの茶色い不揃いの髪は、いつも以上にボサボサだった。ハンクは手櫛で適当に髪を整える。
「あれ? ゴムどこだっけ?」
いつも髪を束ねているゴムが見当たらず、ハンクはそのまま部屋を出ていく。
隣りの部屋には、ドロシー、フィル、チェス、ジェフリーが集まっていた。
「あら、やっとお目覚めのようね」
ゆったりとソファに腰を下ろしていたドロシーが、ハンクに目を向ける。
「なんだ、その髪は。男たるもの常に身だしなみには気を配っていないといかん」
昨日と同じ真っ白いスーツを身にまとったフィルは、腕組みしてハンクを見る。彼の真っ黒な髪は、整髪剤でビシッと固められ綺麗にとかし付けられていた。そのカチカチの髪は、強い風が吹いても乱れそうもない。
「髪を短く切れ」
フィルはボサボサしたハンクの髪を見て言う。
「やだよ。チェス、髪のゴム知らないか?」
「僕が持ってる」
チェスはポケットからゴムを取り出すと、ハンクに渡した。
「ハンク、顔は洗った? 起きたらまず顔を洗わなきゃ」
「あぁ、後でな」
ハンクは上の空で答えると、素早く髪を束ねる。
「全く、どっちが年上なんだ? お前はチェスの父親だろ。もっとしっかりしろよ」
その様子を側で見ていたジェフリーが言う。
「は? 父親だって、そうなのか?」
「そうだよ。ハンクは僕のパパだから」
片方の眉を上げ驚いた顔をしているフィルに、チェスは笑って答える。
「フフ、子供が子供を作れる訳ないじゃない。まだ未経験のようだし」
ドロシーは薄く笑いながら、意味ありげな眼差しをハンクにおくる。
「な、何だよ。馬鹿にして……」
「何なら色々手ほどきして、じっくり教えてあげてもいいわよ」
どぎまぎしているハンクを見ながら、ドロシーは面白そうに含み笑いする。
「ドロシー、君には私という恋人がいることを忘れないでくれよ」
男好きで美人の恋人は、常にフィルの気がかりの種だった。
「色んな面で、ここにお前達を置いて出ていくのは不安だな」
ジェフリーはフーと軽く息を吐いて言った。
「え? ジェフリーどこか行っちゃうの?」
チェスは目を丸くして、ジェフリーを見上げる。
「もともと俺は、古い知り合いの家に行こうとしていたんだからな。その途中でお前等に会い、ここでドロシーに捕まっちまった訳だ」
「……そう」
チェスは寂しそうに目を伏せる。
「何、知り合いの家は、ここの隣り町だ……会おうと思えばいつだって会えるさ」
ジェフリーは慌てて付け加える。子供の悲しげな顔には、めっぽう弱いジェフリーだった。
「ちょっと待て。君達、ずっとここに居座るつもりじゃないだろうね?」
ふと、フィルはハンクとチェスに目を向ける。
「私はてっきり、君達はこの男と一緒に出ていくとばかり思ったが」
「それはダメだ。俺が行く所に二人のガキなど連れて行くことは出来ない」
「だが、ここにずっといる訳にもいかないだろう」
「ここであんた達が揉めても仕方ないじゃない」
ドロシーはジェフリーとフィンの話に割って入り、組んでいた足を組み直す。
「で、ハンク、あんたはこれからどうするつもり?」
「え? 俺は……」
ハンクは言葉をつまらせる。成り行きに任せてここまで辿り着いたが、ハンク自身この先のことは何も考えていなかった。
「多分……旅を続けるよ。色んな世界を見て回りたいし。な、チェス?」
助けを求めるように、ハンクはチェスに聞く。チェスはハンクの後を追ってついてきただけだが、今となっては心強い相棒のような存在になっている。
「うん。その前に何か仕事見つけてお金を稼がないとね」
チェスは快く答えると微笑んだ。
「ハハ、そうだな」
ハンクとチェスは顔を見合わせて笑った。
「……不安だ。ガキ二人で旅を続けられるほど、世の中はそんなに甘くないぞ」
ジェフリーは世間知らずの二人を心配し、低く呟く。これまでまっとうな生き方をしていないジェフリーには、世間のことは身に染みてよく分かっていた。
「大丈夫さ。俺達これまで上手くいってきたから、これからだってきっとついてるさ」
「そうだね。僕達運が良いし、僕の十字架が守ってくれるよね」
ジェフリーの心配をよそに、ハンクとチェスは明るく言った。
「やめとけ。お前等は当分、ここに住まわせてもらえばいい」
「いいじゃない、二人で旅に出たいって言うんだから。運が良いって思っていれば、運は転がり込んでくるもんよ」
ジェフリーは渋い顔をするが、ドロシーは続ける。
「ま、もうすぐしたらセント・ベリーの祭があるから、その祭が終わるまではここに置いてやっても良いよ。その間に少しくらいの稼ぎはあげられるだろうしね」
ドロシーはフフッと笑う。
「あたしは、可愛い男の子も好きだから」
「……」
ジェフリーは、くれぐれもドロシーと二人きりになるな、とハンクとチェスに念を押した後、ドロシーのアパートを出て隣り町へと向かった。出て行く時涙ぐむチェスに、セント・ベリーの祭にはもう一度会いに来ると、ジェフリーはチェスと固く約束を交わした。
たまたま出会い一日か二日一緒に過ごしただけだが、ジェフリーにとってもハンクとチェスは、我が子のように思える存在になっていた。
また、ハンクとチェスの元に話しが戻りました。(^^;)
飛ばされたジェナがどうなったか気になると思いますが、次話で分かる予定です。それまで飛ばされ続けます。
アビーは「ジェナどこー!」と叫び続けていると思います。リルはダウンしたままです。(^^)