003話 「若き国王」
俺にしか出来ないのならやります! と言った瞬間、その王様らしき人は目を丸くして驚いた。
自分で頼んでおいてなんだろ、その反応。
そう俺が不思議がっていたらその答えはすぐに王様らしき人の口から出てきた。
「……理由とか、聞かないのですか?」
「え? 魔族から守ってほしいんじゃないんですか?」
「……いや、それではなく。自分が選ばれた理由等、聞きたい事は山ほどあるでしょう?」
王様らしき人は不思議そうに俺の顔を見詰める。
まあ、言われてみれば聞きたい事は山ほどあった。
けど俺からしてみればそれが最優先って訳じゃない。
此処が何処なのか気になるのは当然だけど、別に後に聞いたって構わないだろうし。
俺は微笑んで王様らしき人に答えた。
「確かに聞きたい事は山ほどあります。ですが、それは後でも伺える事です。――何故俺が即決したか、理由を知りたいのでしたら答えは簡単です」
俺の言葉に尚不思議そうな表情を浮かべている。
その答えが判らないのだろう。
そんな王様かもしれない人にこんな表情を浮かべるのは無礼かもしれないが……少し可笑しくて笑ってしまった。
すると、やっぱり無礼だったのだろう眉間に皺を寄せて少しだけ不機嫌そうな表情になった。
俺は慌てて苦笑し、一つ軽く頭を下げて詫びる。
そして、顔を上げ王様らしき人に周りを見ろとジェスチャーする。
王様らしき人は周りを見て暫く眺めたが答えが判らないといった表情を俺に向けてくる。
焦らすのは可愛そうだ、俺はそう判断して口を開く。
「此の場で俺が公言すれば――此の人達は安心するでしょう? 俺が考えさせて下さいと言えばそれだけ不安がる。……それは俺にとって不本意なんです」
すると王様らしき人は再び、今度は眼を見開いて驚いた。
それと同時に周りの人々が歓喜の声を上げる。
「勇者様ー!!」
「今度こそ俺達を救ってくれー!!」
「どうか人間界に平和を!!」
希望、歓喜、期待。
色々な感情が入り混じった声が所構わず鳴り響いたがプレッシャーとかは感じなかった。
どちらかと言うと心地良い。
人に期待されるのが好きって訳じゃないけど、人が喜んでくれるってのはやっぱり嬉しい。
その歓声に俺は微笑んで手を振ってみたりしていると王様らしきその人物は肩を震わせ俯いた。
――泣いてるのだろうか?
それに気付いたのか人々の歓声は次第に収まっていき静寂が場を支配する。
「――済まない。水を差してしまったようだな」
顔を上げ袖で涙を拭うと申し訳なさそうに声を出す。
「……勇者様、申し訳御座いません。私は情けない国王です。此の国の兵達は好くやってくれています。ですが、魔族共の怒涛の攻撃に成す術がない。全て私の力量不足なのです。魔族を倒すどころか国を守る事も危うい……ですから、こうやって此の国でも此の世界の住人でもないかもしれない人間を喚ぶしかないのです。……此の国の民を考えての先程の発言、感動致しました。有難う御座います」
そう言って王様は深々と俺に頭を下げた。
周りの人々はそれを見て騒ぎ出したが止める人間は居なかった。
……きっと、勇者とはいえ平民に頭を下げるのは余程凄い事なんだろうな。
俺はそんな事を考えた後、地面に膝を付き、頭を下げた。
