第二十四話 三つの必要な物
「私、今回初めて『呪いの魔法』というものを使いました。ということは、その魔法を解くという試みも初めて行う訳です。エ」
笑おうとしたリルは、ジェナの視線を感じ辛うじて思いとどまる。
「今まで例のないことでして、それが成功するかどうか私にも全く分かりません。『呪いの魔法』が効いたことさえ、私には驚きでしたから」
「前置きはもういいわ。早く教えなさい」
ジェナはまたリルの腕を掴んだ手に力を入れ、リルはギャッと小さく声を上げる。
「エレック王子様は、日に日にやつれて弱ってらっしゃるのよ。一秒だって時間を無駄には出来ないわ」
「承知致しました……そんなに強く掴まないでください。リルはか弱いエルフなんですから、エヘ……」
「早く!」
ジェナの力は益々強まり、リルは緑色の冷や汗を流しながら、顔をひきつらせる。
「……それでは、申し上げます。『呪いの魔法』を解くために必要な三つの物とは……
黄金の木の実、呪いをかけられた者と血の繋がった兄弟か姉妹の血、呪いをかけられた者を愛する強い心、の三つでございます」
「……黄金の木の実、呪いをかけられた者と血の繋がった兄弟か姉妹の血、呪いをかけられた者を愛する強い心……」
ジェナはリルの言った言葉を繰り返す。繰り返しながら、ジェナの心は次第に沈んでいった。
「……黄金の木の実ってどこにあるの? 王子様にはご兄弟も姉妹もいらっしゃらない……それに、愛する強い心ってどんな心なの?……」
ジェナは潤んだ瞳で、じっとリルを見つめる。
「わ、私も詳しくは存じておりません。黄金の木の実とは、どこか世界の果ての高い高山になっている木の実らしいですよ。世界に一本しかない木になる実だそうで、しかも実がなるのは一年のうち一日だけという、まさに手に入れるのは奇跡に近い物なのだそうです、エヘ」
「そんな! もし、王子様の魔法が解けなかったら、王子様はどうなってしまうの?」
「……さぁ、それは……多分、永遠に目を覚まされないのではないでしょうか?」
「酷い! 許さない!」
ジェナは力を込めてリルを激しく揺さぶり、リルは悲鳴をあげる。
「お、お許しを! い、息が出来ません。百パーセント可能性がないとは言ってませんよ。九十九パーセント可能性がないというだけでして……王子様のご兄弟姉妹なら、今からでも王様とお妃様が頑張れば良いことでして……エヘヘ」
リルは醜い顔中、緑色の汗まみれになって、苦しげに笑う。それは、凄まじい形相だった。側で見ていたアビーは、リルの顔に吐き気をもよおしそうになっていた。普段のジェナなら失神してしまうところだが、今はそれどころではない。
「それに、愛する強い心とは、『呪い魔法』が判断することですから……王子様をお慕いされていれば簡単なことではないでしょうか? まぁ、自分の命と引き換えくらいの強い心は必要でしょうけどね……エヘ……」
ジェナは涙を流しながら、リルの腕を掴んでいた手を首に回し、両手でリルの首を絞めつける。
「笑ってる場合じゃないわ! 何とかしなさい!」
「……う、うぅ、苦しい。私を殺す気ですか」
「あなたが王子様の身代わりになればいいんだわ」
ジェナは尚も力を入れて、リルの首を絞めあげる。
「うぅ、うぅ……」
リルは必死の思いで、身にまとっているマントのポケットから薬の袋を取りだし、震える手で袋ごと口にほうり込んだ。
───わ、私を殺そうとするとは! 私は誇り高きエルフです。この娘、許しませんよ!
青息吐息のリルは、もぐもぐと口を動かし薬を飲み込むと、心の中で魔法と唱え始める。すると、窓を開けてもないのに、どこからともなく部屋の中を強い風が吹き付けてきた。嵐のような強風は、部屋中の物を巻き上げるようにビュービューと吹き荒れる。
「な、なんだこれは!」
アビーはベッドから飛ばされないよう、必死でベッドにしがみつく。
「キャー!」
大きな悲鳴とともに、ジェナは風に飛ばされ空中に舞い上がった。
「ギャー! 助けてー!」
ジェナはグルグルと回転しながら部屋の中を飛ばされた後、突然パッとその姿を消してしまった。ジェナの姿が消えたと同時に、室内は何事もなかったかのように静寂が戻る。
「……ジェナ?」
アビーは、強風で荒らされた部屋をキョロキョロと見回した。
「……うぅ…全く、酷い娘でした。私、本気で殺されるかと思いました」
リルは締め付けられた首をさすりながら、起きあがる。
「ジェナはどこ? ジェナー!」
忽然と姿を消したジェナの姿をアビーは探すが、ジェナの姿はどこにもない。
「あの娘ですか? 私もどこに行ったか分かりません。私も必死でしたから、ただただ遠い所へ飛ばしてくれと願っただけです……」
リルは呑気にそう言うと、大きく欠伸をする。
「……いけません。魔法の反動がきたようです……お休みなさいませ、アビー様……」
リルはその場にコトンと倒れ、気を失った。
「ジェナー!」
ベッドから飛び起き、途方にくれてジェナを探すアビーだが、その呼び声はむなしく部屋に響くばかりだった。
リルのイメージは、なんだか「スターウォーズ」のヨーダが浮かんできます。(^^;)顔はコウモリに近いけど、姿形はヨーダかなぁ? と思ったりしてます。(^^)ヨーダほどの威厳はないと思いますが。