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勇者と呼ばれたあいつと魔王と呼ばれた俺様。  作者: 柳乃 晟
「勇者と呼ばれたあいつと魔王と呼ばれた俺様。」
6/8

005話 「酒と女と兵士達」

 目を開けば見慣れない真っ白い天井が視界に広がった。

 あれ、此処何処だっけ? と疑問に思い思考を巡らそうとするとそれを邪魔するかのように鈍い痛みが頭に走る。

 いたたたたた、なんて情けない声を出しながらも何とか体を起こせばいつもの様に学校へ行く準備を始めようとする俺。

 しかし、それは天井に次に広がって見えた景色によって停止する事になる。

 その景色とは床で雑魚寝しているクラウスさんとフェーリちゃんと、いつの間にか沢山いる一般兵の皆様方の死屍累々(ししるいるい)とした地獄絵図だ。

 まあ、実際は誰一人死んではないのだが床一面に倒れている人間の山を見ればそんな表現にもしたくなる。

 しかし、一度寝てしまうと此処が異世界だって事をすっかり忘れてしまうみたいだ。

 なんてったって起きた瞬間に学校へ行こうとしてしまうくらいだからね。

 ……無遅刻欠席だったんだけどなあ。

 はあ、と今更悔やんでもしょうがない事を今更ながらに思い出す。

 まあ、過ぎた事は仕方ないし、考えるのは辞めよう。

 ん! と自分に気合を入れ直し起き上がるために俺はベッドから出た。


「……え、なんで俺だけベッド?」


 起き上がると同時に自分が寝ていた場所がベッドだった事に気付き疑問を声に出してしまった。

 フェーリちゃん、女の子なのに、床で……俺、ベッド。

 いやいやいやいやいやいや!!

 俺は大慌てでフェーリちゃんの下へ駆け寄れば天使のような寝顔に一瞬心を和ませ、頭を左右に振り(よこし)まな考えを即座に追い払った。

 そして、すぐさま、しかし慎重にフェーリちゃんの体を俗に言うお姫様抱っこして自分が寝ていたベッドへと移動させた。


 ふう、と息を吐く。


 無事にミッションをクリアした安堵感から漏れた息だが、それと同時に頭に冷静さが戻ってくる。

 それと同時に頭に響く鈍い痛みと倦怠感も感じ始めてきたがあまり気にしないようにする。


「お。やっと起きたか」


 さて、これからどうしようかと考え始めた矢先に入り口の方から声がする。

 声のする方に目を向ければ軽く汗を手拭(てぬぐい)らしき物で拭きながらTシャツにガーゴパンツらしき物を身に(まと)っているラフな格好のレイの姿があった。

 軽く運動をしていたみたいで若干だが息も乱れている。


「ナツは酒が初めてだったよな? どうだ具合は?」

「あー……、最悪、だね。頭はガンガンするし体も酷くだるい」


 はあ、と溜息を吐きながら苦笑する。

 それを見たレイはやっぱりな、なんて呟くとポケットに手を突っ込み何かを取り出した。


「本当はあんまりこうゆうもんに頼るのは良くないんだが、ナツは酒初心者って事で大目に見てやるよ」

「……何の話?」

「ほらよ」


 レイの言葉がいまいち理解出来ない俺は若干首を傾げながら問い掛ける。

 するとレイはその問い掛けに言葉ではなく行動で返してきた。

 何か丸い物体を俺に向けて投げてきたので、俺はそれを無言でキャッチし観察してみる。


「……何此れ。やたらテンションがハイになれて気持ち良くなりますよって物なら遠慮しとくけど」

「なんだその危ない物体の話は。此れは酔い覚ましっつー薬だ。飲んだら即効楽になるぜ?」


 どうやら麻薬の類ではないらしく俺の発言を聞いたレイは怪訝そうな表情でそんな事を言ってくる。

 そして、そんなレイの言葉を聞き手に持ってる丸い物体へと視線を戻した。

 何か薬草みたいなもので丸い物をコーティングしている物で見た感じでは確かに薬草と呼ばれても違和感のない物だった。

 ――まあ、同時に現代の日本には無かった物体でもあるので警戒してしまうのだが。


「安心しろって。危ないもんってー訳じゃないんだ。騙されたと思って気軽に飲んでみろよ。なぁに、ヤバイもんだったらフェーリちゃんに解毒して貰えば問題ないだろーし、何よりこんなところでそんなもん渡してみろ。御前が騒げば俺が捕まる。デメリットの方が多いとは思わんか?」