「俺のような流れ者に身に余る言葉を有難うございます。ですが、どうかお顔を上げください。貴方は此の国の王です。その様な方が俺なんかに頭を下げてはなりません。――俺は何も気にしてないのでどうか、お顔を」
その言葉に王様は一瞬驚いた表情を俺に見せたがすぐに顔を戻し、顔を上げる。
若さはあるが此の国の国王だという威厳のある表情の顔を。
多分、王様ってのも色々あるんだろう。
ゲームとかアニメとか漫画でしか知らないけど、実際勇者に「ああ、魔王倒してくれ」なんて頼んだとしても国を守るために色々しなきゃいけない事があるんだろうなあ。
魔王を倒せば国は平和になるって訳じゃないだろうし。
国を守るためにはやっぱり色々あるんだろう。
不安とか色々ね。
だからってそんな顔をしちゃいけないと俺は思う。
やっぱり上に立つ人間は不安な顔を下の者に見せちゃいけない。
それだけで凄い不安になると思うから。
虚像でもいい自信に満ちた顔で常に居てもらわないと。
「勇者様も、どうか顔を上げになってください。……いつまでも此処で立ち話という訳にもいかないので私達の城へ案内いたしましょう」
王様は俺に微笑みながらそう言うと少し遠くにある城を指差した。
俺は王様の顔を見て頷くと身体を起こし王様と共に近くにある馬車へと足を運んだ。
******
馬車に乗ってた時間は三十分くらいだったかと思う。
その間、俺は王様に色々な事を聞いた。
先ず、何故言葉が通じるのか。
此れは俺の発してる言葉が此の世界の言葉に俺の耳が相手の言葉を日本の言葉に自動翻訳しているからだとか。
細かく言えば違うのかもしれないけど概ね俺の解釈は合ってるみたいだ。
次に聞いたのはなんで魔族と戦争してるのかという事。
王様が言うには「遥か昔のある日、突然攻め込んできた」という事だった。
あまりにも昔の出来事で書物には詳しく書かれていないが、どの書物にも突然現れ人間を襲ったと記述されているらしい。
そして、魔王は強大で人間の手では倒せないとも。
それと同時に勇者を召喚する事になったと記述されている。
召喚は召喚陣を用いるもので「力」「勇気」「思いやり」等、勇者に必要だと思えるものを全て備えた者が喚ばれるように組み込まれているとの事。
そして、今回喚ばれたのが俺だった。
先代の勇者は魔王を一歩のところまで追い詰めたが紙一重のところで息絶えたと聞いた。
ゲームとかと違って勇者が必ず勝つ世界じゃないんだなあと俺は思ったけど、まあ此処は現実だから当たり前と言えば当たり前なんだよな。
他にも此の国は北の大陸を統べるノーヒック王国であるとか、魔界は此の北の大陸から更に北にある世界の果てとも呼ばれる孤島から行く事が出来るとか、その魔界に行く為にはいくつかのアイテムが必要だとか俺の知ってる王道RPGとそっくりな説明を受けた。
とりあえず、暫くはゲームと同じく世界を回ってそのアイテムを手に入れたりするらしい。
仲間は腕利きのを三人、用意してくれるとか。
道中に仲間を増やしたりしない辺りは昔のRPGを思い出させる。
この辺まで話を聞いた俺は一つ、疑問に思った事を王様に聞いたんだ。
「先代の勇者もそのアイテムを手に入れたんですよね? そうしないと魔界に行けない事になる」
ならば、そのアイテムは何処に?
