第二十三話 呪いの魔法を解くために
ドンドン! ドンドンッ! アビーの部屋のドアを叩く音が、次第に大きく乱暴になってくる。
「誰だ? 僕は誰も呼んだ覚えはない」
アビーは鬱陶しそうに、激しく叩かれるドアに目を向ける。広いアビーの部屋は、ドアからベッドまでの距離が随分と離れている。
「ですが、アビー様、どなたかがアビー様にご用があるのでは? かなり焦っておられるご様子ですね、エヘッ」
アビーの傍らのリルも扉の方を見るが、のんびりと構えドアを開けに行こうとはしない。そのうち音はどんどん大きくなり、ドアが壊れそうな激しい強打になってくる。
「僕の部屋を壊すつもりか? リル、誰か見て来い」
「かしこまりました、アビー様。それにしても乱暴な方ですね……」
リルはゆっくりとドアの方に近づいて行った。
「使用人ならクビですよ」
近づくにつれ、振動を伴った音が耳に響き、リルはビクッと身を縮める。
「一体どなたですか?……」
何か危険で嫌な予感を感じながら、リルは鍵を開け、恐る恐るドアの取っ手を内側に引く。
「……!」
扉の向こうに現れた人物を見て、リルは思わず悲鳴をあげそうになった。相手もまた、リルの顔を見つめ、悲鳴をあげる寸前のひきつった顔になっていく。相手が怯んだスキを見て、リルはとっさにドアを押し戻そうとしたが、それより強い力で扉はグッと開かれた。
「ヒーッ! お助けを!」
小さなリルは捕まえられそうになり、大急ぎでアビーの元へ逃げ帰る。
「……ジェナ!」
リルの後からジェナが駆け込んで来る。ドアを叩いていたのがジェナだと分かり、アビーはパッと顔を輝かせる。
「待ちなさい! 今度は絶対逃がさないわ!」
ジェナはリルに手を伸ばすが、すばしっこいリルはジェナの手を逃れ、ベッドに身を起こしているアビーの後にサッと身を隠した。
「アビー様、お助け下さい!」
頭巾がめくれ、露わになった毛のない頭を、リルは手で覆ってうずくまる。
「何を怖がっているんだ? 僕のかわいいジェナじゃないか」
アビーは満面に笑みを浮かべ、頬を染めてジェナを見つめた。
「アビー!」
怒りのこもった目で、ジェナはアビーを睨み付ける。
「あなたがこの化け物を使って、エレック王子様に何かしたんでしょ! 王子様はもう三日間も眠ったままお目覚めにならないのよ!」
「僕は何も知らないなぁ……だって、僕も三日間眠ってままだったからね」
ジェナの迫力に押されながらも、アビーは苦笑いしてしらを切る。
「何故三日間も眠ったままだったのよ!」
「え? それは……」
アビーはポリポリと頭をかく。
「呪いの魔法をかけた反動でそうなったんだよ」
「呪いの魔法ですって!」
「あ……うん」
「あなたが王子様に呪いの魔法をかけたの!」
「え?……ううん」
ジェナに鋭く睨まれ、アビーは首を激しく横に振る。
「違う。このエルフのせいなんだ。こいつが僕を威して王子に魔法をかけろと言うから」
アビーは後に隠れていたリルの腕を引っ張り、前に引きずり出す。
「ア、アビー様! 酷いです」
リルは怯えて潤んだ瞳をアビーに向ける。
「リル、本当に泣いちゃいますよ……リルはアビー様の言いつけどおりにしただけです」
「う、嘘を言うな……」
リルの瞳からダラッと黒い涙が流れるのを見て、アビーは思わず目をそむける。
「もう! どっちが魔法をかけたかなんてどうでもいいわ!」
耳をつんざくような大声を上げてジェナは叫んだ。
「今すぐその魔法を解きなさい! 早く!」
「それは出来ません……呪い魔法は簡単には解けません、エヘ」
つい笑ってしまういつもの癖が出てしまったリルは、ジェナの怒りに満ちた顔を見て恐怖を感じる。その目は『あんた今笑ったわね』と訴えているように見える。ジェナはリルの腕をギュッと掴んだ。
「私、語尾に『エヘ』ってつけてしまうのは癖でして、決して悪気はないんですよ、エヘ」
また笑ってしまい、リルは慌てて口を押さえる。ジェナは更に力を入れて、リルの腕を締め付ける。
「魔法を解く方法を言うまで、あなたを絶対離さないから……暗闇に閉じこめて一番酷い拷問を与えて、毎日毎日苦しみぬいて息絶える瞬間まで、あなたを許さない……」
「ヒ、ヒェー……」
リルはガタガタと震え、必死でもがきジェナの手から逃れようとする。
「お、お前は、悪魔です! アビー様、お助け下さい!」
「リル、仕方ない。元はと言えばお前が『薬魔法』など使うのがいけないんだ。僕のために犠牲になってくれ」
助けを求めるリルに、アビーは冷たく言い放つ。
「そ、そんなぁ!」
「怒ったジェナはちょっと恐いけど、怒った顔も綺麗だよ」
アビーはリルには目もくれず、うっとりとジェナを見つめた。
「アビー様! 酷すぎます! リルはまだ死にたくありません」
リルは潤んだ瞳で、怖々ジェナを見上げる。
「……分かりました。呪いの魔法を解く方法を教えて差し上げます」
ジェナはホッとして、リルを掴んでいた手の力を少しだけ緩めた。
「早く教えなさい」
「リル! 教える───」
アビーの言葉は、剣で突き刺すような鋭いジェナの睨みに飲み込まれてしまう。
「でも、呪いの魔法は簡単には解けませんよ。解くのはかなり困難です」
「構わないわ。私が出来ることなら何でもする。早く言いなさい!」
ジェナの願いは、一刻も早くエレック王子を眠りから目覚めさせること。そのためなら何だってする覚悟があった。
「それには、三つのある物が必要なのです……」
───揃えるのは不可能に近いものですからね、エヘ……。
リルはジェナを見つめ、心の中で笑いながら話しを続けた。
唐突に場面が切り替わったかもしれません(^^;)……ジェナ達の話に戻ってきました。話しの流れが前後していますが、そのうち合流する予定です。