000話 「勇者と呼ばれたあいつと魔王と呼ばれた俺様。」
此の作品に出てくる人物・国名・固有名詞等はフィクションです。
存在する人物・国名・固有名詞等とは一切関係ありませんのでご了承ください。
又、此の作品は作者の気分次第で物語が進行します。
殆どの作品に当て嵌まりますが特に此の作品は作者の自己満足で形成されています。
ご了承ください。
そんな作品でも少しでも皆様と楽しめたら幸いでございます。
勇者とは、勇気のある者のこと。
同義語・類義語に勇士、勇夫、勇婦などがある。
しばしば英雄と同一視され、誰もが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げた者、または成し遂げようとしている者に対する敬意を表す呼称として用いられる。
武勇に優れた戦士や、勝敗にかかわらず勇敢に戦った者に対しても用いる。
対する魔王とは、本来は仏教用語で、六道輪廻世界観において欲界の第六天にあたる他化自在天にあり、仏道修行を妨げる「第六天魔王波旬」のことを指す。
後にその他の神話や伝説における邪悪な神格の頂点、もしくは悪魔や怪物、妖怪などの頭領の呼称として幅広く使用されるようになる。
尊称、もしくは魔王の中の魔王を指す呼称として「大魔王」がある。日本においては特にキリスト教におけるサタンの訳語として用いられ、時に「魔王サタン」などと称される場合がある。
英語のthe Devilやarchenemyに相当する。
という事なのだが。
まあ、何の皮肉か因果か都内某所のとある高校に「勇者」と「魔王」のあだ名を持つ二人の男子生徒が居た。
*****
とある高校、放課後。
ふう――。
煙草の煙を肺いっぱいに入れてそれを一気に吐き出す。
天気の良い時に屋上で吸う煙草の味は一味違うんだよなあ。
ま、今は口煩いあいつもいねーし、のんびりと煙草が吸えるってもんだ。
とかなんとか考えてたら入り口の方から騒ぎ声が聞こえる。
ん? 女の声と野郎数人の声だな。
……まあ、そうゆう事なんだろうなあ。
うちの高校はお世辞にも治安が良いとは言えない。
とゆーか、ぶっちゃけ相当悪い。
不良筆頭の俺様が偉そうに語るのもおかしな話だが都内では敵無しの不良専門高校だ。
そんな訳で結構頻繁に洒落にならない犯罪行為、もしくは犯罪未遂の出来事が日常的に起こってる。
例えば今まさに行われようとしている強姦。
男女比率だと男子の方が多いから良くある話だし。
飢えてる男ばっかりだから此の学校に通ってる女子はそうゆう目で見られるもんだ。
教師の野郎は俺等不良に強く言えねえし、――まあ、情けねえ話だ。
とは言えこんな所で騒がれちゃあ面倒臭ェなぁ。
俺の周りで何か騒ぎが起こると何かと俺の所為にされるし。
まあ、此の学校の不良の頭が俺様だから何かと目の敵にされやすいのは理解出来るんだけどよ。
無罪のほうが多いんだぜ? 何せ俺は基本的には無害だ。
あーあ、騒ぐなら俺から離れて起こせよ、ったくよ。
と、そこまで考えて俺は思考を止める。
……ま、いっか。
どーせすぐにあいつが来るだろ。
此の学校のヒーローが。
「ゆ、ゆーしゃ!」
――ほらな。
此の恥ずかしいあだ名を付けられてるのが俺の幼馴染で通称勇者。
別に虐められてる訳じゃねーんだぞ?
厄介事には進んで首突っ込んで色んな人を助けちまうから勇者って呼ばれてんだ。
ま、不良からは皮肉を込めて呼ばれてるけどな。
「女の子一人に男五人で囲って何やってるんだい?」
マジか!