そう疑問に思って王様に聞いたんだけど。
「私達にも行方は判っていません。ですが、今までの勇者様達もどの様な状況でも、旅の最中に必ず見付けておりました」
なので、旅をすれば必ず見付かるかと。
らしい。
まあ、見付かるのなら良いや。
どうゆうものかは王様も判ってないみたいだけど、話の感じではそれでも勇者なら見付けられるって事みたいだから深く考えるのは辞めにする。
要するに王道RPGみたいな感じなんだろうから考えるだけ無駄ってやつだろ。
そして、一通りの事を聞き終わった頃に城に着く事になる。
とりあえず、でかかった。
ゲームとかで良く見るでかい城をそのまま目の前に表した感じだ。
とにかくでかい。
馬車から出て王様と一緒に扉の前まで歩いてみたんだけど、大きさが更にひしひしと伝わる。
見上げてみても全貌が目の前からじゃ見えない。
屋根が見えないってどんだけでかいんだ。
うわあ、なんて情けない声を出して眺めていたら鈍重な音と共に扉が開きだす。
守りの事を考えての事だろう、相当丈夫そうな扉だった。
「勇者様のいた世界では珍しいのですか?」
俺の反応を見て王様は不思議そうに問い掛けてきた。
「いや、珍しいとかじゃなく。俺のいた世界ではこのようなお城は過去の物で現代では殆ど作られていませんね。残っている物は残っているんですが人が住むのではなく観光名所などにして地域の発展に役立てています」
俺の言葉に王様は眼を丸くして驚いた。
「では、どうやって魔物などの脅威から守っているのですか?」
「俺の世界には魔物が居ません」
そう言えばあんぐりと口を開けて王様は固まった。
驚いてるんだろうけど、王様としてその間抜けな状態で固まるのはどうかと思う。
「お偉いさん達はそこそこセキュリティがちゃんとしてるでかい家に住んだりしてるので安全です。魔物が居ないのでこんなに強固な守りを敷いてる訳ではないんですが、警備や護衛などもちゃんと存在してしっかりと警護してるので基本的には大丈夫なんですよ。俺等の世界だと人間の敵は人間なので、そっちのほうが俺は恐ろしく思いますが」
「人間同士が争っている世なのですね」
「……まあ、概ねそんな感じです」
日本では戦争とかは無縁の話だし、世界規模での戦争は何年も昔に終結しているからきっと王様の思ってるような世界ではないんだけどそれを否定するのは敢えて辞めとく事にした。
王様は俺の話を聞いて何か思うところがあるのだろうか「ふむ」とだけ言葉を紡げば他に何か言う事はなかった。
暫く沈黙が流れたが程無くして城の扉が完全に開いたので王様は口を開く。
「さあ、此方へ」
そう言って手を城の方へ向け王様は中へと進んでいく。
俺も王様に習って城の中へと入る事にした。
中に入れば側近の人なのだろう、王様が来るなりすぐ近くへ駆け付け何やら耳元で何かを言っている。
距離的に俺には聞こえないだろうと思ったけど、気になるから少し注意をそっちに向けてみたら――
「あれが新しい勇者様ですか?」
……聞こえた。
いや、絶対有り得ない距離なのに何故かはっきり聞こえる。
なんでだ。
疑問に思って思考を巡らすがその間側近が話していた話が耳に入っていない事に気付く。
あれ? と思って耳をそっちに集中させる。
「――ですか。レイとクラウス、フェーリは謁見の間に待機させております」
「ああ、そうか。判った。後で勇者様を連れて向かおう」
今度は聞こえた。
どうやら集中すると聴力が増すらしい。
此れも此の世界に来た所為なんだろうか。
側近らしき人は王様への報告が終わったみたいですぐさま違う方向へと去っていった。
それを軽く見送った王様はこっちの方へ振り返り、
「今後、勇者様のお供になる腕利きの三人を此方の間に用意しております。付いて来て下さい」
と言った。
俺は軽く頷いて了承の意を表したがどうしても聴力の事が気になって慌てて口を開く。
「あのっ! ――えーと、盗み聞きするつもりは毛頭なかったんですけど。さっきの話が何故か俺には聞こえて……」
そう俺が口にしたら王様は眼を丸くして驚いた。
「さっきのと言いますと、私と先程の者との会話の事ですかな?」
「……はい」
「勇者様は耳が良ろしいお方なのですか?」
「いえ、そんな事はないです。それに集中しないと全く聞こえなかったので多分こっちの世界に来た所為かなって俺は思うんですけど」
「……此方に来た所為で? そんな事はないと思いますが……そもそも召喚陣にそのような機能は付いておりません」
「だとしたら……」
