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勇者と呼ばれたあいつと魔王と呼ばれた俺様。  作者: 柳乃 晟
「勇者と呼ばれたあいつと魔王と呼ばれた俺様。」
2/8

001話 「吸血執事」

「滅ぼす、で御座いますか」


 人間を滅ぼす、という俺の言葉に面食らってキョトンとした顔でジジィが言った。


「失礼で御座いますが、魔王様は人間に見えます。――同族を排除するのに何の抵抗も御座らんので?」


 そこまで聞いて相手と自分の認識の食い違いに気付いた。

 俺はあくまで"テメェ等で"滅ぼせと言ったつもりだったのだがどうやら此のジジィは俺も一緒に滅ぼしてくれるのだと勘違いしてるみたいだ。

 まあ、俺が本当にこいつ等の上に立って指揮するんなら面倒だから滅ぼしちまうだろうけど。


「認識の相違だ。俺はテメェ等の親分でも何でもねえ。悪ィが一緒に戦うとは一言も言ってない」

「……む」


 俺の言葉に眉間に皺を寄せ言葉を詰まらせた。

 だが、それも一瞬の事ですぐさま表情を戻すと次の言葉を発する。


「とりあえず、立ち話もなんですし。どうです? (わたくし)共の城で食事でもしながらゆっく――」

「残念だがそのお誘いには乗れねえな。俺は何よりもあんたを信用してない。それに此処は俺の住んでた世界とは違うようだし、()ぶってあんたが公言したんだ。どうやら此の世界には魔法……みたいなのが存在するらしいな」

「ふむ、確かに魔法は存在しますが」

「つー事は、だ。まず俺には此の世界の知識が満足に存在してない。だが、逆にそれでも警戒する事は可能だ。――例えば魔法の中に相手の意思を無視して操る魔法があるって仮説を立てる、とかな。ま、使えんなら今あんたが使ってるだろうけど」


 ピッ、と俺はジジィに向かって指を立てる。


「ま、あくまでも仮説だし。使えるなら今使ってる。使わないのには理由がある。そこは理解してその辺の信用はしてやる。が、爺さん以外の人間はどうだ? 使わないと此処で公言されてもそれはそれで信用出来ねーよな?」


