006話 「血の雨」
「今後の方針を決めようと思う」
昼食を食べ終わった後、俺はそう口にした。
因みにぐっすり眠っていたフェーリちゃんは昼頃目を覚まし昼食は一緒に食べれた。
ショックを受けていたクラウスさんも昼食前には心の傷を癒したらしく何食わぬ顔で昼食を楽しんでいたように見えたのでよしとする。
……余談ではあるが、フェーリちゃんは十六歳で俺のひとつ下らしい。
年下で良かったぁ……此れがもし年増だったら俺は間違いなくトラウマになっただろう。
さて、少し話が逸れてしまったから話を戻す。
何故、今後の方針を、なんて言葉を言ったのかと言うと俺達は後数時間ほどで此処を旅立つ事になっているからだ。
本当なら既に出発していなければいけないのだが、……パーティーの半分が酔い潰れてしまっていた――半分と言っても二人だけだが――為、出発を遅らせる事になった。
晩餐やって早朝に、という形のほうがカッコ良かったのに、なんて思わなくも無いが過ぎた事を気にしても仕方ないだろう。
そして旅立つにしても俺には此の世界の知識という物が全く無いので此の世界の人に意見を聞く事にしたのだ。
まあ、ぶっちゃけ昨日の飲みの場で聞こうとしていたのだけど聞く前に潰れてしまったのでこんな直前になってしまったんだけど……。
「ふむ、今後の方針、ですか」
うーん、と腕を組みながら視線をテーブルの上へ向け思慮するような表情で俯くクラウスさん。
今俺達は丸いテーブルを中心に四人が向かい合った形で座っている。
テーブルの上には昼食を片付けた後、此の大陸の地図を広げた。
地図が無ければ地形が判らない俺じゃあ話に参加する事も出来ないだろうと思って態々用意してもらった。
「とりあえず、旅をしながら魔界に行く為の道具を集めなければならないんですよね?」
地図を見詰めながら確認するような口調でフェーリちゃんが尋ねてくる。
「そうだな。とりあえず魔王を倒す前にやらなきゃ……というか、魔王を倒す為に必要なのはそれだな」
地図上を軽くなぞりながらレイはそう話す。
「だが、それも何処にあるかは誰も知らん。探すにしても宛てが無いのでは、な」
「確かになー。そもそもノーヒックにある訳じゃないんだろう? そのアイテムは」
「ああ。私も又聞きになるのだが以前の勇者様は東西南北、四つの大陸からひとつずつ見付けられたと聞く」
「とゆー事は、だ。ひとつの大陸にひとつは確実にある、って考えても良い訳だな」
「確証は無いが、そう考えるのが妥当かもしれん」
「……えーと。此の世界って大陸は四つしかないの?」
ここで俺の知識じゃまだ知らない部分まで話が進んだので俺は解説を頼む事にした。
少し空気を読めない発言であっただろうが聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥とも言うし俺は気になり聞く事を選んだ。
「そうですね、私も四つの大陸全てに足を運んだ訳じゃないのですが大まかに此の世界は四つの大陸で出来ています。北の大陸、今私達がいる此の大陸ですけどノーヒック王国が全て統べています。――レイさん。別に今ダジャレを言ったつもりじゃないので……その顔、恥ずかしいので辞めてください……」
すべてすべています、とフェーリちゃんが説明するとにやりとレイが口元を吊り上げて笑った。
そのつもりは全く無かったらしくフェーリちゃんは耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに俯いてしまった。その顔も実に可愛らし……こほん。
「じゃあ、他の大陸は?」
とりあえず、微妙な空気になってしまったので空気を戻す意も含めて俺は質問する。
「あ、はい。えと、東の大陸は連合国家という形で沢山の国々が協力し合って東の大陸を統べている形です。北の大陸もノーヒック以外にも国は存在するのですが此方は縦社会で国によって権力に差があります。が、東の国は大小の差はあれど権力の差はありません。十の国々によって平等に大陸を統べています」
「ふむふむ。聞いた感じでは平和な大陸みたいだね?」
「ええ。私も一度騎士団の仕事で足を運んだ事があるのですが、あそこは平和で素晴らしい所でした」
「へえ、それは楽しみ」
笑顔で言うクラウスさんの言葉に俺は心底楽しみだと思い頬を緩ませそんな言葉が自然と口から零れた。
そのうち行く事になるだろうまだ見ぬ大陸に思いが馳せて行く。
だが、そんな気持ちも次に聞くフェーリちゃんの話で消え去ってしまう事になる。