「……確かにそれもそうだ」


 俺はそう呟くとレイの言葉に納得し、気軽に薬を飲む事にする。

 ぽい、と口の中に入れ、同時に気の効くタイミングで水を渡されたので水でそれを流し込む。

 ゴクリ、と喉を鳴らして飲み込んだ事を確認すると本当に驚くように痛みがサーッと消えていった。


「う、うわっ! 本当にすぐ消えた。え? こんなすぐ痛みって消えるもんなの?」


 今まで二日酔いはおろか酒すら初めてだったので酔い覚ましの類を飲んだ事が無い俺は驚愕のあまりそんな声を出して騒いでしまった。


「ん? 御前さんの世界じゃどうだったかは知らんがこっちの世界だとそれくらいすぐ消えてくれるぞ?」

「んー……、俺の世界じゃ俺も判んないけど、少なくともこんなにすぐ消える物は無いと思う」


 何故ならそんな便利な物があったら二日酔いなんて気にせずガンガン飲むだろう。

 それに朝、辛そうに電車に乗るサラリーマン諸君を見る事も無いだろう。

 事実、そんな便利な品物は無いのだが未成年の為、夏樹が知る事は無い。


「ふむ、あっちは薬をどうやって作ってるんだ?」

「……俺には良く判らないけど薬は基本的に体に良さ気な栄養素を固体化させて集めて凝縮させたものかな」

「……ん? 良さ気な何を固体化させてるって?」

「え? 栄養素、だけど」

「――何を言ってるのか判んねえな、それはこっちの世界に存在するもんなんか?」


 は? と俺はあまりの衝撃に口をぽかんと開いて固まった。

 栄養素、という単語が此の世界では存在しないという事はどうゆう事だ。


「レイ、栄養ってのは判る?」

「――いや、聞き取れねえな」


 ――此の世界には栄養って言葉が存在しないらしい。

 という事はもしかして、と思い違う質問をしてみる。


「ミネラル、カルシウム、水素、炭素」

「オイオイオイ、なんだそれは呪文の一種か? 辞めろよこんなところで魔術を使おうとするのは」


 うーむ。何ひとつ聞き取れないとは。

 どうやら此の世界の科学的な水準は相当低い位置にあるらしい。

 俺がそんな事を考えているとレイが少し不機嫌そうな表情で此方を見ている事に気が付く。

 ああ、レイからしてみれば置いてけぼりだもんな、それは申し訳ない事をした。


「ああ、ごめん。少し色々レイで試させてもらったんだ。説明するにはこっちの言葉じゃ少し足りなくて難しいんだけど簡単に言えば向こうにあった概念がこっちではどれくらい通用するのかな、って感じ」


