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勇者と呼ばれたあいつと魔王と呼ばれた俺様。  作者: 柳乃 晟
「勇者と呼ばれたあいつと魔王と呼ばれた俺様。」
5/8

004話 「騎士と銃士と魔術師」

 ――レベル百って、どんな裏技だよ。


 俺は自分のステータス画面を見詰めながら心の中で密かにそう呟いた。

 冒険は始まってさえいないのに最初から此の数値なんてゲームだったら話にならない。

 暫くレベルだけを見ていたが少しだけ冷静になった頭が違う数値を確認しようと動く。

 ちからSS、みのまもりSS、かしこさA、すばやさA……と表記されている。

 流石にUはなかったけどそれでも人類最強らしい高水準の数値だった。


「……俺、そんなに強いのかな」


 ポツリと呟いた言葉に周りが驚いた表情で見てくる。


「レベル百なんだからそりゃ強いに決まって……」


 目の前の出来事があまりにも衝撃的だったのだろうレイさんの口から出た言葉は紛れもない素の口調だった。

 本人も途中で気付いたんだと思う、言葉が途中で終わった。

 しかし、周りの反応を見る限り相当立派なステータスらしい。

 自分自身ではそんな裏技じみた能力はなく唯の一般人だと自負してるんだけど。

 そんな実感の沸かない反応が態度に出ていたのかクラウスさんが俺に声を掛けてきた。


「……ふむ。勇者様。模擬戦という形で私と手合わせ願いますかな?」

「クラウスさんと、ですか?」

「ええ、参考になると思いますので。……っと、そうなりますと私のレベルもご覧になっておいたほうが宜しいですね」


 そう言ってクラウスさんは俺に手を差し出してきた。


「参考、と言いますと……?」


 俺は差し出された手にステータス画面が浮かび上がってくる石を置くとそう口を開いた。

 クラウスさんは俺の問いに僅かに考える動きをするとステータス画面が開くと同時に口を開く。


「此れが私のレベルです。――レベル八十九。ちからS、みのまもりSS、かしこさD、すばやさC……まあ、勇者様の劣化版といった数値でしょうね。因みに一般兵の平均値はレベルが二十~三十程、能力値は平均E~D……まあ、中にはCを持ってる奴もいますが希少ですな」


 ステータス画面を見詰めながらそんな事をクラウスさんは教えてきてくれた。

 参考に? という問い掛けには結構言葉が足りてないような気がしたがそれでもその意味が伝わらないほど俺は馬鹿じゃない。


「数字だけ見れば反則的な数値ですね、俺は」


 一介(いっかい)の高校生には出過ぎた能力だとも思ったけど此処は異世界、関係ないといえば関係ないから俺は頭の片隅へと追いやる。


「ですが、必ず数値の差が戦闘の結果に繋がるとも限りません。――さて、此処で遣り合うのも危険ですので……国王様。訓練場を使用したいのですが」

「許可しよう。そして私も見に行くぞ」

「ですが……いえ、判りました」


 王様の同行はやはり模擬戦とはいえ危険だからかクラウスさんは少しだけ渋る言葉を述べたがすぐにそれを引っ込める。

 そして視線でレイさんとフェーリさんに何かを伝え三人が頷いたところでクラウスさんを先頭にみんな移動し出した。

 俺はクラウスさんの後ろをすぐ着いて行き、移動しながら「アイコンタクト、かぁ……まあ、王様を守るようにとかそんなんなんだろうけど、旅をする前からそうゆう意思の疎通が出来るのって()(がた)いよなー」なんて緊張感の欠片もない事を俺は思っていた。



******



 訓練場、というのは室内にあった。

 謁見の間から徒歩約五分といった距離……近いと思いたいところだけど城って一軒家みたいなもんなんだよなとかいう良く判らない思考が過ぎたら何とも言えない気分になった。

 自分の家なんて一分あれば端から端まで移動出来る気がする。


 しかし、そんなくだらない事を考えてるばかりじゃ済まされないのが今の状況だ。

 俺は気を引き締めて面前に立っているクラウスさんに視線を向ける。


「すぐに始めたい所ですが……勇者様、何か武器は使いますか?」

「武器ですか? ……刀、いや剣ですかね」

「……? 剣、ですか」


 刀という言葉に僅かに首を傾げてクラウスさんは言葉を返してくる。

 その反応を見た感じだと刀は此の世界には存在しないようだ。


「では、剣でしたら此方からご自由にお選びください」


 そう言って武器庫のような場所の扉を開けてクラウスさんは言う。


 訓練場ということだけあって体育館とは言わないがそれなりに広い空間であり床も屋外での戦闘を意識してか土ではないが……多分粘土を固めたものだと思う。それを凸凹(でこぼこ)にして少しでも外の地面を意識させるような形になっていた。