「次に西の大陸です。此方は東の大陸とは逆で国々が争っている戦乱の大陸です。西の大陸の頂点になろうと様々な国が戦い合っていると聞きます」
そう、顔を顰めながらフェーリちゃんは言う。
俺も話を聞いただけで思わず顔を顰めてしまった。
視線を他の二人に移せば他の二人も似たように顔を顰めたまま俯いている。
「魔族と戦っているというのに何をしてんだか、あそこは」
ポツリ、そう呟くレイの言葉に誰も言葉を返さなかった。
「……最後に南の大陸です。此方は魔族の被害が他の大陸よりも少なく安全地の為一番人口が多く栄えている大陸です。そして安全地の為、此の世界で重要な施設がいくつか存在しますね」
空気を変える為に、フェーリちゃんは話を進める事にしたようで少し間を置いて口を開いた。
フェーリちゃんの話を聞く限り南の大陸は此の世界で一番重要な大陸らしい。
「俺等の世界は光神レヴァーチェル様を崇めている。んで、それを奉っているレヴァーチェル教会も南にあるし、一流の武器職人や防具職人達も南に集まる傾向があるな」
やや説明するにはフェーリちゃんの言葉では説明不足だと受け取ったのか、北の大陸が世界を守る盾だとしたら南の大陸は矛のようなもんだ、とレイは補足する。
教会は人々に生きる希望を与え、職人達は魔族に対抗しうる力を作り出す。
そう考えれば確かに矛かもな、と俺は納得した。
「なるほどね。此の世界については大体理解出来たよ」
「お役に立てて良かったです。……ついでに余談ですが四大陸以外にも小規模な島なども存在しているので大陸以外にも一応文化は存在してるんですよ」
その島特有の文化とかもありますし、とフェーリちゃん。
なんとなくだが日本の様なものなのかもしれないなあ、と俺は思った。
これで一通り此の世界の有様についての解説は終わったようでフェーリちゃんは話し終わったような表情で俺を見ている。
その視線を受け教えてくれてありがとう、とフェーリちゃんに感謝の言葉を述べれば俺は地図へと視線を向ける。
さて、此の世界の構造も大体理解出来たところで今後の方針を決めなければ。
さっきクラウスさんとレイが話していた感じだとどうやら四大陸にそれぞれひとつずつアイテムがあると考えたほうが良いみたいだ。
情報源は先代の勇者のみだけどここまでゲームみたいな世界なんだ、そっちのほうがゲームっぽいしと俺はその説をとりあえず信用してみる事にする。
「とりあえず、まずは此の大陸に存在するアイテム探しをしようと思う」
「まあ、それが無難だろうな」
俺の言葉にレイが賛成の言葉を示す。
「問題はまず何処を目指すか、だけどな」
そう言ってレイは地図上の一点を指差した。
そこは北の大陸の中央に位置するノーヒック王国、その場所だ。
「俺達はちょうど大陸の中央に居る。という事は選べる場所は自然と多岐に亘るわけだ」
「北は辞めた方が良いと思います」
レイの言葉にクラウスさんがそんな言葉を発した。
「確かに中央に居るという意味では選択肢は沢山あるのですが、北は此の中では一番危険です」
「と言うと?」
「此処に森が御座います。大きさ自体は大した事無いのですが此処は少々厄介な事に魔物の巣窟になっているのです」
そう言って地図に指を置くクラウスさん。
確かにそこには大して大きくない森の図が描かれている。
「森の外に魔物が出て来る事はあまりないのですが些か凶暴な魔物達が多く住み着いていますので安易に近寄れる所では御座いません。それに、此の森を挟むかのように断崖が存在しているので北へ向かおうとすれば森を避けたとしても森に近付く羽目になる、という事です」
うーん、それは確かに厄介だなあ。
だけど、逆にゲーム的な感じだとそこにアイテムが眠っていそうな気もする。
一番危険な場所にってのは良くある話だ。
……としたら、灯台下暗し、意外と近場だけどいきなり此処を目指すのも有りなのかもしれない。
そんな事を考えているとフェーリちゃんがおずおずといった感じで違う場所を指差しながら発言した。
「私は北もそうですけど……西は極力行きたくないです」
「ん? なんで?」
「……此処に昔は小規模な国が合ったんですけど昔に魔物に滅ぼされてしまって……それで、廃れたお城が存在するらしいのですが……」
そこまで言ってうぅ、と呻き声と共にフェーリちゃんは黙り込んでしまった。
まあ、話の流れからして多分出るんだろうなあ……。
そうゆう話は俺も得意じゃないからフェーリちゃんの意見には同感。近付きたくない。
だけど、そうゆう怪しい場所にあるって話も聞かない訳じゃない。
うーん、そうゆう話は苦手だけど多分何かしらの形で行く事になりそうだ。