 だから呪文とかじゃないよ。と苦笑しながら答えればほ、と安堵の息を漏らすレイ。


「なんだ、そうゆう事か。ならそう前もって言ってくれ、いきなり試されたんじゃこっちも思うところがあるだろ?」


 まったく、なんて悪態を付きながら苦笑して俺にそう言ってくる。

 俺もその言葉をしっかりと理解し素直に謝罪の言葉を口にすれば気にすんな、と笑顔で言われた。

 その笑顔は意外にもさっぱりとした爽やかな物で俺が女ならば何かグッ、と来たかもしれない。

 イケメンとは何処の世界でも得するものだなあ、としみじみ感じる。


 と、ここで俺は昨日の夜からの記憶がない事を思い出し今の現状を説明してもらうべく口を開いた。


「ところで、恥ずかしい話なんだけど昨日の夜の記憶があまり無いんだ。なんでこんな状況になってるの?」

「ん? あー。そういえばナツは早々に潰れていたんだよな」

「……そうなんだ。潰れた事さえ覚えてないよ」

「まあ、仕方ないさ。初めて飲むんだ、限界を知らないのは何も恥じる事じゃないさ」


 そう前置きした上でレイは昨日の夜の出来事を簡潔に話してくれた。

 どうやら俺とフェーリちゃんはクラウスさんとレイの飲むペースに釣られてしまい相当早いペースで酒を(あお)っていたらしい。

 レイもクラウスさんも心配そうに見詰めていたが俺もフェーリちゃんも大丈夫大丈夫なんて言いながら顔を真っ赤にして飲んでいたみたいだから性質が悪いと感じる。


 で、ほどなくして一番最初に潰れたのは俺だったようだ。

 恥ずかしい事極まりないのだがある程度満足してしまったらしく気が抜けたのと同時に机の上に項垂(うなだ)れすやすやと寝息を立て始めたのだとか。

 レイもクラウスさんも起こそうとしたのだが何やっても起きなかった為そのままベッドへ運んだらしい。

 召還された初日という事もあり疲れていたのだろう、とそっと寝かせてくれる事にしてくれたようだ。

 そして、フェーリちゃんがうとうとと舟を()ぎ始めた頃此の大勢いる兵士の人達が大量の酒と共に現れたとか。

 自分達が勇者様にお酒を! と意気込んで来たのは良いが当の俺が眠ってしまっていた為、手に持っている酒をそのままそのままラッパ飲みする姿は十分恐怖に値する光景だったとレイは眉間に皺を寄せながら話していた。

 そしてある程度時間が経てばフェーリちゃんは部屋の隅っこに雑魚寝しており兵士達はいつの間にかに全員部屋の中に入っていてドンちゃん騒ぎをし出し、ギリギリまで監視役として起きていたクラウスさんだったらしいのだが兵士達に無理矢理飲まされた大量の酒の所為で見事に倒されてしまったようだ。


「旦那も頑張ってたんだけどなぁ。如何(いかん)せん飲まされた酒の量は尋常じゃなかった」


 潰れるクラウスさんを見て身の危険を感じたレイは鍛錬を理由に部屋を抜け出し今に至るらしい。

 まさか、全員が酔い潰れ事態がこんな事になるとは思ってもみなかったみたいだけど。


「ところでレイは鍛錬の時その格好なの?」


 話が鍛錬の事に少し触れた為、気になった事を口にする。


「まあな。あの服はあの服で動きやすいんだが、鍛錬で汚すのが嫌でな。安全な場所では極力違う服で鍛錬しようとしてるんだ」

「なるほどね」

「ナツもどうだ? 一緒に鍛錬するか?」

「俺は辞めとくよ。まだいまいち自分の力が把握し切れてないから」


 どうゆう意味だ? と聞いてくるレイに俺は素直に答える事にした。

 クラウスさんとの一戦の前から気付いていた部分でもあるのだが、一戦後には自身の肉体の変化振りにかなり驚く羽目になった。

 まず視力聴力の上昇は戦う前から気付いていた事だが、動体視力、反射神経、筋力、思考速度、といったところが召還される前に比べると圧倒的に上昇していたのだ。

 それこそ加減を覚えなければいけないくらいに。

 まあ、視力と聴力のように意識しなければ召還前と変わらないようだが筋力に関してはなかなか不便で仕方が無い。

 気を抜くと自分の力で物を壊しそうだ。


「そうゆう事だから鍛錬はちょっと危ないかな」

「そうか。まあ、それなら仕方ないな」


 そんなこんなでレイの申し出を申し訳なさそうに断れば苦笑混じりレイはそう言ってきた。



*****



 俺が起きたのはどうやらちょうどいい時間だったようで、体を洗ってくると言って部屋を出て行くレイを見送り、自分も顔を洗ったりと朝の身支度を整え、それが終わるとタイミング良く執事らしき人がご飯が出来たと起こしに来てくれた。