「可能性としては恐らく此の世界に来た所為ではあると思いますが、私には原因は判りかねますね……」
うーむ、と二人揃って首を傾げる。
身体能力の向上は異世界召喚型の物語では在り来たりで俺個人としては全く驚く様な事ではないんだけど、王様は心底不思議そうな表情をしていた。
まあ、きっと前例がない特殊な事例なんだろう俺は。
「……後で色々と調べてみましょう。他にも変わった部分があるかもしれませんし。……ですが、申し訳ないのですが先に此方の要件を済ませても宜しいでしょうか?」
「あ、はい。――確かレイさんとクラウスさん、フェーリさんとお逢いするんでしたよね?」
俺がそう言うと本当に聞こえていたんだな、と何処か納得した表情で王様は頷く。
そして、また前の方へ向き直して俺の前を王様は歩いていった。
俺はその後ろを少し離れて付いていく。
******
道中他に変わった事も邪魔もなくすぐに謁見の間という所に着いた。
「この先に三人がいます」
王様はそう言うと扉の前に立っている兵士の格好をした人間に扉を開けるよう指示を出す。
兵士は王様の指示にすぐさま反応し扉を開ける。
扉はすぐ開いた。
先ず視界に入ったのが少し高いところに位置する王様が座るらしき玉座。
その横に立っている執事のような格好をした人物。
そして、玉座より下の部分、高さは今俺が立っている床と同じ位置で立っている三人の姿が眼に入る。
一人は歴戦の戦士といった風貌で赤髪の短髪、背は百八十を優に超えるだろう。
鎧はがっちりとした物を着用しており外にいた兵士よりも位が高い事が見ただけで判る物だ。
だが鎧の上からでもその身体は鍛錬を欠かしていない物だと判るほど立派だった。
もう一人は銀髪で長さは短くもなく長くもない所謂御洒落な雰囲気を醸し出すちゃんと整えられた髪形だった。
服装のほうは鎧ではなく少し丈の長いフード付きの真っ黒のコートを羽織っていてガタイも隣の人に比べれば軟弱そうに見えた。
背も高くなく百七十くらいの自分とあまり差はなさそうだ。
だが、だからと言って見た目通り軟弱なのか? と問われれば俺は断じて違うと断言出来る。
見た目とは裏腹に彼もまた歴戦の戦士だという事が雰囲気から察する事が出来た。
そして、最後に此のパーティーの紅一点になる存在が居た。
綺麗な茶色の髪の毛は腰より少し上の位置まで下げており、背は小柄で百五十くらいだと思う。
そして、どう見ても可愛かった。
最初に見た男は左目の部分に切り傷があり凄い厳つくて正直怖いし、銀髪の彼は怖さはないもののどう見てもイケメンでなんかチャラそうでアレだったが、此の娘は素直に仲間にしたいと思ってしまった。
服装は清楚な白のワンピースでそんな装備で大丈夫か? とか言う最近流行ってた単語を口に出したくなるものだったが、それが逆に守って上げたいとかいう男ならではの願望で掻き消された。
因みに念の為に言っておくけど俺はヲタクじゃないんです。ただヲタクの友達が最近やたらと口にしてる言葉がポロッと出てきただけなんです。
あ、別にヲタクがダサイとか恥ずかしいとか嫌いとかそんなんじゃなくてですね、ちょーっと趣味が合わないかなとか思ってる訳でごにょごにょ。
閑古休題。
一通り俺の仲間になる予定っぽい三人を見終わったところで王様が中に進むように促す。
勿論俺の前を歩くのは王様で俺は後ろを付いていくんだけど。
と、ここで俺は再び自分の能力上昇に気付く事になる。
さっき三人を何も考えずに観察したが実際問題あの距離でそんな鮮明に姿が見える筈がなかった。
なのにはっきりと観察する事が出来た。
という事は聴力の次に視力も上がっている事だという事に今更ながら気付いた。
まあ、気付いたからって今此の場で言うような事じゃあないから黙って歩く事にする。
俺と王様が近付いて行く度に三人の顔が緊張で硬くなっていくのが手に取るように判る。
俺に緊張してるのか王様に緊張してるのか――まあ、此の場合だとどっちもなんだろうけど。
程無くして距離がある程度縮まったらその場に居る全員が膝を床に着け頭を下げる。
それを見て俺は戸惑ったが気配でそれを感じたのだろう振り返った王様が軽く微笑み俺に向ける。
それを受けて堂々とまではいかなかったが戸惑う事を辞めにしてひたすら俺は王様の後を付いて行く事に専念した。
いやあ、アニメとかで良く見るシーンだけど実際自分がされる側になってみるとなかなかに居心地の悪さを感じるね。
――んで、俺は一体何処まで王様の後に続けば良いのだろう?