 そんな室内なのに床が凸凹しているというある種の違和感を感じながらクラウスさんの勧めるままに武器庫へと足を踏み入れる。


「武器庫、だと思ったんだけど此れは違うみたいだ」


 そんな言葉が自然と口から漏れる。

 視界に見える限りそこに存在してるのは武器じゃなくて剣のみだった。


「……つか、剣じゃ剣道で習った事生かせなくないか?」


 今更な事に気付いてしまったが、まあ、なんとかなるだろと楽観視する事でその考えを消し去る。

 今考えたってしょうがないし、とりあえず今は武器を選ぶのに集中しよう。


 なんて思って意識を武器選びに向けたのだが……なんという御都合主義。


「あるじゃん。刀」


 隅っこで(ほこり)を被って……とまではいかないけどそれなりに放置されてる雰囲気を醸し出す刀を手にとって具合を確かめる。

 鞘に仕舞ってあって中身がどうなってるのは不安だったが鞘から刀を抜く金属音と共に現れた刀身は綺麗な光を放っていた。

 手入れは怠ってないようで状態は悪くない……ような気がする。

 出来がどうとかは俺には判らないけど少なくとも手入れを怠っているような感じはしなかった。


 と、ここまできて俺は重大な事に気付く。


「これってさぁ、真剣じゃん? 当たったら怪我するじゃん? てゆーか下手したら死ぬじゃん?」


 模擬戦って言ってませんでしたっけ?