 その時見た部屋の惨状を見て慌てて頭を下げていたが気にしないでほしいと言ったら少し困りながらも承知してくれた。

 まあ、とはいえこんな時間まで酔い潰れていて何のお(とが)めがないとは有り得ないだろうけど。

 とりあえず、テーブル付近は比較的被害が少なかったので周りを少しどかしたりして片付けて食事が出来る空間作りを始める事にする。

 途中体を洗って着替えてきたレイも手伝ってくれ二人で食事が出来るスペースを確保した。


 程無くして朝食が運ばれてくる。

 パンとハムみたいなものと何かの卵の目玉焼きらしきものが並び出した。


 どうやらこっちの世界は和食ではなく洋食を主とするようだ。

 まあ、洋食が嫌いなわけじゃないからいいんだけど。

 ただ、ご飯が出てこないというのはショックが隠せん。


 とはいえ無い物強請(ねだ)りをしても仕方ないし、ましてや食べないなんて選択肢は無いのだから食べますけど。

 てゆーか、ショックではあるけど目の前にある朝食は良い匂いだし食欲がそそられる。


 死屍累々とした此の景色と呻き声をBGMに食事をするってのはなかなかにシュールだけど。


「そういや此の卵って何の卵なんだ」


 カチャカチャとナイフとフォークが皿に当たる音と呻き声のオーケストラを聞きながら疑問に思った事を口に出す。

 魔物の卵、とかだったら嫌だな。


「ふつーに鶏の卵、だろーな」

「にわとり? いるの?」

「ああ。ナツのところにもいるんだな、鶏」


 マジか。と俺は驚く。

 なんか雰囲気的にそうゆう生物はこっちにいないと思ってた。

 どうやらレイもそう思っていたらしく少し驚いた顔でそんな事を言ってきた。


「鶏なら安心して食えるな」

「オイオイ、何の卵だと思ってたんだよ?」

「んー。なんかこう、魔物の卵、とか」


 苦笑交じりにそんな事を言えばレイは笑いながら、


「はははっ、食べれる奴等とかもいるらしいが、基本的に田舎とかの話だからこんなところじゃ出て来ないぜ?」


 とか言ってきた。

 田舎じゃ魔物も食べるらしい、いやまあ、貴重な食糧なんだろうけどさなんかほら、あれだよね。

 大丈夫? とか聞きたくなるよね知識がない分余計に。


「まあ、さすがに卵とかは食べたりしないみたいだが。……そういえば一部の魔物は高級料理に使われるとか聞いた事があるな」


 ピシリ、と音を立てて俺は固まった。


「宮廷料理とかにも使われるほどに高級で美味らしい、俺は高級料理とかなんかより大衆食堂とかの飯のが好きだから食った事は無いんだがな……ってナツ、どうかしたか?」


 ははは、と苦笑しながら語ってくれていたレイだが俺が固まっているのに気付き声を掛けてくる。

 俺の魔物の知識といえば竜をクエストするアレだったり最後のファンタジーのアレだったりな感じだ。

 しかも、やたらグロイ奴だけ覚えてる。

 あまりゲーマーって感じじゃなかったのが災いしてか、俺の魔物に対する知識はグロイエグイキモイのゲテモノ系なのしか想像付かないため、そんなのを料理として出される姿を想像するとうげーって感じになってしまう。てゆーか、なった。現在進行形だ。


「な、なあ。此の世界の魔物ってどろどろうねうねとかじゃないよね?」


 びくびくおどおど、と言った感じでレイに尋ねる。

 というか、此の世界にはどうやら魔物は存在してるらしくその危険性を今の今まで考えていなかった為ちょっと恐怖が……というか、危機感が。


「まあ、そうゆう奴もいるが基本的には獣みたいなのが多いぜ? なんだナツの世界にも魔物がいたのか」


 俺の発言を誤解して受け取ってしまったようでレイはそんな事を言ってくる。

 とりあえず、前半部分の言葉に俺は深い安堵の息を漏らすと少し軽くなった気分と共に誤解を解く事にする。


「いや、俺の世界には存在はしないよ。架空生物としての存在」

「へえ、そうなのかい」


 そりゃ凄い、なんて言いながら目玉焼きの黄身を潰してそれをハムに付けて口に運んでいく。その食べ方美味そうだな、ってか器用だなー。

 俺も真似しようとして自分の目玉焼きに視線を向けると……そういえば、速攻黄身だけ口に放り込む食べ方を俺はするんだった……そこには黄身のないただの白い塊が存在していた。

