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第一話 脱走

「ついてくんな! お前はここに残ってろ!」

 思わず大きな声を出してしまい、ハンクは慌てて自分の口に手をやった。

 今は真夜中。月さえ出てない静かな闇夜。遠くでフクロウの鳴き声がする。ハンクは耳をそばだて、闇に慣れてきた目で辺りをキョロキョロと見渡す。

「お前はまだガキだ。孤児院で待ってろ。……必ず俺が迎えに来てやるからな」

 声を落とし、後からついてきた少年に言う。金髪の巻き毛、緑色の瞳をした少年は、じっとハンクの目を見つめる。

 ──大きくなったなぁ……。

 少年の姿をしげしげと見つめ、ハンクは思う。ハンクが彼を海で拾い上げてから、十年の時が流れた。赤ん坊を孤児院に連れ帰り、院長先生にチェスという名をつけてもらった。

赤ん坊がどこから流れてきて、誰の子供なのか全く分からないままだ。ただ、身につけていた産着と十字架の首飾りは、かなり高価なものらしかった。そのせいか、見窄らしい身なりをし、薄汚い孤児院で生活しても、チェスは他の子供とは違っている。容姿の可愛らしさに加え、にじみ出る品の良さと賢さとを備えていた。

 が、自称父親のハンクにとって、チェスはただの生意気なガキだったが……。

「ウソ、そんな気全然ないくせに。ハンクは鍛冶屋で働きたくないだけだ。だから、孤児院を脱走するんだよね」

 チェスはフフンと鼻で笑う。

「なに!……」

 図星だった。十八になったハンクは、明日から孤児院を出て、住み込みの鍛冶屋として働きに行かなければならなかった。

「な、わけねぇだろ。俺は、お前の兄貴、いや父親代わりなんだぜ……」

 ハンクは、ハハッと苦し紛れに笑う。

「ちゃんとした仕事見つけて来たら、お前を引き取りに帰って来るさ」

 もちろん、そんなことなど全く考えていない。鍛冶屋になるのが嫌で、今夜中に出て行かなくてはならないのだ。

「とにかく、僕もついて行く」

 チェスは衣類等の入った小さな布袋を抱え、キッパリと言う。

「来るなって。だいたい、お前はこの柵を登れないだろ」

 ハンクは目の前に立ちはだかる、孤児院の鉄の門を見上げる。七、八メートルはありそうな高さだ。ハンクは勢いをつけ、自分の荷物を鉄柵の向こうに放り投げる。が、荷物は柵を越えられず、ハンクの足元に落ちてきた。

「チッ……」

 もう一度投げようと、ハンクが荷物を持ち上げた時、チェスがハンクの目の前に鍵を差し出した。

「はぁ?……なんでお前が持ってんだ?」

 ハンクは目を丸くして鍵を見つめる。チェスはフフッと笑う。

「僕が門を閉めときますって監守さんに言ったんだよ。いつも監守さんとは仲良くしなきゃね」

「……」

 ──この、悪ガキめ。良い子ぶりやがって。

 ハンクが心の中で悪態をついている間に、チェスは鉄の門を簡単に開けた。

「ハンク、急ごう。港に行くんだろ?」

「は? あぁ……」

 先に門を出たチェスの後に続いてハンクも門を出る。チェスは鍵を柵の間から投げ入れると、足早に歩き出す。

「ちょっと、待て。何で港に行くって知ってんだ?」

 ハンクはふと足を止める。

「ハンクの考えることは全部お見通しだよ。だって、僕のパパだもんね」

 チェスは笑いながら先を走って行く。その胸元でバラの十字架の首飾りが揺れる。赤ん坊の頃から、チェスは肌身離さず首飾りをつけていた。ハンクは軽くため息をつくと、チェスの後を追って走る。チェスはまだ子供で自分より八歳も年下だが、時々自分より年上に思えてくる。

 一人旅に出る、というハンクの野望は失われたが、一人より二人の方が心強い。チェスには絶対悟られたくないが、時としてチェスはとても頼りがいのある弟分なのだった。



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