第九話 縄抜け名人
手足を縄で縛られ監禁室に入れられたハンクとチェスの元にも、新しい朝が訪れた。
「イテテテッ……」
目覚めたハンクは、顔をしかめながら身を起こす。寝返りをうつこともままならず、変な格好で寝たため全身が痛んだ。大きく伸びをしたいところだが、両手を縛られていては手を上げることも出来なかった。
「部屋に閉じこめているんだから、縛りつけることないだろ」
ハンクの横にはチェスが横たわっている。彼はまだスヤスヤと安らかな寝息を立てている。
「こんな場所でしかも縄に縛られてよく眠れるよなぁ……」
自分もグッスリと眠っていたことは忘れ、ハンクは呟く。
と、ハンクの背後から、グググーという大きな鼾の音が聞こえてきた。
「はぁ?……」
この監禁室には、二人以外には誰もいないはず。ハンクは驚いて後を振り向いた。
「あっ、こいつ」
二人から少し離れた場所に、食料貯蔵庫で出会った男が寝ころんでいた。ハンク達のように両手足を縄で縛られている。ハンクはピョンピョンと跳ねながら、男が寝ている場所まで近づいた。
「オイ、起きろよ! オイ!」
ハンクは身をかがめ、高いびきをかきながら眠っている男の耳元に顔を近づけて叫ぶ。だが、熟睡している男は気付かない。
「オイ! オヤジ!」
ハンクは肩を使って男の体を押す。
「グググッ……ん?」
鼾が途中で止まり、男はようやく目を覚ました。男は眠そうな目でハンクを見つめる。昨夜よりもっと無精ひげがのびていた。
「おぉ、やっぱり昨日のガキどもだったか……」
男は大きく口を開けて欠伸をする。
「俺はガキじゃねぇや。もう十八なんだからな」
「十八? そんなに細っこくてガキ面でか?」
男はクククッとくぐもった声で笑う。
「悪かったな。孤児院じゃろくな物食べさせてくれねぇんだよ」
ハンクはムッとした表情で男を睨む。華奢で童顔なところは、ハンクも気にしていた。
「ま、どっちにしてもガキだな。で、お前等なんでこんな所にいるんだ? 縄で縛られて」
「同じ質問をあんたにも返したいよ。俺達は無実の罪でここに監禁されたんだ」
「フフ、お前等もか」
男は口の端を上げてニヤリと笑う。
「あんたは密航者だろ」
「密航者? 人聞きの悪いこと言っちゃ困るな。俺は泣く子も黙るジェフリー・バインド様だ」
男は自慢げにそう言う。ハンクはフフンと鼻で笑った。
「泣く子も笑う、だろ。あ、船酔いは治ったのか?」
「あぁ、あの坊主のくれた種のお陰ですっかり治ったぜ」
ジェフリーは眠っているチェスの方にチラリと目を向ける。
「あ、そう」
ハンクは笑いを堪える。この男暗示にかかりやすいタイプなのか、と思う。
「また酔いそうになったら種をもらってやるよ」
「あぁ、頼む。可愛い坊主だな。お前の弟か? 顔はあまり似てないようだが」
ジェフリーはハンクとチェスの顔を交互に眺める。
「ま、そうさ。いや、俺の息子だ」
「は? いくつの時の」
「八つ。俺が海で拾った赤ん坊なんだぜ」
「ほう」
目を細めて、ジェフリーは笑った。
「俺は泣く子も黙るジェフリー様だが、女と子供にはめっぽう弱い。しかし、あんな小さな子供まで縛り上げるとは許せんな」
「だろ? 縄をほどけってんだ。今度船員が来たら言ってやる」
「それより、ここを出る方法を考えた方が良い。もうすぐ港に着くはずだ。船員が入って来たら隙を見て脱出するぞ」
「でも、俺達縛られてるんだぜ。どうやって逃げるんだ?」
「任せとけ。元ど─いや元縄抜け名人のジェフリー様だ。こんな縄一秒で解いてみせる」
「縄抜け名人?」
ハンクがきょとんとした顔でジェフリーを見ている間に、ジェフリーは体をモゾモゾとくねらせアッという間に両手の縄を外した。
「すげー! 早く俺のも外してくれよ」
感嘆の声を上げ、ハンクはジェフリーを見つめる。その間に、彼はもう足の縄もほどいていた。ただの間抜けなオヤジに見えたジェフリーが、ヒーローのように格好良く見えてくる。
「慌てるな。船員が中に入るまでは縛られたフリをしとけよ」
ジェフリーはいとも簡単に、ハンクの両手足の縄をほどいた。
藤田文人さん提供キャラ、ジェフリー・バインドを登場させました! が、罠解除が得意だったはずが、私の勘違いで縄解除が得意になってしまいました…(^^;)すみません。
「ワナ」と「ナワ」似たようなもんですよね〜心の広い藤田さんは許してくれましたし。^^;