 そういや、なんか黄身だけを食べたら驚いた顔してたよな、レイ。

 勿体無いとでも思ったんだろう、と自分の中で諦め渋々白身とハムをもぐもぐと食べる事にする。


「む、ぅ……」


 もぐもぐ、と黄身をパンに付けたりして大変美味しそうに朝食の最後の一口を口に運ぶレイを羨ましそうに眺め、俺も白身とパンを口へと放り込む。

 そうすると呻き声とはまた違う誰かが目を覚ましたような寝惚けた声が聞こえたのでそっちへと俺とレイは視線を向けた。


「酒、辞めろ……もう、飲め……み、……水……」


 最初こそは寝惚けた声に聞こえたが後半になるに連れうなされ始める。

 ある程度うなされれば、うぅ、と呻き声を上げながら手を宙へと伸ばすクラウスさん。

 夢でも見ているのだろうか、起きていないようだけど冷や汗を大量に掻きながら呻いている。

 どうやら水を欲しているらしく食事用に、と執事さんが置いていってくれた純水の入ったビンを掴んで慌ててコップへ水を注ぐ。

 そして注ぎ終わると急いでクラウスさんの下へと駆け寄り、はい、と水を渡した。

 始めは完全に起きていないのか呆けた表情で視線も虚ろに宙を彷徨(さまよ)っていたが水だと理解すれば飲むまで早かった。

 あっという間にコップの中を空にして、ふう、と一息付く。

 徐々に顔に生気が戻ってきておりどうやら覚醒し出したようだ。


「大丈夫ですか?」

「……なんと、か……。――っっ!! な、夏樹様!! こ、此れは申し訳ありません!!」


 目が覚めたようなので声を掛けると全力で頭を下げて謝ってくるクラウスさん。

 いやいやいやいや、なんで頭を下げるんですか!


「な、なんですか!? とりあえず、落ち着いて!!」


 俺が慌ててクラウスさんを止めようと口を開くが、そんなの全く耳に入っていないのか、ひたすら頭を下げ謝罪の言葉を繰り返してくる。

 どうやって止めようかと軽く悩み出す俺だったが意外な事にレイさんが援護射撃を行ってくれた、しかも過激な。


「旦那、ナツが困ってる」


 その言葉と同時にクラウスさんの後頭部に思い切り蹴りを入れるレイ。

 ぐおっ! と声を上げ吹っ飛ぶクラウスさん。

 ……なんでレイはこんな容赦なくクラウスさんと接する事が出来るのだろう。少しだけだが何故か尊敬してしまう。

 そんな事を考えていると割りと遠くまで飛んでしまったクラウスさんはむくりと体を起こし恨めし気な表情でこっちを――というかレイを睨み付けている。なんか顔に似合わず行動が若干可愛いな、なんか嫌だけど。