「みんなアレだな行きたくない場所ばかりだな。……まあ、後は消去法で東か南なんだろうが俺はそれなら南を勧めるとしよう」
ポン、とレイは南のとある場所に指を置いた。
「此処はネールっていう小国なんだが、ネールの首都が商業都市と呼ばれてて色んな大陸の商人が集まっている場所だ。まあ、色んな大陸の商人が集まっている訳だから自然と色んな情報も集まってきているし、此処は世界の盾だ。そんな場所だから良質の武具も沢山揃えられている。行くなら早めに行ってみるのも良いと思うんだが」
レイの発言にみんな感心した表情を浮かべる。
フェーリちゃんもクラウスさんもその場所は知らなかった訳ではないようだがそうゆう発想は無かったようで豪く感心している。
商業都市と言われている為だろう、買い物以外の発想はあまり無かったようだ。
とりあえず、そんな訳で確かに行ってみて損する事はなさそうだ。
「それじゃあ、レイの勧める南のネールに行ってみるとするか」
俺の発言に異を唱える者は誰も居なかった。
*****
此処からネールまでは馬車で五日ほど掛かるそうだ。
途中、洞窟を抜けたり森を抜けたりと冒険らしい事をするみたいだが基本的に危険は少ない初心者向けのルートになっているらしい。
ゲームに例えると初めのミッションはネールへ向かえという形になるのではないだろうか。
俺達は話し合いが終わった後、謁見の間へ向かい王様に出発の挨拶をした。
その時王様から軍資金として金貨五枚と上等な装備品を一式、俺専用で渡してくれた。
他の面々は既に自分の愛用品が存在する為、特に用意されていなかったようだが別に不満は無いらしく俺の装備品を微笑ましい表情で眺めていた。
因みに金貨五枚がどれくらいの価値があるのか判らなかった為聞いてみると、
「まあ、働かなくても生活に困らない額だな」
とレイが教えてくれた。
ゲームとは違いこっちの王様は太っ腹みたいだ。
装備品は白をメインにした神々しい鎧と盾、そして綺麗な装飾を施されており一見西洋刀と見間違えそうになるデザインの日本刀だった。
何故日本刀を? と王様に問い掛けてみれば模擬戦の時に使用していた事を思い出し過去の勇者が使っていた勇者専用の日本刀を用意したのだと言う。
勇者専用の日本刀、と言うだけの事あって立派な物なのだろう重さはあまり感じない上に握った時、不思議なほど良く手に馴染む。
軽く振ってみれば抵抗などもあまり感じないので向こうの世界でいう業物みたいなものなんだろう。
態々勇者用にこっちの世界の職人が作ったのだから下手な物は作っていないだろうし、大切に使わせてもらおう。
そして、王様への挨拶も終わり俺はすぐさま貰った装備品を身に纏い既に城の外へ用意されていた馬車に乗り込む事になった。
御者は用意されておらずレイとクラウスさんが交互に請け負ってくれるそうだ。
本当なら馬車ではなく歩いて行きたい気持ちもあったが旅の目的を考えるとそうゆっくりして良いものじゃないと思いその気持ちを口に出す事はしなかった。
馬車に乗り込む途中、兵士の方や町の住民達が俺達に声援を送って見送ってくれたのはじんわりと涙が零れそうになる体験だった。
住民達はひとりひとりが思い思いの言葉を投げ掛け、
兵士達は無言で胸に手を当て一列に並びこちらを熱い眼差しで見詰めてくる。
そんな光景を目にして胸が熱くなるのを感じ、俺は全力で拳を天に向けて振りかざし馬車へと乗り込んだ。
冷静になれば恥ずかしい事をしたが後悔なんてしない。
俺はあの人達の期待に必ず応えよう。
そう心の中で誓った。
*****
馬車の中は思っていた以上に縦にも横にも広くて窮屈さは感じられなかった。さすが馬二匹を使ってるだけの事はある。
二人掛けの椅子が前後に向かい合う形で並んであり、真ん中に邪魔にならない様、あると便利な小さな机が備えられている。
前の椅子の後ろには小さな扉みたいなものがあり、御者席とそこは繋がっている。因みに扉は押すタイプでも引くタイプでもなく横に動かすタイプだ。
後ろの席の後ろは荷台らしく、荷物が置けるだけのスペースが存在してる。
今の俺達の荷物では結構な余裕があるらしく、仮眠がてらクラウスさんが横になれるほどだ。
何故クラウスさんが仮眠を取っているのかというと今レイが馬を操っており、レイの次は自分だからという理由だ。
さて、そんな感じで広さとしては申し分なく快適な環境の筈なのだが。
最近の近代日本の男子高校生である俺は基本的に親が運転してくれる車が主な移動手段であり、後はたまーに自分が自転車を運転するくらいだ。
そんな訳で馬車に乗る機会なんて全くない。
だから仕方がないんだ。
何が、って?