 どうだ? とばかりに目でもジジィに問い掛ける。

 するとジジィは困ったような表情になり視線を下に落とす。


「ふう。今回の魔王様は何かと頭が回るお方のようで」

「落ち着いてりゃ誰にでも思い付く事だ」


 するとジジィは「確かに」と小さく呟いて微笑んだ。

 異世界に飛ばされて初めて出逢った人間……じゃねえか。

 まあ、人間モドキを信用するのが普通は阿呆のする事なんだけどな。

 ただ、異世界に飛ばされて初めて、ってのが逆に判断を鈍らせる。

 他に頼る人もいないこんな気持ち悪い場所で魔王の話云々は置いといて城へ招かれたら付いて行きたくはなるわな。

 そこで俺はある重大な事に気付いた。


「そういや、言葉は通じるみてーだな」


 気付くのが遅れたのはあまりにも自然に会話が成立していたからだ。

 別に俺が抜けてる訳じゃない。


「此の召喚の効力で御座います。言葉は此方の言葉に翻訳されるよう弄ってあります」

「つまり俺が爺さん達の世界の言葉を話せるようになってると」

「そうで御座います」


 なるほどなるほど。

 つまりは、俺が日本語だと思って話してる言葉が英語に変わってるみたいな感じなんだろう。

 同じ原理で耳もそうなってるのか。

 て事は(ことわざ)とかこっちの世界で翻訳出来ない言葉は通じないって事になるなぁ。


 ふむふむ、と俺が色々と思考を巡らせていると。


「どうあってもお城の方へは来て下さらないのですか?」


 とジジィがそんな事を言ってきた。


「まあ、そうなるな。魔王ってのは他に探してくれ。俺は辞退す――」

「申し訳ありませんが、それは出来ぬ話なのです」

「あ?」

「貴方様以外に魔王は存在しません」

「あん? 俺みたいに適当に引っ張ってきて魔王にすりゃあ良いだろ」

「適当に選んでる訳では御座いません。――数ある世界の中で此の世界の魔王に相応しいのが貴方様なのです」

「あ? 俺、選ばれて此処に居る訳?」


 俺の問い掛けにジジィは無言で頷く。

 うっわー。何その選ばれても嬉しくないの。

 福引の残念賞並みにいらねーよ。


「つーか、なんで魔王を選ぶ事になったんだ? 前の魔王は?」

「――お亡くなりになりました」

「死んだっつー事か。死因は?」

「先代の魔王様は先代の勇者と戦い、辛うじて勇者を倒す事が出来たのですが……その時の戦いで負った傷が原因で……」

「なるほどな。――で、先代の勇者って事は」

「察しの通り、あちらも新しい勇者を探しているでしょう。何せ魔王様が亡くなられたのは人間共の耳には入って御座いませんから」


 勇者と戦って勇者は殺され、だけどその時の戦いの怪我で魔王も死ぬ事になった、と。

 まあ、此処はゲームとは違うみたいで勇者もちゃんと死ぬんだなー。

 ……そりゃそうか。

 ゲームはご都合主義の塊だ。現実に持ってくるもんじゃねえ。


 にしても、どうするか。


 城に行くのは正直危険だとしか思えない。

 全員が全員祝福してくれるとは到底思えねえ。

 例え相手が人間だと仮定しても快く思わない奴だって存在する筈だ。

 魔王と言う権力を手に入れるためにあの手この手使ってくる輩も居る筈だ。

 ――人間でもそれだ。

 ましてや魔王って事は此処は魔界か何かであの城に居るのは魔族なんだろ。

 人間以上に信用出来ねーぞ、オイ。

 かと言ってこのまま彷徨(さまよ)うのも良い手とは言えない。

 せめて此のジジィの信用さえ得る事が出来れば俺の考えも変わるんだろうなぁ。


 さて、どうしたものか。


 と俺が今後の事について少し悩んでいたらジジィの方から話し掛けてきた。

 どうやら俺の表情で何を考えてるのか理解したらしい。

 顔に出やすいのか? 俺。


「――魔王様。どうすれば城のほうへ足を運んでくださいますか」


 んー。どうすれば、ねえ。

 そうだなぁ。


「爺さんが何があっても俺を守ると絶対の忠誠を誓ってくれるのなら、――というか、あれだ。俺の身の安全を絶対的に保障してくれるのなら、だな」

「……それはなかなか難しいですな」

「だろ?」

「しかし、命を奪われたり無理矢理従わせる、といった事はしないと断言出来ます」


 ジジィの言葉に「ん?」と俺は首を傾げる。


「まず命を奪う、此れは確実に致しません。何故ならば今一番強い魔王様は貴方様でその貴方様をどうにか殺したとしても結局は違う魔王を喚ばなければなりませぬ。しかしこんな短期間に違う魔王を喚んでも貴方様より弱い者が来るだけです。それもどれほど弱いのかさえ判らずにこんな賭けは誰もしません。そして無理矢理従わせる、ですが此れもないでしょう。――魔王様に私共が精神干渉系の魔法を使用しても効果がないからです」

「……爺さん今の話に幾つか聞きたい部分がある」


 俺は目を僅かに細めてジジィを見据える。


「何で御座いましょう」

「――まず、俺を他の奴が簡単には殺せないといった言い方をしたのは何でだ? 俺は多少腕には自信がある、が。それはあくまで前の世界での話だ。魔法やら魔族やらが存在する此の世界で生き残れるとは到底思えない」

「そうですか。貴方様の前居た世界を私は存じませぬがその理由は簡単です。魔王に選ばれている時点で私共より遥かに強い」

「根拠は?」

「簡単です。選ばれるのは異世界の住民だけではなく"此の世界の魔王に相応しい者"が対象なのです。私共の中に貴方様より強い者が居たらその強者が喚ばれる事になります」

「魔法も使えないのにか?」

「使えるでしょう。多分自身では判らないのでしょうが魔王様の魔力は素晴らしい」

「魔力があってもそれを扱える事にはなんねえんじゃねえの?」

「――ふむ。しかし、それほどの魔力があるのでしたらきっと適当に使っても相当な威力を誇るかと思いますが」

「適当に?」


 右手を目の前へ伸ばす。

 目標は数百メートル程先にある木。


 まあ、適当って言ってもなあ。

 何かイメージしてみるか。

 とりあえず、よくアニメや漫画では自分の中にある気を練り合わせるとかなんたらとかよく聞くよなぁ。

 まずは、それをイメージして。


 すると俺の右手が何やら光り出す。


「おお」


 少し感動して声を漏らしちまったが光はそのまま俺の手に固定されてる。

 さて、これをどうするか。

 なんとなくだが魔力の使い方って言うか練り方っつーか、そうゆうのが判るようにはなった。

 感覚としては、まあ、自分の中にある何かを右手に集中させる感じ。

 というか、此れ。魔法っつか気功に近いんだろうな。


 ということは、だ。


 次にそれを打ち出すイメージを沸かせる。


 ヒュン!