五人って、オイ。
流石にやり過ぎだろってか飢えすぎだろ、ったく碌な事しねーなあ。
と、俺が僅かに苛立ちを感じていると、
「ああ? オイオイ勇者さんよ魔王様が居ないのを良い事に随分とカッコいい事言うじゃねえか」
女を囲ってる男の一人らしき声が聞こえる。
因みに魔王様ってのが此の俺様のあだ名。
此れは皮肉も何もなく唯純粋に俺様が此の学校で一番最凶に強いから呼ばれてるだけだ。
ダセェから呼ぶなっつってるのに本当碌な事しねーなあ。
「ん? 魔王が居ても居なくても俺は同じ事言うよ」
「ああああぁぁぁぁぁ!! うっせーな! 屋上に来やがれ! 今日こそそのむかつく面歪めてやる!!」
「ああ。……っと、その前に君、此処は俺に任せて逃げな」
「え!? でも……」
「いいからいいから」
野郎五人を前にしてその勇者っぷりには感服するねー。
どんだけテンプレな勇者やってんだよ。
……不良がなんでテンプレって単語を知ってるかって?
俺、基本的に用事がなけりゃ引き篭ってるからな。
俗に言う隠れヲタクってやつだ。隠してるつもりはねえんだけど。
っと、そんな下らない言い訳を自分の頭で話していたら野郎の一人が叫び出しやがった。
「ああああああああ!!! そうゆう事をさらりと言う所が益々むかつくんだよ!!」
あー、そりゃ叫びたくなるわ。俺もそこは同感だよ。
その男の声にびびったのか女が慌てて勇者に礼と侘びを言って逃げ出した。
まあ、見た訳じゃねえから判んねえけど声と足音聞こえたし逃げたんだろ。
「さて、女の子も居なくなったし。屋上へ行こうか」
んで、勇者の野郎はそう言って又男達を挑発する言葉を天然で発して屋上の扉に手を掛ける。
男達は「俺達に指図してんじゃねえ!!」とかなんとか不満を言いながらも勇者が扉を開けるのをその場で待ってるらしい。
なんなんだ御前らはよ。
「……あれ」
「よう」
まず最初に屋上の景色が視界に入った勇者は俺に気付いてそんな言葉を漏らす。
んで、俺は出逢った時の常識、挨拶を繰り出す事にした。
まあ、俺は来る事が判ってんだ驚く事はねえよ。
暫く俺と勇者はその場で無言で向き合ってたら後ろの方の奴が俺に気付いたらしい。
「ま、魔王様!!」
とか大声で呼ばれても決して嬉しくない呼称を叫びながら寄ってきた。
「魔王様! 勇者の野郎が!」
最初の奴が気付いて大声で叫んだ所為で他の奴等も同じように叫んで駆け寄ってきやがった。
なんなんだテメェ等は。
俺の配下の部下か手下か? オイ。
「話は此処に居たから筒抜けだ。説明はいらねーよ」
「じゃ、じゃあ!!」
期待を込めた目で俺を見る手下Aとその他。
何を期待してるのか見え見えだけどよ、うっぜーな。
「テメェ等でケリ付けやがれ」
そう言うと手下Aは驚き、手下Bは落ち込み、Cは怒り、Dは呆れ、Eは諦めた。
それぞれ髪型は金髪リーゼント、黒髪パンチパーマ、モヒカン、アフロ、茶髪ストレートと全く統一性のない髪形をしてる。
まあ、奴等の髪型は今関係ねーんだけど。
「そもそも俺の事を魔王様って呼ぶんじゃねえ、だっせー事してんじゃねえぞ? あ?」
「い、いや、決して馬鹿にしてるんじゃ…」
「うるせェ!! 呼ばれんのが恥ずかしいんだ!!」
「ひぃっ!!」
少し叫んだくらいでびびってんなら不良辞めちまえ。
「ったく。そんな訳だから勝手にテメェ等でドンパチやってくれ」
「――魔王。俺の味方になってくれるんじゃないの?」
「あ? 基本俺はテメェの敵だろうが。正義の味方の御前と恐怖の対象の俺様じゃあ仲間になんかなれねえよ」
「でも、たまに共闘するよね」
勇者の一言に「え?」と手下共から驚いた視線を向けられる。
はあ、溜息が出るわ。
勇者は勇者で空気読めねえし、手下共はヘタレだしよ。
「共闘する時はテメェの敵と俺の敵が一緒だった時だけだろ? 常に共闘して御前の仲間みたいになるのは御免だぜ」
「アニメや漫画とかゲームだったら仲間に……」
「一緒にすんな、阿呆」
さて、と。
もう話をする気がないから、俺はさっさと用済みになった此の空間を出ようと屋上の出口へと足を運ぶ。