そりゃーね。
尻がさっきからガンガン跳ねて痛いんだよぉぉぉぉおおおおお!!!!
いや、マジ馬車ってかあれだよな、道の所為だよな。
ガンガン跳ねたりするもんだからマジ痛い。
椅子もそれなりに硬いから結構シャレにならない、尻が四つに割れそう。
って、俺がこんな状態なら――
そう気付いて俺はバッ! とフェーリちゃんへ視線を向ける。
きっと俺と同じく此の馬車の所為で涙目になりながらお尻を擦ってるに違いない。
その光景を見るべ……二人でどうにか対策案を考えようと思い向いたのだが。
「……えー」
そこには何食わぬ顔をして涼し気な表情で外の景色を眺めているフェーリちゃんの姿があった。
どうやら痛いのは俺だけのようです。
「……どうかしました?」
そんな俺の視線に気付いたのだろう、不思議そうにこっちを見てきた。
「ん? いやー、なんでもな……」
――ガコン。
大きく馬車が跳ねた。
お陰様で身体が僅かに浮かび勢い良くお尻を椅子に打ち付ける事になりましたとさ。
「~~~~ッッ!!」
痛さで顔が歪む。
ヤバイ。表情を変える余裕がない、俺カッコ悪い。
そんな事を考えながらふと視線を感じた俺は顔を上げる。
するとそこには驚いた表情でフェーリちゃんが見詰めていた。
「もしかして、魔術、使ってないんですか?」
「まじゅ、つ?」
フェーリちゃんの言葉を鸚鵡返しのように繰り返す。
「そうです、まじゅ……ッッ! そ、そうですよね! 夏樹さんはこっちに来てまだ一日しか……すみません! いますぐ……えいッッ!!」
そんな可愛らしい掛け声と共に軽く手のひらをこっちに向けてきた。
すると、俺の身体が光に包まれていく。
不思議な現象に俺は言葉を失いただ黙ってそれを見詰める。
魔術、か。
そんな事を俺は思った。
暫くすると光は徐々に小さくなっていき綺麗に消え去った。
「フェーリちゃん、今何したの?」
信用してない訳じゃないが、なんとなく怖いので今の現象について質問してみる。
「低級魔術、日常系、固定の魔術を使わせていただきました」
うーん。
なんだって?