 ――ドォン!!!!


「……は?」


 イメージした途端それは勢いよく飛び出した。

 それも物凄いスピードで。

 で、狙い通り木に命中したんだが。


 ――木を中心に直径数十メートルのどでかいクレーターが生まれた。


 ……オイ。

 適当にやったら俺の手からミサイルが生み出されたぞ。


「爺さん」

「さすが魔王様ですなぁ」


 感心したかのような表情で髭を弄りながらジジィは言った。


「いや、何がさすがなのか判んねーけど……此れって結構凄ェの?」

「初めてにしては上出来でしょう。…無属性魔法の中位レベルに相当しますな」

「中位、ねえ。それがどれだけ凄ェのか判らねーが」

「……そうですな。まあ、中位魔法ならば人間を十人単位で消し飛ばす事が可能かと」


 ……相当な威力だな、オイ。

 ジジィの言葉に俺は開いた口が塞がらない状態になった。

 十人単位で人を消し飛ばす兵器を俺の知ってる限りで考えてみるとどれもこれも洒落にならない物騒なものしか思い付かないからだ。

 ミサイル、地雷、魚雷、機関銃……とか、な。

 そう簡単に適当にホイホイ出して良いレベルじゃないもんばかりだ。

 すっげー! やったぜ!! と素直に喜ぶには少し手に余る代物だ。


「適当に出したらそのレベルか。――まあ、此れで俺が簡単に殺されないってのは納得してやろう。本当は近接戦闘やらの力量とか色々気になる部分があるっちゃあるんだけど、もうちょい今のも威力上げられそうだし、此れ使えりゃ早々簡単にはやられないだろうな」

「納得して頂けて光栄でございます」

「んじゃ、次の質問だ。なんで俺に精神干渉系の魔法が効かない?」


 一番疑問なのは此処だ。

 殺されない、という理由は何となくだが色々想像出来た。

 まあ、一番在り来たりなもんだと異世界から喚ばれた事によって何かしらの力を得る、といったもんだ。

 ゲームやアニメの世界ではよくある話しだし、こんな状況だから考えない事はない。

 他にも色々考えられる、此の世界の住人は地球の住人より圧倒的に弱いとか、魔王軍は今や壊滅寸前の大ダメージを受けているとか。

 そういったところで考える事は可能だったけど、精神干渉魔法は防ぎようがないんじゃないか?