 自身の記憶を掘り返すと確かにそう言ってた筈である。

 しかし、今自分が持っているのは真剣、見た感じ殺傷力もありそうだ。

 そう考えると自然と木刀か竹刀を探し始める自分がいたけどすぐにその行動を辞めにする。

 相手が真剣だったら洒落にならないからである。


「まあ、とりあえず此れ持ってあっち行ってから話そう」


 殺し合いは御免だからね。

 俺はその刀を鞘に仕舞って部屋を後にする。


「――む。その剣は……」


 部屋から出てきた瞬間、クラウスさんは眼を細めながらそう呟く。


「ん? 此れですか? ――こっちでは此れも剣って言うんですね」


 俺は手に持った刀を軽く持ち上げながら言葉を発する。


「……ええ。それは剣ですね。――しかし、その剣を扱うとは……あちらの世界で愛用していたのですか?」

「いや、愛用とは言えませんけど……一番扱っていた武器は此れをモチーフにしていたものだったので此れを選びました」


 それが何か? という目をクラウスさんに向けてみたところクラウスさんは納得した表情をし頷く。


「それは私達の世界では扱い辛く使用している者の少ない武器でした。……元々は昔こちらの世界に()ばれた勇者様が使用していた武器を基に作られたと聞きます」


 という事は俺以外にも日本から喚ばれた勇者がいたって事なんだろうか。

 というか、勇者は一体何処から選ばれてるんだろう。

 俺達の世界以外にもこうして世界があるって事は他の世界から喚ばれているのかもしれないし……もしくは俺達の世界からしか喚ばれていないのかもしれないし、うーん。

 そんな事を考えて思考が奥へと向かいそうになった事に気付き無理矢理思考をそこで止める。

 それは今考えても仕方のない事だし違う機会にでも考える事にしよう。


 んじゃ、今一番しなきゃいけない事と言えば何かと言えば。


「クラウスさん。模擬戦を始める前に聞きたい事があるんですが」

「はい。なんでしょう?」

「此れってちゃんとした武器ですよね? 見たところ素人判断ではありますが殺傷力もあるみたいですし……もしもの事を考えるとかなり危ないのでは?」


 特に何が危ないのかと言えばクラウスさんの攻撃よりも俺の攻撃である。

 戦闘経験者のクラウスさんの攻撃の方が危なく見えるものだが実際に危ないのは素人である俺の方だ。

 何故か、と問われれば答えは至ってシンプルだ。

 俺が戦闘に関して素人だからである。

 素人だからこそ攻撃の加減というものが出来ない。

 ステータスを見る限りでは俺の方が数値は上であり恐らく俺の方が強いのであろう。

 という事はクラウスさんも強者には違いないけど万が一という事が起こり得る。

 一方戦闘経験者であるクラウスさんはその辺の加減の仕方もきっと熟知しているに違いない。

 となると加減の知らない俺の攻撃の方が危ない、数値的には差があまりないから特に。

 お互いに僅差である為、俺には意識して加減出来る自信がなかった。


 だがそんな考えもクラウスさんは承知の上だったようで。


「ええ。なので魔法を使います」


 クラウスさんの言葉に反応してフェーリさんが一歩前へ出ると杖を前に構え集中する素振(そぶ)りを見せる。

 すると俺の持ってた刀とクラウスさんの背負っている剣が淡い青い光に包まれていった。

 此の世界に来て初めて見る魔法らしき現象に眼をキラキラして見詰めていたが途中で此れは何の魔法なのだろう? と疑問を抱き好奇心から探究心にシフトチェンジした。

 暫く観察していたら光が弱くなっていき次第に消えていった。

 ほんの数秒の出来事ではあったけど僅かに感じる魔法を見たという余韻(よいん)を胸に残しながら俺はフェーリさんに問い掛けた。


「今、何をしたんですか?」

「魔力で剣をコーティングさせていただきました」


 ん? とフェーリさんの説明に首を傾ける。

 ぶっちゃけ意味があまり判らない。


「要するに剣を魔力で包んで刃が剥き出しにならないようにしたって感じっすかね。魔力が鞘代わりになってるって想像してもらえたら良いかと」


 俺の表情を見てすぐさまレイさんがフォローに入った。

 なんだかんだ見た目とは違って空気が読める人種みたいだ。


 というか、成程。これで殺傷力がなくなったって訳だ。


「つまり、これで斬り殺される可能性はなくなったって訳ですね?」


 俺の言葉に無言でクラウスさんが頷く。

 打撃による殺傷の危険性はなくなっていないがそれはみのまもりSS同士、即死はないと思う。

 SSの能力がどれほどのものなのか俺には判らないからあくまで予想でしかないんだけど。


「そういう事です。――では、身の安全も保障された事ですし」


 そう言ってクラウスさんは背に背負っていた大剣を鞘から抜き、構えた。

 それに習って俺も刀を鞘から抜く。

 鞘は手に持っていても邪魔なので無造作にその辺に放り出す。


 そして、俺も構えた。


 ピリッ、とした空気があたりを支配しチリチリとクラウスさんの闘気……なんだろうか、それを肌に感じる。

 剣道をやっていた時に感じた事のない気配に僅かに戸惑うがそれを意識的に奥に追いやって目の前のクラウスさんに意識を集中する。


「始めッッ!!」


 王様の声に反応してクラウスさんが動き出す。

 対する俺は開始の合図が王様だという事を全く考えておらず、その声に僅かに驚き意図せず後の後に回る羽目になった。

 かといってその隙が致命的になって……という展開にはならず後の後からでも十分にクラウスさんの攻撃を受け止める余裕があった。

 攻撃を受け止めた瞬間クラウスさんの目が一瞬見開く。

 だが、それも本当に一瞬でありすぐさま二撃、三撃と攻撃を繰り出してくる。

 それを俺は刀で受け止め完全に防御へと回る……否、防御しか出来ない。

 俺が一流の剣士だったのならば話は別なんだろうけど今の俺は動体視力に頼り切った動きしか出来ていない。

 攻撃が来る! という気配で身体を動かしているのではなくクラウスさんの剣筋をリアルタイムで眼で追いそこに自分の刀を差し出すといった動きだ。

 まあ、蓋を開けてみれば、そのほうが化け物染みた動きではあるのだが今の俺にはそんな余裕がない。

 それどころか自分の動体視力、身体能力、反射神経そういった部分が飛躍的に上昇している事にさえ気付いていない状態だ。


 キンッ


 何撃目か判らない攻撃を受け止め少し戦闘に慣れて余裕が出てたのか、そんな金属音が耳に入った。

 刀で剣を受け止めた時に発生した物だが今まで自分の耳には入ってこなかった。

 うっわー。マジ俺いっぱいいっぱいじゃん!