予想外な事に横文字ではなく縦文字メインで説明してくださった。
しかも、説明不足である。
「固定の魔術って?」
とりあえず、ひとつひとつ質問していく事にした。
「固定の魔術というのは対象と対象を離れないよう固定する魔術の事です。今回の場合は夏樹さんと馬車を固定させてます。つまり固定されているので跳ねたりする事はないんですよ」
「おお、言われてみれば全然跳ねない」
そういえば、と言われてから気付き椅子の上で色々動き回る――が、特に固定されている気はしない。
「身体の一部分さえ触れていれば問題ないので普通に座ってる分には何の影響も有りませんよ。ジャンプしたりしてみると多分効果が判り易く感じるんじゃないでしょうか」
言われて試す。
するとフェーリちゃんの言ったとおり足が馬車から離れず飛ぶ事が出来ない。
おお、とその効力に俺は驚きの声を上げ始めての魔術の経験に微妙にテンションを上げる。
「んじゃ、次の質問。低級魔術、日常系、ってのは?」
「低級魔術とは魔術のランクですね、一番上が最上級になってまして上級、中級、下級、低級、と存在します。日常系というのは魔術の系統で日常系、補助系、治療系、攻撃系と存在します。また、禁術と呼ばれる系統外魔術や固有魔術といった特殊な魔術も存在します」
うわー、と俺はフェーリちゃんの説明を聞いて思った。
めちゃくちゃ数が多そうだ。
そしてなんか複雑そうだ。
こんなの多分全部覚えたりすんのは無理なんだろうなー、てか俺には無理だなー。
なんて考えていたら少し気になる事が湧き上がってくる。
「フェーリちゃんって、どれくらい魔術ってのを習得してるの?」
ただ単に好奇心オンリーで聞いてみたくなったから聞いてみた。
別に彼女の実力を疑ってる訳じゃない。
ただ、王様が此の国で五指の腕に入る、と言っていたのを思い出し気になったのだ。
「そうですね、恥ずかしながらそこまで多くはないのです。補助系治療系がそれぞれ七割ほどで、攻撃系が四割ほどですかね……しかも攻撃系は風属性と相性がいい所為で風属性の魔術が圧倒的に多いです」
日常系はほぼ全部マスターしてるんですけどね、なんて恥ずかしそうに笑う。
……ふむ、どうやらそれなりに優秀ではあるようだ。
五指の評判はきっと嘘じゃないんだろうな、と俺は思う。
しかも、話を聞くとサポート系の後衛タイプじゃないか、パーティーにひとりは必要だよなー。
そんな事を考えていたのだが、そういや風属性って事は他に何属性があるんだろう、と新たな疑問が浮かんだのでフェーリちゃんに尋ね――ようとしたら事件が起こった。
「ナツ! フェーリちゃん!!」
ガッ! と扉が開いて俺とフェーリちゃんを叫んで呼ぶ。
因みに俺がレイの側の席座っていてフェーリちゃんが俺の斜め前に座っている状況だ。
「な、なんだよ! びっくりしたあ……」
俺がレイを咎める様に声を張り上げ、フェーリちゃんは小さな声で悲鳴を上げ驚いた。
だが、そんな俺達の反応を気にもせずレイは言葉を続ける。
「魔物が現れやがった! 大した連中じゃないんだが数が多い! 一旦馬車止めるぞ!!」
魔物だって!? と声を上げる俺を無視し馬車は急停車した。
固定の魔術のお陰で特に大事にはならなかったが、Gを強く感じる。
車が急停車したような感覚に身を襲われながら俺は現在地が気になり横目で外の景色を見る事にした。
どうやら左右を森で囲まれているが移動のような場所らしく、きっと森から魔物が出てきたんだろうと予測する。
と、そこでそういえば、と慌てて思い出しクラウスさんへ視線を向ける。
俺の記憶が正しければクラウスさんは横になっていた筈、相当悲惨な事になってるのでは――と思ったのだが俺の心配は無駄に終わる。
「む? 夏樹様。どうかしましたか?」
そこには本当に何食わぬ顔で自分の装備品やらをチェックしているクラウスさんの姿があった。
そんなクラウスさんの姿に安堵の息を漏らすと自分の身体が淡い光に包まれる。
何事かと周りを見るとフェーリちゃんも同じように光に包まれていた。
「固定の魔術を解いてるんです」
俺の視線に気付き、軽く説明する。
そう聞いた俺は自分に害がないと知りクラウスさんに習い自分の装備品をチェックする事にした。
――異常はないみたいだ。
「旦那、起きてるか?」
ガチャ、と今度は横に備え付けられている出入り用の扉を開けてレイが聞いてくる。
レイの問いに勿論、と答えクラウスさんは身を乗り出す。
「何が出たんだ?」
「――が十数匹。――が三匹だった」
「ん?」
今何て言ったんだ? 全然聞き取れなかった。
レイの言葉に首を傾げ言葉を漏らすと、