 どうゆう魔法かも判らんのに何故対処出来ると言い切れるのか。


 そんな疑問にジジィは平然と答えた。


「此れも理由は簡単で御座います。魔王様の魔力及び精神力に私共が干渉する事など出来ません。あまりにも桁が違いすぎます」

「……俺の精神力と魔力があまりにも強大すぎて爺さん達の魔法程度じゃ何も起こらないと?」

「そういう事で御座います。飲み込みが早くて助かりますな」


 ふむ、それはそれで理に適ってるな。

 だが。


「質問は以上だ」

「なら、魔王様の身の安全が保障された事ですし――」

「が、まだ一つだけ問題が残ってる」


 ピッ、と指を一本立たせながら俺はジジィに言った。

 ジジィはそんな俺の行動に目を見開いて驚いたような表情を浮かべたがすぐに表情を戻す。


「何で御座いましょう?」


 今までと違い低く少しだけ苛立ちが混ざった声。

 いい加減にしろよ、とでも言いたげな声色に俺は頬を緩ませる。


「まあまあ、爺さん怒るなって。――普通に考えれば判るだろ? 俺の言いたい事」


 立てた指をくるくる回しながら俺はジジィにそう言う。

 まるで遊んでるかのような俺の行動に眉間の皺を増やしたがとやかく言うつもりはないらしい。

 (あご)に生えてる立派な髭を軽く撫でながらジジィは少しだけ考える。


「……ふむ。まだ私の事を信用していない為、今の話の真偽が判らぬ以上無闇に行く事は出来ない、といったところでしょうか」

「ビンゴ」


 パチン! と指を鳴らしながらジジィに言う。

 だが、正解して喜ぼうにも現状としては全く喜べない問題であるためジジィは複雑な表情で俺を見詰めてくる。


「理に適ってて理解は出来る、ただ俺には知識がねえからそれに関してハイハイと簡単に信じてやる訳にはいかねーんだよな」

「ふう。なかなか信用を得るためには難しそうですな」

「そう簡単に信じてたら命が幾つあっても足りねーよ」


 俺の言葉にジジィは少しだけ微笑んで見せ、すぐさま真顔で俺様を見る。

 空気が変わったのが俺にも伝わった。

 俺もさっきまで茶化していた空気を押し殺して真面目な態度でジジィへ目を向ける。


「ありがとう御座います」


 とジジィは感謝の言葉を述べた。

 まあ、真面目な対応を取った事に対する言葉だろうが礼を言われるのは何となくくすぐったい。

 大した事した訳じゃねーのにな。


「――私は今まで歴代の魔王様に付き従った執事で御座います。彼此(かれこれ)何人もの魔王様を見てきました。そして同時に忠誠も誓ってまいりました。……なので、今回も貴方様に忠誠を尽くす所存で御座います。」


 ジジィはそう言うと胸に手を当て膝を付いて(こうべ)を垂れた。


「私の種族は真祖の吸血鬼(ヴァンパイア)でございます。吸血鬼は心の臓を壊されると死に逝く運命(さだめ)で御座います。――ですが、心の臓を取り出す事も可能です」


 とそこまで言うとジジィは胸に当てていた自身の手を胸の中へと突っ込んだ。

 グシュ、と肉が裂かれる音と血が噴出す音が響く。

 正直気持ちの悪い光景で目を逸らしたい。

 が、ジジィの気持ちを汲むと目を逸らす訳にはいかなかった。

 暫くグチュグチャと肉が掻き混ざるような音が響いたが暫くすると手が胸から出てきた。

 その手には自身の心臓のようなものがしっかりと握られている。


「此れが私共、吸血鬼の忠誠の印で御座います。此の心の臓を主へと渡しいつでも私の命を奪われるようにする、此れが忠誠の証なのです」


 ドクンドクン、と身体から離れているのにも関わらず鼓動を打ってる心臓を眺め、そしてジジィの眼を見る。

 目は口ほどにものを言う。

 眼を見たほうが判る事もあるのだ。


 そして、俺は一つの答えを出す。


「――保険、って事か」


 その言葉にピクリ、とジジィは身体を震わす。


「忠誠を誓う事には嘘偽りねえんだろうけど、俺に命を預ける度胸はねえみたいだな」

「はて、何の事でしょう」


 (とぼ)ける演技をするジジィを見て口元を吊り上げる。


「吸血鬼の身体って人間と同じ構造じゃねえんだろ? 心臓は急所じゃない。違うか?」


 ピクッ、眉が吊り上る。


「爺さんの眼の光に覚悟が足りてねーのが丸判りだったぜ?」


 俺の言葉に折れたのか、はあ、とジジィは溜息を吐く。


「本当に、今回の魔王様はやりにくいお方で御座いますなあ」


 ジジィはやれやれといった具合に苦笑を浮かべる。

 そして、そのまま俺の眼をジッと見詰め。


「しかし、眼を見ただけでそこまで判るものなのですか」


 そう、問い掛けてきた。

 眼にも顔にも出してないつもりだったのだろう、今後の参考にというような意味も含まれての質問だった。

 しかし、俺はジジィの期待には添えられない。


「あー、んなのハッタリだよ」

「はい?」


 ポカン、とジジィは呆気に取られたのか口を開いたまま動かない。


「俺の世界にも吸血鬼は存在していてな。まあ、空想上の生き物だと思われてるんだが一応結構有名で色んな話が存在してる。と言っても此の世界の吸血鬼とは多分違うんだろうけどな? まあ、そんな訳でも吸血鬼の知識は多少持ってる。人間よりもっとすげー存在だってな。だから、そんな存在が人間と同じ体の仕組みを持ってるとは思えねえから少しカマを掛けてみただけだ」