 本当に少しだけだけど出来た余裕の中、そんな事を思う。

 だってさ、あれっすよ。こんなの剣道の試合でも味わったことがないっすよ。てゆーか、今までしてきた喧嘩でもこんなん味わった事ないし。つか、こんなに強い人とやりあったのも初めてだっつーの!

 そんな事を思いながらも目では剣筋を追い掛け(はた)から見れば実にギリギリ()つ危なっかしいタイミングでそれを防ぐ。


 さて、ここからの描写は第三者視点になるのだが。

 此の戦闘をレイは冷や汗を掻きながら薄気味悪い物を見るような眼で見ていた。

 フェーリも王様も此の光景をどう見ているのかと言えば「勇者様危ないなー」といった具合である。いやもうちょっとドキドキ感のある感じではあるのだが。

 だが、レイは此の中でも近接戦闘に長けている者であり今の此の戦況を正しく認識している。

 今の夏樹の動きは動体視力に頼り切っている防御だという事を。

 それが如何に化け物染みている行動であるか想像するに容易い事だろう。

 今のクラウスの攻撃は相当に早く手加減は実は一切していない。

 一秒という時間の間に何回も斬撃を繰り出しているのだ。遅い筈がない。

 なのにその一秒という間に繰り出されている攻撃を全て目で追い、それに正しく反応している。

 これほど怖い物はない、とレイは思う。

 更に、夏樹本人は気付いていないのだがレイとクラウスは気付いている事がある。

 夏樹にはフェイントが効かない。

 何故その事実を夏樹が気付いていないのかというとこれまた答えは実にシンプルである。

 フェイントだと思っていないから。

 何故フェイントを入れるのかというと攻撃を単調にしないという意味合いもあるが一番は相手の隙を生み出す為である。

 例えば右から攻撃が来ると思ったのに左から来たという状況があったとする。

 その時、意識は右に向いていて左に対して警戒心が薄くなる。

 その虚を付き左から攻撃を繰り出せば攻撃が決まりやすくなるといったものだ。

 だが、フェイントを成功させるには幾つか条件が付くのである。

 そして、夏樹はその条件どころか大前提であるものを思いっきり無視した動きをしている。

 それは相手の動きを予測していない事である。

 相手の動きを予測していないとどういった事になるのか、と問われれば答えは至極簡単である。

 相手の動きに反応する事が出来ない。

 だが、夏樹は反応している。

 此の矛盾を解くには先程明記した動体視力に頼り切っているという部分に触れる。

 相手の攻撃……正しく言うならば相手の剣筋、否、剣をを全て眼で追っている為フェイントというものには気付かない。

 尚且つそろそろこのままだと自分に剣が当たるな、と思った瞬間にその場所に向けて刀を差し出している為防げている。

 それも、かなりギリギリの位置で、である。

 何度かクラウスの考えるギリギリのラインまで剣筋を伸ばしてフェイントを入れてみているのだがそれには反応してくれない。

 何故ならその位置で剣筋を止められても夏樹は当たらないと考えているからである。

 普通ならば咄嗟に刀を差し出してしまうような状況であるのに夏樹は幸か不幸かそんなギリギリの状況のラインでは反応し切れていないのだ。

 「あー、危ないなー」程度の黄色信号では今の夏樹は反応していない「うわ、ヤバイ!」の赤信号くらいではないと命の危険性を感じて咄嗟に動く事が出来ない状態になっているのだ。

 余裕がない切羽詰っている、という状況が逆に夏樹の頭を冷静にさせていた。

 魔力でコーティングされていて命に危険がないと判っていても剥き出しの刃物が自分の身に飛んでくるのは怖い。

 だからこそ、無駄な動きを省いていた黄色は無視して絶対的危険な赤だけに意識を集中させる。

 それを夏樹は無意識の中で行っていたのだ。


 さて、そんな状態で剣を(さば)いているとも知らずにレイはただただ夏樹に恐怖していた。

 クラウスのレベルは八十九。此れは決して低い数値ではない。

 むしろ人間にしては高水準だ。

 そして対する夏樹は百。

 此れは常識外れの数値ではあるが、かといってその数値自体にはそこまで恐怖は覚えない。

 ならば、どこに恐怖を感じているのかと言えばレベル以上にその実力の差が圧倒的な事である。

 ステータス自体もクラウスと夏樹の差はほとんどない。

 強いて言うならかしこさとすばやさの数値であるがかしこさは魔法の威力に比例する数値であり魔法を使っていない今の戦闘には意味を成さない。

 残りのすばやさにしたって今のクラウスの攻撃をすばやさのみに頼って防ぎ切れるものでもない。

 だからこそ、レイは恐怖を覚えた。

 数値以外の部分で此の圧倒的な差が生まれている事に。


「……こりゃ化け物だな」


 レイのその呟きに反応する者は誰も居ない。


 いや、本当いつになったら此の攻撃が止むんだよ!