良く見てみれば既に玉座の前の段差まで足が進んでおり後一歩前へ足を踏み出せば段差の一段目へと差し掛かる。
客観的に見れば上れば良いのだろうが、現に王様は何も言わずに黙々と上っていらっしゃるし。
だけど、この先ってやっぱり身分的に平民は上っちゃいけないんじゃないかな、なんていう思考が邪魔をする。
マナーやら規則やらで無礼に当たったら嫌だしなあ、と一秒にも満たない間にこんなくだらない事を一瞬で考えた後、俺は上る事にした。
まあ、間違えだったら誰か教えてくれるよね?
とかいう他力本願全開の結論を導き出した俺は王様と同じく黙々と段差を上っていく。
上ってる最中誰も口を開かなかったから別に問題はなかったんだろう。
王様が段差を上りきって玉座に腰を掛けると殆ど同時に俺は王様の横に移動し邪魔にならないよう立つ事にした。
それを視界の隅で確認した王様は一言「顔を上げよ」と口を開く。
「はっ」
はっきりとした発声でその場に居た全員が声を上げ一斉に顔を上げ身体を起こす。
さっきは遠かったから特に何も気付かなかったが近くに居ると判る三人の並々ならぬオーラが。
顔を上げた三人を王様は一瞥し、何かに納得したのか一度頷けば、
「私の隣に立っているのが今回の勇者様だ、名は――」
「――青柳夏樹です」
そう言えば名前を王様に教えてないことに今更ながら気付き慌てて自分の名を此の場で名乗る。
少し不自然な間が出来たが誰も気付かなかったのか気付いた上でスルーしてるのか判らないが誰も表情を変える事はなかった。
「御前達を此処に呼んだのは他でもない。――察しは付いているであろうが御前達には勇者様の旅に同行してもらいたい」
「はっ! 光栄で御座います!」
王様の言葉に三人は同時に言葉を発して胸に手を当て頭を下げる。
「――勇者様。右からクラウス、レイ、フェーリで御座います。――クラウスは我が国一の剣士であり近衛騎士団の副団長を務めております」
「国王様からその様な勿体無き言葉、光栄であります」
「次にレイですが、彼は此の前の闘技大会で優勝した実力者であり世にも稀な魔法銃士で御座います」
「俺の様な者にお声を掛けてくれるなんて光栄です」
「そして、最後にフェーリですが我が国の五指に入る優秀な魔術師で御座います」
「皆さんの足を引っ張らないよう精一杯頑張ります!」
さっき王様に礼をした時に比べてやや砕けた言葉で返すレイさんとフェーリさんだったけど王様もクラウスさんも執事っぽい人も何も言わない。
まあ、本当はさっきのは形だけってのがバレバレってのはきっと問題がないって訳じゃないんだろうけど緊張してるのは見え見えだし、クラウスさんと違ってこうゆう場に慣れてないんだろうからとやかく言うほど心の狭い奴はいないって事なのかな、と俺は勝手に思う事にした。
三人の紹介が終わったところで少しだけ沈黙が流れる。
紹介が終わって三人の顔と特徴と職業を覚えるのでいっぱいいっぱいで気付くのが遅くなったけどみんなの視線が俺に注がれていた。
そのまま誰も喋らず沈黙に変わってる。
――俺も紹介しろって事なのかな。
此の場に俺の事を紹介出来る人間など一人もいないので自己紹介してくれという意味なんだろう。
その視線の意味を俺はそう受け取って口を開く。
「――こほん。あー、此の世界に召喚された今回の勇者、です。名前はさっき言いましたが青柳夏樹。俺のいた世界での名前だから此の世界では珍しいと思うんだけど……って翻訳されてるからどうゆう名前でお互い伝わってるのか判らないのか。まあ、いいや。えーっと、武術を嗜んだ事は殆どないです。路上喧嘩を良くやっていたのでそこまで弱くないと思うんですけど……どうなんだろ? あー、まあ、剣術は申し訳程度に少しやった事があるくらいなんで、色々と教えてもらえればなー、と」