「……もし、私の言ってる事が事実だったらどうするおつもりだったのですか?」

「そん時は素直に頭下げるだけだろ。ま、結果は正解だったんだ。問題ねーだろ」


 ま、全く何もない状態でのハッタリって訳でもねえんだけどな。

 実際目を見て感じたんだ。

 ああ、こいつはきっと覚悟が出来てないって。

 だけどそれで気を悪くした訳じゃない、むしろ好感を持てた。

 出逢って間もない人間にいくらなんでも自分の命を賭けられる方が怖い。

 それが魔王であったとしても、だ。

 見極める時間が必要だったのだろう。

 それを手に入れ尚且つ信用も得る方法としては打って付けだ。

 ま、ただ相手が悪かったなとしか言えねえが。


 とそこで俺はジジィの顔を見た。

 酷い顔と言えば酷い顔をしてる。

 表立ってはいないが隠しながらも落胆してるのが見て取れる。

 自分の任務の失敗を悟った、そんな感じだ。


「じーさん。城に行ってやるよ」


 その瞬間ジジィの目が見開いた。

 余程意外だったのだろう限界まで目が見開いているようだ。


「な、何故!?」

「じーさんが気に入ったから信用してやる」

「で、ですが……」

「言っただろ? じーさんの忠誠は嘘偽りねえって。なら俺も信用してやるよ。それに命を懸けるとかそんなのいらねーから、忠誠心さえ見えりゃ命なんかいらねーよ。あんたの吐いた嘘も俺に害のあるもんじゃねえし、気にすんな」


 そこまで俺が言うとジジィは肩を震わせながら俯いてしまった。

 暫く震えてると目元に手を持って行き――泣いてるのか?