 只今俺は絶賛パニック状態である。

 なんでかって? こんな斬撃の嵐を受けてたら平常心を保つのも至難の業だからだよ!

 右から来たと思えば左に、上から下から縦横無尽に繰り出されるクラウスさんの攻撃を俺は眼だけで刀で受け止めていた。

 ――ん?

 そこで俺はふと気付いた。

 刀で受け止める必要なくね?


「よっと」

「なッッ!?」


 試しに丁度クラウスさんの剣筋が上からの振り下ろしだったから横に身をどかし避けてみる。

 眼でギリギリまで見極めた上での回避行動である。

 そしたら虚を付かれたのだろうかクラウスさんは言葉にも顔にも驚きを表し一瞬だけ隙が生まれてしまった。


 その隙を見逃すほど俺はヘタレじゃない。


「ていっ」


 という何とも間抜けな掛け声と共にクラウスさんの首筋に刀を置いて俺は動きを止める。

 此れがもし真剣勝負であったら首が飛んでいただろう。

 それが判らない人じゃないだろうと思い俺はそれで試合終了だという意味を込めて動きをそのまま停止する事にした。


「……ふう。参りました」


 暫く間の後、カランと剣を置く音と共に両手を挙げクラウスさんは言葉を吐く。


「参考になる、と思ったのですが……此れでは何のお役にも立てなさそうですね」


 やれやれ、と言わんばかりに両手を挙げながら苦笑気味に言葉を漏らす。


「しかし、勇者様は本当に人間なのですか?」

「……その言葉にゃ俺も同感だな」


 憤慨(ふんがい)だな、と言おうと思ったがクラウスさんだけではなくレイさんにも言われたら「うっ……」と言葉を詰まらせてしまった。

 それが怪しく見えたのだろう、少し場の空気が怪しくなったので俺は慌てて弁解の言葉を言う。


「いやいや、俺はれっきとした人間ですからね!? 本当にただの人間ですから!! 前の世界では何もしてないただの学生……いやまあ、ただの学生にしちゃ喧嘩とかは多かったかもしれないけど何もそんな化け物みたいな事は何もしてないからね!?」


 あたふたと弁解する俺を見て「ぷっ」と笑い声をフェーリさんが漏らした。

 ……此れは恥ずかしい。

 うー、と項垂(うなだ)れるしか俺には出来なくて恥ずかしさのあまり俯く。

 その行動を見て納得してもらえたのかクラウスさんもレイさんもお互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべ。


「判りましたよ」

「失礼な事を言いました。申し訳ありません」


 と言葉を続けた。

 ……うん、ますます恥ずかしい気持ちになるじゃないか。


 俺は赤くなった顔を隠すように後ろを向くしかなかった。



******



 模擬戦が終わった為訓練場でやる事がなくなった俺達は場所を移す事にした。

 かといって謁見の間に戻るのもおかしいし王様もそろそろ政務に戻らなければならないとの事で明日まで客室で待つ事になった。

 因みに客室はホテルみたいな感じの部屋を欧州風にした感じの部屋だ。

 それにしても、こう言うのも失礼かもしれないけどRPGとかの王様っていつ行っても謁見の間みたいなところで王座に座ってるから実際働いてるイメージがなかったからちょっとした違和感を感じたのは此処だけの話だ。