何を言えば良いのか良く判らず非常に格好悪い自己紹介になってしまった。
なんか高校一年の初めての授業を思い出す。
剣術は少しだけ齧ったというのは部活で剣道をやっていたってだけで道場に通ったりはしてない。
強さ的には路上喧嘩で培った反射神経やら何やらに頼りまくっての剣術という技術をあまり駆使しないものではあるけど県内では「あいつ強いな」くらいの評価は得ている。
ただ全国的に見るとどうかは知らない。
というか、大会の最中に決まって魔王関連の事件に巻き込まれるから俺全国大会とか出れた事ないし。
運が良くて県大会までだったもんなー。
あーあ、なんて己の中で溜息に近い物を吐き出す。
と、溜息っぽい物が深呼吸のような役割を果たしてくれたのだろう、緊張やら恥ずかしさやらで自分の事しか考えられなかったが漸く周りの空気が微妙な事に気付いた。
あっれー。なんですか此の空気ー。
自分の中で素っ頓狂な声を上げる。
王様は固まってて執事っぽい人は若干睨んでる、クラウスさんが眉間に皺を寄せててレイさんが苦笑、フェーリさんは驚いてるっていった感じだった。
「あー……、もしかして戦闘に関しては素人って事っすか?」
場の空気に耐えられなくなってきた頃にレイさんが苦笑したまま問い掛けてきた。
馬鹿にしてる、とかではなく、確認してる様なその口調は砕けたものではあったけど嫌な気分には全くならない。
個人的には、だけど。
現に隣に立ってるクラウスさんの眉間の皺が一瞬だけど、二倍近く増えてた。
「素人って訳でもないけど、先ず言えるのは殺した事、殺そうとした事はない。毎日一日中何かの武器の鍛錬をしてた訳じゃない。人間との実戦経験はあるけど、喧嘩だから正確に言えば戦闘じゃないか……ああ、俺のいた世界では魔物が存在しないので魔物との戦闘は一度もないです」
はあ、と何処からか溜息が聞こえた。
誰だろう? と辺りを見回すが周りにそんな事をしてそうな人はいなかった。
「とりあえず、レベルを計ってみましょう」
キョロキョロ、と周りを見てた俺の耳に実に聞きなれた単語が飛び込んできた。
「レベル?」
「ええ、レベルです」
執事っぽい人の発言だったので王様を挟むように会話する。
ちょっと気まずさを感じたが仕方ないって事で気にしないようにした。
俺の言葉に「レベルって何?」という意味が含まれてる事を的確に汲んだ執事っぽい人は何かを取り出すしぐさをしながら言葉を続ける。
「レベルとはその人の強さを表す一つの基準です。最低は一から始まり最高は百を超えると聞きます。最高が何処まであるのか、という疑問にはお答えかねます。何故ならば誰も見た事がないのです。……人類最強といわれているレベルは九十九レベル。これが書物の中では最強と記されています」
話を聞いて俺は思った。
思いっきりゲームじゃないかぁぁぁぁぁあああああ!!!
九十九レベルってそれ以上上がらないから! 基本的にそれ最高レベルだから!
今まで「ああ、これって現実なんだな」って少し落ち込んだ気分でいたけど途端にテンションが上がった。
微妙にゲームの世界に迷い込んだ感じがして自分のレベルを知るのが少し楽しみ。
……物語の初めだから低い気がするけど。
ここでふと幾つか疑問が浮かび上がってくる。
「あの、質問があるんですけど」
「どうぞ」
執事らしき人はその身に纏ってるスーツの幾つかポケットをゴソゴソと漁りながら返事してくる。
ポケットの中から色々な物が取り出されては仕舞われてを繰り返している。
そのポケットは四次元に繋がっているんでしょうか?