「私は、今まで色んな魔王様に付き従ってきたと言いました……が、私自身が付き従いたいと心の底から思ったお方は居ませんでした。――今日までは」


 するとジジィは顔を上げ俺の顔をキッ、と見る。

 その顔は何か吹っ切れた覚悟を決めた、そんなものが見て取れる。


「魔王様。私は貴方様に心から仕えたい、そう思いました。私の命に代えても魔王様を守るとお誓いします」


 そう言って膝を付いて俺に頭を下げる。

 こんなの現代人にされてもな、と頭の片隅で思ったが悪い気はしない。

 ふむ、と一拍言葉を考えた後、俺は口を開く。


「ああ。俺の背中はじーさん……否、セルフあんたに任せるぜ」

「有難きお言葉……光栄でございます」

「んじゃ、早速城に行くか。――と、その前に」

「はい? なんでございましょう?」

「魔王って呼ぶの辞めてくれ。魔王になるとは言ってねーし、その名はあまり好きじゃねえ」

「……承知、致しました」


 そう言うセルフの表情は渋々といった感じだった。



******



 セルフは人間で言うと(よわい)五千を超えた長寿の吸血鬼である。

 自身の年齢を正確に覚えていないほど長い年月を過ごし数多くの魔王に従えてきた。

 初めて仕えた魔王の事は今でも覚えている。

 第十二代目に数えられる魔王がそれである。

 その魔王は酷かった。

 数多く居る魔王の中でも稀なケースである召喚ではなく先代魔王を殺して自身が魔王になった存在。

 それが第十二代魔王、後の世に破壊と殺戮の象徴と語り付かされる破壊神だった。


 魔王としての実力は申し分なかった。


 その力は他の追随を許さずその策略は誰にも劣りはしなかった。

 だが、その力の扱い方を彼は守るためでなく壊すために使ったのだ。

 敵味方問わず、世界そのものに向けて。

 その時セルフは後悔した――何故自分がこのような下衆な存在に仕えているのか、と。

 セルフは優秀だった、そのため魔王の破壊の対象に含まれる事はなかったがそれが余計にセルフの心を痛ませる事になる。

 目の前で壊されていく仲間を彼は見てる事しか出来なかった。

 止める事も出来ず、止めたとしても殺されず力を無力化される。


 後になって悟ったのだがセルフもまた壊されていたのだ。

 己の心を。

 だが、それが完全に崩壊する前に魔王は滅びる事になる。

 自身の力に。

 魔王の好奇心は可笑しな方向へ向かったのだ。


「我の力で果たして我を壊す事は出来るのだろうか」


 その一言が魔王の最後の言葉であった。

 自身の持てるだけの力を自身に向けて放った。

 その結果、自身は壊れる事になる。

 だが、魔王は悔やむ事はなかった。

 逆に喜んでいたのだ、高らかに笑って、満足して。

 その姿を見たセルフは恐怖を覚えた。


 ――此れが魔王。


 その後仕えた第十三代魔王は先代に比べれば良心的ではあるが女好きだった。

 人間から仲間を守る、ではなく女を欲した。

 女の為に彼は行動したのだ。

 それから第十四代、十五代、十六代と仕えてきたがどれもこれも私欲のために行動していた。

 召喚された所為というのもあるのだろうが根本的に守ろうという気持ちが感じられる存在は居なかった。

 また、力以外を信じず知力も低いものばかりだった。

 日に日にセルフは絶望していく。

 こんな能無共しか召喚されてこない事に。

 だが、それでもセルフが絶望し切れなかったのは同時に希望も持っていたからである。

 いつか必ず自身の求める魔王が喚ばれてくるという希望を。


 それが(ようや)く現れた。

 セルフが求めていた魔王が。


 名は赤宮冬至。

 黒髪黒瞳の少年だが頭は切れる上に力も持っている。

 背丈や体型は普通だが潜在能力は馬鹿にならない。

 セルフは初めて命を懸けて仕えようと誓うのだった。



*****



「此処が私共の城で御座います」


 立ち話をしていた場所から実に数十分が過ぎたというところで俺とセルフは城に着いた。

 此の世界にはどうやら徒歩以外の移動手段がないらしい。

 移動補助の魔法でもあるのかと思いセルフに聞いたところ。


「あるにはありますが、冬至様には使用する事が出来ません」


 ――らしい。

 理由としては精神干渉と同じ理由だそうだ。

 俺に魔法を使うってなると簡単には出来ないみたいだ。

 という事は治癒とかも無理って事になる。

 あー、覚えないといけないな、こりゃ。


 さて、城を俺は少し眺めてみる事にする。


 大きさとしては某夢の国の城と比べても大差ないくらいに大きい。

 まあ、あの城を俺は間近で見た事はねえんだけど。


「では、入りましょう」


 セルフは扉に手を添えると何やら祈るかのように目を閉じ念じ始めた。

 するとセルフの手が紫色に光る。


 少しの沈黙。


 僅かな時間を置いて扉が開き始めた。

 結構でかい扉で大きさとしては目算で十数メートルにも及ぶ大きな扉だ。

 それがひとりでに動き出した。


 俺は驚きを隠す事が出来ずそれをただただ見詰めていた。


「ほう。冬至様でも驚くのですな」


 愉快愉快、と顔に書いてある笑みを浮かべてセルフは俺に言ってきた。

 先程の仕返しなのだろうか、実に機嫌よくそんな事を言ってくる。

 心が開いたんだろうけど、なんかむかつくな。


「なあ、セルフ」

「なんでございましょう」


 扉が完全に開ききる前に俺はセルフに問い掛けた。


「人間から守れ、と御前は言ったよな?」

「ええ」

「戦える奴はいねーのか?」

「それはいます」

「ほう」

「曲者揃いで御座いますが、七名の将軍が存在しております」

「それは全員魔族なのか?」