 さて、客室へと案内された俺達は王様の(はか)らいで今後一緒に旅をするのだから親睦を深めて欲しいとの事で酒と料理が用意されていた。

 大変有り難い話であり御好意に甘えたいのも山々なのだけど一つ問題が発生してしまった。


「……白米が、ない」


 そう、米がないのだ。

 此れはご飯派の俺としては手痛い。

 試しにフェーリさんに米って知ってる? と聞いてみたところ。


「……えーと、すみません。なんて言ってるのか……」


 との事だった。

 どうやら此の世界には米がないらしい。


「ずーん」

「……どうしたんっすか。そんな浮かない顔をして」


 こんな美味そうな料理と酒を目の前に。とレイさんが心配を通り越して不審な顔で言ってくる。

 相変わらず口調が砕けている事に不満なのかクラウスさんの眉間には皺が発生している、とはいえ俺が何も言わないからだろうかクラウスさんも何も言わない。


「いやまあ、俺の住んでたところでは当たり前のように出ていた主食がなくてね。それでちょっと」


 まあ、それでも目の前にある料理が美味そうなのには変わりないんだけど。


「――ま、無い物を気にしてても仕方ないか。クラウスさん、そのお酒取ってもらっていい?」

「いやいや、私が注ぎますよ」


 クラウスさんの傍に酒が置いてあったのでそう言うとそんな事を口に出したので申し訳なく思いながらもグラスを差し出す。

 それを見てフェーリさんが「わ、私がっ!」なんて言ったけれど時既に遅しクラウスさんが注ぎ始めてしまった。

 途中で止める訳にもいかずどうしたら、という空気が流れてしまったので「次はフェーリさんにお願いしますね」と言うと頬を僅かに染めながら笑顔で「はいっ」と答えてくれた実に良い子だ癒される。

 ボトルを持った次いでと言う事なのでクラウスさんが他の二人と自分のグラスに酒を注ぐとみんなグラスを片手に俺を見始めた。

 此れはつまり乾杯の音頭を取れって事なんだろう。


「んーじゃあ、今日から俺達は正式に仲間になる。此の事を各自胸にしっかりと刻むように! それじゃかんぱーいッッ!」


 客観的に見れば酷く恥ずかしい台詞ではあるけど勇者という立場を考えると謁見の間で失敗してしまった分を此処で取り返す事にする。

 他の三人は特に「恥ずかしい事言うなーこいつ」なんて思わなかったらしく「かんぱーい!」と言って各々グラスを掲げた。カランとグラス同士がぶつかる音が心地良い。


 さて、夏樹は高校生であり未成年である。なのに何故酒を飲むのかと言うと此処は異世界であり日本の法律とは違うのである。

 その事を肝に(めい)じて良い子のみんなはお酒は二十歳からだという事をしっかり守っていただきたい。

 更に言うと夏樹はこの時がお酒デビューであり何気に良い子ちゃん何だという如何(どう)でも良い事を此処に明記しておく。

 更に更に今更な上に作者が書き忘れていた事なのだが第一話で冬至が煙草を吸っていた事に関して触れさせていただくが喫煙は二十歳になってからであり冬至は悪い子なんだと指を差して笑ってやって欲しい。