という質問を口から飛び出しそうになったのを必死に押さえ最初しようとした質問を口に出す。
「レベルってのは後からも上がっていくものなんですか」
「そうですね、鍛えれば上がっていきます」
「成程。先代の勇者は大体どれくらいのレベルで此の世界に来てどれくらいのレベルになったんですか?」
「最初は六十からスタートして最終的には九十二まで上がりました」
おお。思いっきり裏技使ったスタートだったのか。
「異世界から召喚された勇者様に限るようですが、どうやら異世界から来られた場合レベルが上がりやすくなっているようです。まあ、簡単に言えば強くなりやすいようです。六十から七十を一年掛からずに達成するのは此の世界の住人では不可能と言えますからね」
成程ね、通信してもらったモンスターは自分で捕まえたモンスターよりも成長しやすいって奴と同じ現象か。
なんてゲーム知識に置き換えて納得すると執事っぽい人が漸くポケットから御目当ての物を見付けたらしい。
それは少し平らな唯の石にしか見えなかった。
「此の石を手の上に乗せて少し待つと自然と石の上に文字が浮かび曲がります」
執事らしき人はお手本のように手の上に石を乗せて少し待つ。
すると石の上の空間にこれまた俺が良く見慣れている物が浮かび上がった。
「うわ、ステータス画面……」
どこからどう見てもそれはステータス画面だった。
レベルと他にも細かな強さが記されてるみたいで色々と書かれている。
「というか、字も読めるんだな」
ステータス画面に書かれている文字は何故か俺にも読めたのでそんな事を漏らす。
「言葉と同じ原理で読めるようになっております」
補足するかのように王様は付け足した。
成程ねー。
「えと、文字を書く事はどうなんですか?」
「それも可能です。――簡単に申し上げますと勇者様の使ってる言葉が全て此方の言葉になるよう入れ替えてあります。つまり勇者様が扱う言葉は全て此方の世界の言葉になるようになっています」
「……つまり、俺の頭の中に存在してる言葉は日本語だったんだけど、それが全部こっちの世界の言葉になっていて俺が日本語だと思って使ってる言葉は全部こっちの言葉になっているって事、ですか?」
「勇者様が使っていた言葉が何と言うものか此方の世界では翻訳出来ず聞き取れませんでしたがそう捕らえてもらえれば間違っていないかと」
「……え、日本語って何て聞こえるんですか?」
「……発音しにくいですな」
日本語という単語が此の世界に存在しないから通じないんだろうなあ。
んー。そう考えると自動翻訳ってのも万能じゃない、か。
と思考を切り替えてステータス画面のほうへ目を向ける。
レベル四十一、ちからE、みのまもりE、かしこさB、すばやさCと書かれている事が読めた。
装備とかHPとかMP、名前は書かれていないがそこまでゲームに忠実だったらそれはそれで引くからなんとも言わない。
「此のEとかBとかってどうゆう基準なんですか?」
「十段階で存在しておりまして、Gから始まりましてF、E、D、C、B、A、S、SS、Unknownという順番に強くなっていきます。一番上のUnknownですがUと表記されるらしいのです。――しかし、人間でそれを表記させた者は存在しません」
「人間で……?」
その言い方が若干気になって鸚鵡返しのように同じ言葉を繰り返してしまった。
俺の問い掛けに気を良くしたのか無表情だったその顔に笑みが浮かぶ。
「察しの通りです。Unknownを表記させた存在は――魔族です」
「……………」
その言葉に冷や汗が流れた。
ゲーム的な知識で言うとそのUnknownなんてパラメーターは相当厄介なんだろうと思う。
ラスボス倒して裏ボスが持ってるような、そんなイメージだ。
「他に何か質問等は御座いますか?」
執事らしき人の言葉に俺は無言で首を横に振る。
すると執事らしき人は俺の傍まで歩いてきて石を渡した。
俺はそれを受け取ると手の上に乗せてみる事にする。
ちょっと緊張してきた。
程無くして俺の目の前にステータス画面が開かれる。
「…………は?」
その場にいた誰もが同じように間の抜けた声を出してしまった。
それもその筈だ、と俺も思う。
だってさ、人類最強が九十九レベルだったんだろ?
俺は何かの間違いであってくれという希望を込めながらステータス画面を見やる。
そこに表記されていたレベルは間違いなく――百だった。