 というか、改めて見ると此の部屋は相当でかいんだな、なんて関係のない事もついでに思った。


「いきなり人の頭を蹴るとはどういう事だ!!」


 うん。それはそう思うだろうね。


「旦那が謝りすぎてナツが困ってた。だから助けてやったんだ。感謝されてもいい筈なんだがねえ」


 うん。確かに助かったけどね。

 ……やりすぎだとも思うけどね。


「だが夏樹様直々に介護など……」

「だからと言ってあんな事をしてナツがどう思うか、大体判るだろ昨日のやり取りを見て」

「……む」

「あーゆー時ゃありがとうとごめんって言っとけば気持ち良く終わるんだよ。夏樹的にはそれが一番気持ち良く終わるんじゃねえかな」


 レイの言葉にむむむ、と眉間に皺を寄せながら苦悩するような表情になっていくクラウスさん。

 多分レイの言葉が正しいものだと思いながらもそれを拒んでいる自分との間にある葛藤的なものに悩んでいるんじゃないかな、と俺は思った。

 ……単にレイの言葉に反論出来ない事が悔しいのかもしれないけど。

 しかし、レイはああ見えて面倒見とかそうゆうところちゃんとしてるよなー。意外にも。

 見た目とは違って良く出来てるしっかりした奴だ。

 そんな失礼な事を思っている事が顔に出ていたのだろうか、若干機嫌が悪そうにこっちにレイが顔を向けてきた。


「ははは……」


 とりあえず、苦笑して誤魔化す。



*****



 その後、クラウスさんはありがとうございましたとすみませんを簡潔に俺に伝え、俺はどういたしましてと笑顔で応える事によって此の一件は解決した。

 が、かと言って問題は他にもあるので此れが解決したからといって休んだり出来る訳じゃないのだが。


「貴様! 起きんか!!」


 バチン! と甲高い音が鳴り響く。

 そしてまたひとり現実へと戻され兵士が部屋から出て行く。

 その光景を俺とレイは紅茶を飲みながら眺めていた。


「しかし、ハムや卵とかもそうだけど、まさか紅茶まであるとはね」


 食材は意外と日本と同じ物が多いなんじゃないだろうか、そう思わざるを得ないくらいこっちとあっちの食品の差は見られない。

 まあ、単に王城だから食事が豪華なだけかもしれないが。


「ああ、そうみたいだな」

「ん、個人的にはコーヒーより紅茶派だから此れは嬉しい」

「コーヒーもあるんだな」


 バチン! と頬を引っ叩く音が響いてからレイはそう言う。

 痛かったのだろう、少し涙を浮かべながら俺と大して変わらなさそうな年齢の新米兵士っぽい彼は出て行った。


「へえ、こっちにもあるんだ?」

「ああ。俺はコーヒー派だからな、ナツとは敵同士だ」


 にやり、と冗談めかして笑ってきたので俺も笑い返してやった。

 すると面白くなってしまったのか二人して腹を抱えて大爆笑してしまう。

 笑い声に混じって怒鳴り声と甲高い音が少し聞こえてきたが気にしなければどうという事はない。


 まあ、呻き声が今までのBGMで今は怒鳴り声と甲高い音がBGMなんて落ち着きが無いな、なんて思ってしまうけど。


「ク、クラウス様!! 申し訳――ぎゃあああああああああああ!!!」


 一際甲高い音と共に今まで無かった断末魔の叫び声が上がった。

 どうやらクラウスさんに無理矢理酒を飲ませた犯人だったようで今までの兵士さんとは違い特に力を込めて引っ叩いたようだ。

 なんか人が吹っ飛んで壁に激突する音のような物が耳に届いたからクラウスさんも手加減出来なかったのだろう。

 まあ、さすがに死んだりはしていないだろうから心配はしないけど。


「お疲れ」


 レイの言葉で近付いて来るクラウスさんに気が付く、どうやら断末魔を上げた彼で最後だったらしい。

 きっとクラウスさんは好きな物を最後まで残して最後に楽しむタイプだろう、と俺は確信を持って関係ないけど思った。


 というか、兵士さん達が全員いなくなって改めて部屋の全貌が見れるようになったけど、本当に此の部屋でかいな。

 昨日の夜の時点で気付けよ、俺。

 まあ、疲れてたから気付けなかったんだろう、きっと。


「お疲れ様です。ところで、クラウスさんは二日酔いとか大丈夫なんですか?」

「私ですか? 少し酒が抜け切ってない感じはしますがあまり問題ないかと」


 それを聞いて敗北感を感じる夏樹だったが気にするのは辞めておく。

 お酒初心者が勝てる相手じゃない、そう言い聞かせるかのように己の中で繰り返す。


 そこで、ん? と疑問が浮かび上がる。


「クラウスさんとレイはいくつなの?」

「俺か? 俺は二十五歳、だな」

「私は二十八ですね」

「――……は?」

「え?」


 ええええええええええええええええええええええええええっ!!!

 レイと俺は同時に間抜けな顔で驚きを隠し切れなかった。

 いや、だってどう見ても三十後半とかですよ! 今の今までおっさんだと思ってたよ俺!!

 どうやらレイも知らなかったらしく俺と同じように驚いたままの格好で固まってる。


 ……これでフェーリちゃんが最年長、とか言い出したらどうしよう。


 もし、そうだとしたら年齢に対して軽いトラウマを感じ出しそうだ。

 フェーリちゃんが三十路だったら嫌過ぎる……。


「あの、なんで驚いているのですか?」


 どうやら無意識に現実逃避をしてしまいトリップしてしまったようだ。

 クラウスさんに声を掛けられるまで気付かなかった。


 とりあえず、クラウスさんの質問には無難なところで返しておこう。


「ん? もっと老けてると思ったんだよ。なあ、ナツ」


 レイー!!!!!!

 ちょちょちょ、俺に振ってくるの辞めよう!! 無責任すぎる!!


「そうなんですか?」

「……い、いやあ、そんな事はないですよー」


 若干引き気味に応えてしまった為か嘘を見破られ、悲しそうな目でこちらを見てくる。

 ……クラウスさん、すみません。


 そんな状況でもフェーリちゃんは規則正しくすぴーすぴーと寝息を立てていた。

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