後ろの方でやたら面倒な空気を発してる奴が何人か居たが気にする事はねえ。
さっさと帰らせてもらうぜ。
その時だった。
洒落にならない殺気を前方から感じた。
「チッ!!」
殺気を感じた瞬間咄嗟に横へ避ける。
すると俺が避けた瞬間、その場に凄まじい騒音と共に扉が吹っ飛んだ。
危ェ……俺じゃなけりゃ思いっきりジャストミートしたぞ、今の。
今の出来事に再びびびったのか手下共はその場で固まり勇者は出口のほうへ目を運ぶ。
俺様も誰がやったのか確認すべく出口のほうへ視線を移し凝視する。
出てきたのは三日前潰した暴走族の頭だった。
「――勇者」
「ああ、此れは面倒だね」
知ってるのは俺だけじゃあない。
勇者と一緒に潰した族だから勿論勇者も知ってる。
これが数少ない勇者と共闘した戦いの一つだ。
元々はのんびり一人で帰ってた俺に族のメンバーが絡んできて、そいつ等をボコボコにしたら仲間を呼んできてどんどん人数を増やしてって感じで最終的には結構でかい騒ぎになった。
そんな時に二十四時間勇者思考の勇者が通り掛かって、俺と敵を守る為に共闘したってやつだ。
大勢相手に戦ってる俺を守るのは判るとして何故敵も守らなければならなかったのかと言うと。
簡単に言えば俺様が最強最悪だからである。
ま、俺一人でも族を崩壊させるのは簡単だったんだがその被害はきっと尋常じゃないもんになってたと思うぜ?
何人居たか把握してねえけど三十近い人数全部が病院送りになっただろうな。
そんな訳で被害を抑える為にも俺と共闘した勇者だった訳なんだが、その甘さのツケが此れだ。
俺様一人だったら被害は尋常じゃない代わりに報復なんて考えが起きないよう徹底的に潰したっつーのによ。
はあ、面倒臭ェな。
「よぉ。久し振りだなぁ」
今時流行らないモヒカンヘアーの暴走族の頭は俺と勇者に視線を向けながらそう言う。
あー。目がイってる。
殺気も半端ねえし、マジ殺す気満々じゃねぇの? 此れ。
「何か用かな?」
ザッ、と勇者は一歩足を前に出して言う。
すると頭はニタァ、と口元を歪め、
「決まってんだろ? テメェ等を――殺しに来たんだよ」
と狂気染みた顔と声で俺と勇者に向けて言ってきた。
既に手下共は空気と化している。
そして出来れば俺も空気と化したい。
基本的に喧嘩とか面倒臭ェ。
しかし、頭と勇者はそれを許してくれないらしい。
勇者は足を進めて何故か俺の隣に居るし、その所為で頭の視線は俺と勇者の二人を同時に見詰めてる。
巻き込むな阿呆。
「つーか、半殺しにされたくらいで殺しに来るなよ」
とはいえ、タダで巻き込んでやるつもりもない訳で。
少しばかり口撃ってやつを繰り出してみる事にする。
ま、あんまり効果はなさそうだけどよ。
「俺にも面子ってのとプライドってのがあってなァ。テメェ等二人に族が壊滅させられたって言ったら周りに示しが付かねーんだよ」
俺の問いにあまりにも在り来たりな言葉が返ってきた。予想通り。
「あー、俺等二人に壊滅させられたってのは別に恥ずかしい話じゃねーぞ?」
「あぁ?」
「御前達だけじゃねーからなぁ。潰した族の数なんて覚えてねーけど少なくとも二桁は行ってる筈だ」
つか、俺と勇者がそれぞれ何個か潰してるし。
単体でも組んでても族の一つや二つくらい潰せる自信がある。
だから何度か潰した筈だ、俺も勇者も。
つまり此の辺の族を大量に潰してる俺達に潰されても何も恥じるような事じゃねえ筈なんだけどな。
しかし、族の頭はそんな事はどうでも良いらしく。
「うるせえよ!! 他の奴等が負けてるから恥ずかしくないだァ? 負けた時点で恥なんだよ!! 此のクソが!!!」
と叫んできた。
まあ、言ってる事は理解出来る。
負けた事を胸張って誇れ、なんて言えねーわな。
というか、俺達無傷であっち崩壊だし、自慢にもなんねーか。
……あれ? そういや。
「つか、御前入院じゃねーの? 頭だって判ってたから俺がボコボコにした記憶があるんだけど?」
手加減せずに真っ先に潰してやった記憶が確かにある。
あまりにも手加減せずに一方的にボコボコにしてたから慌てて勇者に止められた筈だ。
そんな状態なら普通なら入院しててもおかしくねーぞ?