「ん……酒って初めて飲むけど美味いんだなぁ」


 こくこく、と景気良く酒を喉へ流し込んで俺はそんな事を言う。

 此の酒が高級なのかもしれないけど非常に美味だ。


「へえ、勇者様ってお酒初めて飲むんすね」


 意外そうな感じにレイさんが言ってくるので俺は少し説明する事にした。


「俺の住んでたところじゃ二十歳までは酒飲んじゃいけなくて。それで今まで飲んだ事がなかったんですよ」

「あー、そうなんですか。因みに今いくつなんです?」

「ん? 十七歳ですよ」

「え!?」


 ん? と俺はその驚きの言葉に首を傾げる。

 どう見ても年相応だというのになんなんだろう、此の反応は。

 しかもレイさんだけではなく他の二人も驚いている。


「なんでそんなに驚くんですかね」

「あ、あははは……ゆ、ゆーしゃ様は童顔ってよく言われません?」

「いや、全然言われませんけど」


 そこまで言ってふと思い至る。

 よく異世界召喚物の物語の主人公って幼く見られるという事に。

 此処も例外なくそうゆう事なのだろう、日本人系の顔は本当に童顔に見られてしまうらしい。


 失礼な事を言ったと思っているのだろうか微妙に気まずい空気が流れ始めたので俺は話題を変える事にする。

 いや、実際はあまり変わってないのだけど俺自身気にしてる訳じゃないので普通の態度で空気を変える事にした。


「まあ、そうゆう事だと俺の方がきっと年下だと思うので敬語とか辞めてもらって良いですか? 年上の方から敬語を使われるのは苦手なので」

「え? ですが……」

「あ、本当? それなら遠慮なく」


 渋るクラウスさんを横に速攻態度を変えたレイさんにクラウスさんはキッと睨み付ける。

 するとレイさんは。


「睨みなさんなって旦那も勇者様に気を使わせるのはどうかと思うぜ? ホラ、フェーリちゃんも」

「わ、私もですかッッ!?」


 レイさんの言葉に「む」とか言って眉間に皺を寄せるクラウスさんと突然話を振られて困惑するフェーリさん。

 んー。タメ語とはそんなに難しいものなんだろうか。


「それよか勇者様も俺達に敬語とか要らないぜ? 俺達の上に立つ人なんだ。呼び捨てで良いし……って旦那を呼び捨てにするのは見た()(てき)に難しそうだな」

「……それはどういう意味だ?」


 レイさんの言葉にクラウスさんが眉間の皺を寄せて問い掛ける。


「ははは、そうゆう顔してっからだよ。もうちょい親しみ易い表情したらどうなんだ?」

「……む。では」


 そう言って笑顔を作ろうとするクラウスさん。

 が、しかし無理矢理笑おうとしている所為かその笑顔は酷くぎこちない物であり言葉では言い表せないほどおかしな表情になっている。


「…………ぷっ」


 そして耐え切れなくなり俺を含めた三人が同時に噴出してしまった。


「……私には無理だ」

「諦めるの早えよ」


 落ち込むクラウスさんに笑いながら酒を注ぐレイさん。

 その絵はその絵でシュールな光景でありどことなく和んでしまった。


「んで、勇者様は俺達に呼び捨てとタメ語で話せるようになったかい?」

「ん? んー。それじゃあ、レイ」

「はいよ」

「フェーリ、ちゃん」

「は、はいッッ!」


 レイには呼び捨てでいけたのにフェーリちゃんには呼び捨ては難しくちゃん付けしてしまう。


「まあ、フェーリちゃんを呼び捨てにするには難しいよな」


 うんうん、と頷きながらレイはフォローを入れる。

 気持ちは判ってくれている様だ。


「んじゃ、最後に旦那の番だな」

「あー、クラウス……さん」

「…………」


 呼び捨てに出来ずやっぱりさん付けで呼んでしまった。

 それがショックだったのだろうか無言で固まるクラウスさん。

 いや、もう、その(いか)ついお顔の貴方様を呼び捨てにするなんて俺には無理です。


「いや、本当すみません…………。嫌ってるとか怖いとかではなく、本当に威厳があって少し砕けた態度を取るのが難しいだけなんです」

「いや、構いません。こいつが特殊なだけでしょう」


 ふう。と溜息を吐きながらレイを指差すクラウスさん。

 指を差されて「ん?」と首を傾げながら酒を飲んでるレイを見て確かにとか思ってしまった。

 旦那、なんて呼びながらタメ語なんて俺には出来ないなぁ。


「あ、あのッッ!」


 そこでフェーリちゃんが声を荒げて声を掛けてくる。

 恥ずかしいのか顔は真っ赤だ。可愛い。


「私も、その、敬語を使っちゃ駄目、なんですか……?」


 いっぱいいいっぱいなんだろう、顔は真っ赤でその眼はうるうるしていて非常に愛くるしい……じゃなくて今にも泣きそうだ。

 そんな表情で言われたら流石に断れないじゃないか。


「あー、無理だったら構わないよ。……それと俺の事は名前で呼んでくれないかな? ちょっと勇者様とか呼ばれるのは恥ずかしくて。呼び捨てとかでも構わないからさ」

「ん。それならナツって呼ばせてもらおうか」

「……私は夏樹様で宜しいでしょうか?」


 レイの言葉にやっぱり不満なんだろうけど先程の件もあって渋々クラウスさんは何も言わずに自分の意見を言う。

 その問いに俺は笑顔で頷きフェーリちゃんのほうを向く事にする。


「私は夏樹さんって呼びます」


 先程と打って変わってニッコリとした笑みで言われた。いや本当に癒されるなあ。


「そんな訳でこれからも宜しく頼むね」


 そう言って手に持ったグラスを空にすべく一気に中身を(あお)った。

 グラスが空いた瞬間待ってましたとばかりにフェーリちゃんがボトルを構えてくれたのでそれに対して笑顔でグラスを差し出して注いで貰う。

 フェーリちゃんに注いでもらった酒を一口、口に含めるとクラウスさんには申し訳ないがなんか味がもっと良くなった気がした。

 うん、本当に申し訳ないんだけど。

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