「ああ。こっちの魔物の名前だ。多分そっちの世界にゃ存在しないもんだから翻訳されないんだろ」
とレイがそう説明してくる。
俺もそうなんだろう、と納得し一回軽く頷く。
「で、どーすんだ?」
クラウスさんにそう相談しながら何故か俺のほうを横目でチラッとレイが見てくる。
その視線に気付きクラウスさんも俺のほうを向き顎に手を当て考える仕草を見せた。
なんだろう。
「私も一緒に行こう。――夏樹様、練習がてらに魔物討伐をお願いしたいのですが、どうでしょう?」
レイに一言、言葉を残し俺にそう言ってきた。
練習ってのは文字通り練習なんだろう。
何せ刀を用いての戦闘も初だし、自身の補正され強化された身体能力等を把握するというのも含まれてるのだろう。
しかし、練習と言ってもなあ……。
「幸い魔物の強さも大した事もありませんし」
「……なあ」
「――なんでしょう」
「――……練習って言っても、殺す、んだよな」
苦々しそうにそう言った俺の言葉に二人は黙って頷くだけだった。
*****
殺しも練習のうち。
なんて割り切れる訳もなく手足が震えた状態で俺は魔物達を迎え撃つ為に立っている。
場所としては馬車を止めた場所から少し離れた場所である。
俺の後ろにクラウスさんが控えておりもしもの時は手を貸してくれる事になっている。
レイは馬車を守る為に馬車に背を預け腕を組みながら――でも隙のない状態でこっちを観ている。
フェーリちゃんは馬車内で心配そうにこっちを見ていた。
すー、はー。
緊張を解くために深呼吸を、ひとつ。
だけど全然緊張が取れない。
――魔王だったら緊張しないんだろうな。
……いやいや、それはそれで人として羨ましがったら駄目だろ。
フッ、とそんな事を考えた所為か苦笑が漏れた。
少しは緊張が解けたらしい。
ふう、と軽く息を吐き自身の強化された視力を以って遠くから迫ってきている魔物達を見据える。
銀色の毛で身を包んでいる、欲望の染まった赤い眼をしている狼――数は十二匹。
深い緑の体毛で金色の濁った眼をしている熊、こいつは三匹。
だが、俺の知っている熊よりも一回り以上大きくまだ十分に距離はあるとは言え威圧感を感じる。
しかし、レイは相当眼が良いのか? まだ魔物達三十メートルくらい距離あるぞ。
レイの視力の良さに驚きながら腰に下げている刀を左手で押さえる。
右手は柄を握り、いつでも抜刀出来るよう構える。
ピリ、とした空気を直に感じる――距離、十メートル。
俺はそれを最後に眼を閉じる。
俺は心眼というものを習得している訳ではないが魔物達の気配を的確に読み取り眼で見るよりも明確に位置を把握する事ができた。
僅かに感じる恐怖を無理矢理抑え付ける――そんな芸当普通は出来ないため、精神面でも補正を受けているのだと悟る。
が、そんな事を長々考えている訳にもいかない訳で、すぐさま気持ちを切り替える。
約四メートル。
もうすぐで互いの間合いに入る。
刀を握る手に力が入る。
真っ暗に見える自身の視界、唯の暗闇の世界。
だけど、そこに見える魂という名の青い――炎。
俺はその青い炎がもうすぐで間合いに入ってくるという事をしっかりと認識していた、確認もせずに。
そして、
――ヒュン
……チン。
鞘走りする時の独特の金属音、刀身が風を切る音、右足が地面をしっかりと踏む音が同時に響き、そして少し遅れて刀を鞘に仕舞う音が聞こえた。
眼は閉じたまま、しかし敵を倒したというのは確認しなくても判る。
さっき見えた青い炎。
それがひとつも残らず消え去ったからだ。
それに、――敵を斬った感触がリアルに手に残ってる。
……ブシャァァァアアアアアアア
十五匹の魔物達が横薙ぎの一閃によって吹き飛ばされた箇所から血が噴出す。
まさに血の雨を降らした。
そんな中俺は血の雨の中、呆然とその光景を眼にしていた。
今まで生物の命を奪った事がないと言えば嘘になる。
虫だって生物だ、なら誰でも殺した事はある筈だ。
――だが、そうやって割り切れるほど今目の前にある現実ってのは甘くない。
「――夏樹様」
気遣うように背後から掛けられる声。
俺は頬を伝うぬるっとした感触、鼻に付く鉄の臭い、それらに顔を顰めながらも後ろを向いて――笑って見せた。
「一撃、だったな」
「一撃、でしたね」
「……一瞬、だったな」
「そう、ですね」
鉄の臭い、肉を切った感触、血が頬を伝う感触――
暫く夢に出そうだ。
「此れも慣れなきゃなんないんですよね」
俺は空を見上げてそう呟いた。
もう血の雨は止んでいて空を見上げれば綺麗な青空が広がっている。
俺はこの日、初めて生きていた生物を殺したんだ。