「ええ。――というよりも、此処は魔界で御座います。存在する物は皆冬至様以外は魔族です」


 なるほどね。

 此処は魔界という事は人間界が他に存在するということなんだろう。

 で、何らかの手段でふたつの世界が通じているようだ。

 そして、ふたつの世界は現在戦争中。

 ま、こっち側にも軍隊ってのは存在するみてーだから問題はないか。


 なんて事を考えて気付く。


 いやいや、何俺魔王になるって前提で考えてんだよ。

 そんな面倒な事したくないってーの。

 セルフには申し訳ねえが魔王になる気はねえんだ。俺は。


 ギィィィ…ガコン。


 扉が開き切る音がした。

 そして、それと同時に俺とセルフは足を城の中へ運ぶ。


 内装は中世の城を彷彿(ほうふつ)させる。

 壁には松明が添えられており明かりには困らない、がそれでもやはり薄暗い。

 まあ、魔族の城だ薄暗いくらいがイメージとしては丁度良い。


「冬至様」

「なんだ?」


 足を止めずにセルフは俺に問い掛けてくる。


「まず先程話した七人の将軍に逢っていただきます」

「まあ、そうなるわな」

「……理由を聞きはしないのですか?」

「将軍って事は、国の実権を握ってる七人なんだろう? そりゃ魔王として掲げたいんだったら逢いに行かせるだろ」

「……もう一度確認しても宜しいですかな?」


 眉を(ひそ)めながらセルフは言う。


「魔王様になるおつもりは?」

「今のところはない」


 そう言うと判り切っていたのだろう。

 セルフは表情を崩さずにそのまま頷いた。


「そうでございましょうな。ですが、それでも七将軍に逢っていただく前に正装に着替えていただきます」

「――そんなに変か?」

「まあ。此の世界では見慣れない服装ですな」


 セルフの言葉に一度、自分の服装を見返す。

 といっても、ただの学生服なのだが。

 俺の高校はブレザーで紺色のジャケットにグレーのチェック柄のズボン、黒いネクタイという制服だ。

 まあ、多少気崩してはいるが変じゃないと思ってるんだけどな。


「此の世界の正装って言うと?」

「私が着ている此れで御座いますなあ」


 それは何処からどう見てもタキシードだった。


「似合わなさそうだ」

「そんな事ありますまい」


 ふふふ、と笑みを零すととある部屋の前でセレフは足を止めた。


「此処に服が保管されております、ご自身の気に入った服をご自由に着てもらっても構いませんので準備していてくだされ。私は七将軍を集めるため報告します故、少し席を外します」


 そう頭を下げてセルフはその部屋を通り越して通路を進んでいく。


「んー。ご自由って言ってもタキシードを選べって事なんだろうな」


 とりあえず、部屋に入ってみる。

 すると数多くの衣装が視界に広がった。


「わお」


 驚きの声が口から漏れる。

 服の値段はいまいち判んねえけど、どれもこれも高級そうだ。

 試しに一着手に取ってみる。


「肌触りは良いなー。此れ結構高いんじゃねえのかな」


 周りを見ればドレスやらタキシードやらパーティーに着て行くようなものばかりだ。

 なんだかとってもセレブの香りがする。


「ま、良さが判らんが安物は置いてねえだろ」


 ということでどれを選んでも恥を掻かないと判断した俺は適当に服を選ぶ事にした。


 ん。

 此れが良い。


 手に取ったのは派手さはないが綺麗な黒で彩られた漆黒のタキシード。

 サイズも丁度良さそうだ。


 早速服を脱いでそれを着てみる事にする。

 さっさと手際よく制服を脱いで多少手間取りながらもタキシードを身に纏う。


「ん。サイズもぴったりだな」


 着てみたら身も心も引き締まるものを感じる。

 普段着慣れていない所為だろう、どこか落ち着かない。


 落ち着かない所為でそわそわとその場で無意味に動いてみる。

 多少の動きにくさは感じるが移動に影響が出るような感じじゃない。

 それに見た目とは裏腹に意外と良く伸び、見た目以上に動き易かった。


「おお。良くお似合いです」


 と用件を終わらせたのかセルフが部屋に入ってきた。


「…ノックくらいするもんじゃないか?」

「ほほほ。気が付かなかっただけで御座いましょう」


 笑いながらセルフは言う。

 こいつ、本当にノックしたのか?


「……まあ良い。準備は出来たのか?」

「ええ。会議室に皆揃えております」


 そうか、と俺は小さく返事をした。


 異世界に来てまだ時間は経っていない。

 だがそんな短時間で俺は此の魔界の王として君臨させられそうになっている。

 面倒な事に巻き込まれた、という気持ちは変わらない。


 だけど。


「少し、楽しみだな」


 頬が少し緩んだ。


「楽しみですか?」


 怪訝そうにセルフは問う。


「ま、短時間で俺の日常が変わったんだ。多少楽しんでも(ばち)は当たらないだろ?」


 俺は更に笑みを深めながらそう言った。

 するとセルフは同意しながら俺の笑みに合わせて己も笑う。


「それはそうと、セルフ少しだけ時間を貰っても大丈夫か?」

「……時間にもよりますが。」

「なぁに、大した時間じゃあないさ。なんなら移動しながらでもいい」


 俺の言葉にセルフは少し首を傾げる。


「何で御座いましょう?」

「……ま、それは移動しながら話すとするか」


 俺はセルフに言うと部屋を出てセレフを先導させる。

 そして俺はセルフに用件を話し出した。


 その数分後、俺の読みは間違いじゃなかったと思い知らされる。

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