第十四話 呪いの魔法
「かまわない。さっそく魔法をかけてやる」
アビーはテーブルの上の呼び鈴に手を伸ばそうとする。使用人を呼ぶ時に使っているベルだ。
「旦那様、先ほども言いましたように、呪いの魔法は強力でございます」
リルはアビーの伸ばした手を両手で押さえる。
「呪いをかけたいご本人が薬魔法を唱えなければなりません」
「……そうなのか?」
この前のように半日も意識が戻らないかと思うと、アビーは躊躇する。呪いの魔法となるとあの時以上にダメージをこうむるかもしれない。
「はい」
リルはアビーの手を掴んだまま、ニッコリと微笑む。
「手を放せ! 僕に触れるなと言ったはずだ!」
アビーはリルの手を乱暴に振り払い、リルはしりもちをつく。
「キャッ、旦那様、乱暴はおやめ下さい」
「頭巾も目深に被っておけ!」
「それでは私のお顔が隠れてしまいます」
「誰がお前の醜い顔を見たいと思うか。お前の顔を見たら皆化け物だと思って逃げていく」
「旦那様! 酷いお言葉。リルは泣いてしまいます……」
リルは瞳をうるうるさせて指を組み、アビーの顔を見上げる。さながら、幼気な少女のような仕草だった。
「殴るぞ!……」
アビーはリルの頭巾をグイッと引っ張りリルの顔を覆って隠す。そして、スッとソファから立ち上がった。
「アビー様、どうされますか?」
窓の方へ歩いて行くアビーの後に、リルはササッとついていく。
「……薬魔法を唱えた本人が、死ぬということはないだろうな?」
アビーは窓の外に目を向けながら聞く。
「はぁ、私が知る限り、まだ命を落とした者のことは聞いておりませんが」
「それなら大丈夫だろう。王子に呪いをかけるぞ」
「あ、でも旦那様 ───」
「ま、命を奪ってしまうというのはやりすぎだな」
何か言いたげなリルを無視し、アビーは腕組みして考える。
「そうだな……王子を眠りから覚めないように呪ってやろう。エレック王子は一生ベッドの中で過ごすといい。ただの国の象徴なら構わないだろう」
アビーは声を立てて笑う。
「リル、さっそく薬を用意しろ」
「あぁ、はい。旦那様」
───命を落とした者がないというのは、普通の魔法の場合なんですけどね。何しろ呪いの魔法なんて、恐ろしくてリルは今まで使ったことはございません。
リルは薬の入った布袋をごそごそと探りながら、アビーを見上げる。
───でも、旦那様のご命令には従わねば。旦那様も喜んでおられるようですし、アビー様は悪運強そうですから、大丈夫でしょう……
リルはアビーを見つめながら「エヘッ」と笑う。
「ヘラヘラ笑わず早くしろ」
アビーがリルを睨んで拳を握りしめるのを見て、リルは慌てて薬を探す。
「アビー様、ございました!」
布袋の一番奥から、リルは金色の小さな紙包みを取り出す。
「お待ち下さい、アビー様」
すぐに薬を奪い取ろうとするアビーをリルは制する。
「強力な魔法は、魔法をかけるご本人の近くに行かなければなりません」
「……エレック王子の近くに行けというのか?」
「はい。どうやらエレック王子様は、よくお城の薔薇園に行かれるご様子。薔薇園に行く時を狙えば宜しいかと思います」
「ふ〜ん、なるほど」
「アビー様もすぐに気を失ってしまうと思いますので、お付きの者もご用意した方が良いかと」
「分かった。お前は顔に似合わずなかなか頭が良いな」
「キャッ、お褒めの言葉ありがとうございます!」
苦笑するアビーをリルは見上げる。
───どうか、旦那様は気を失っても目を覚ましてくださいな。旦那様まで眠りから覚めなければ話しになりませんからね。
「エヘッ」
アビーと顔を見合わせてリルは微笑む。