そんな疑問を俺が感じていたら俺の質問に頭は鼻で笑って、
「ハッ、んなもん関係あるか!! テメェ等殺す為に出てきたんだよ!!」
あー、そうゆう事ですか。
今頃病院ではこいつ探して大変な事になってんじゃねーのかなァ。
あーあ、本当面倒臭ェ。
…………。
あ、もういいや。
「勇者――」
「いや、ここは俺が行くよ」
「……テメェが止めたからこうなったんだろうが」
「だから、俺が責任を取――」
「おーい、モヒカン。今からテメェを吹っ飛ばすから覚悟しろよー」
勇者の話を遮って頭に向かって宣戦布告をする。
隣で慌てたような呆れたような怒ってるような複雑な表情を浮かべて勇者が俺を睨んでいるが無視だ無視。
今の俺には興味がない。
さて、勇者はともかく宣戦布告された頭はと言うと――
「あああああああああああああああ!?」
顔真っ赤にして絶賛ブチ切れ中だ。
「んじゃ、勇者。手ェ出すなよ」
俺はそれだけ言うと頭目掛けて飛び出した。
勇者は止めようと口を開いたが間に合わないと悟り俺の後を追い掛けて来る。
――が、俺の方が早い。
スタートの時点で俺に遅れを取った瞬間、勇者が俺に追い付く事はない。
此の学校での評価は俺と勇者の実力は五分と五分だと思われてるが実は違う。
実際は俺が八分で勇者が二分といったところだ。
皆知らないだけで俺と勇者は何度か直接やり合っている。
結果、俺は無敗。
餓鬼の頃から一度も負けた事がねえ。
そんな訳で勇者は俺を止める事が出来ず、じれったそうな顔を浮かべながらも懸命に俺を追い掛けている。
頭は俺が向かっている事に漸く気付いたようで慌てて防御体制を整える。
――が、遅い。
ドカッ! と先ず挨拶代わりに右ストレートを繰り出す。
防御しようと顔を両手で塞いだ頭の隙を狙って思いっきりボディに。
クリーンヒット。……と決まらないのが流石族の頭だ。
防御した箇所が間違いだと瞬時に気付いて慌てて後ろに飛んで威力を緩和した。
それでも、ダメージが全くないと言い難く着地した瞬間に少しよろけた。
それを見逃す俺じゃない。
「……一発目を避けたのは褒めてやるよ」
そう言ってニィ、と口元を緩める。
頭の表情が曇る。
諦めるような悔しいような覚悟を決めたような――そんな表情。
それを見て俺の口元がまた緩む。
否、緩むなんて優しい表現じゃあない。
――狂気に満ちた禍々しい笑み。
その表情を見てビビったのか頭は酷く顔を歪める。
今では恐怖以外の感情が表情から見れない。
まあ、関係ねーけど。
バキィ!
恐怖に支配されて無防備になっていた頭の顔面に蹴りを一発。
歯が何本か飛び散るのが見える。
ドキャ!
更に蹴りを一発。
バキッ! バキッ! バキッ! バキッ!
蹴る蹴る蹴る蹴る。
――あ。蹴ってねえや最早踏ん付けてる。
まあ、いっか。
血が飛び散ってる。
まあ、いっか。
声がしない。
まあ、いっか。
動かない。
まあ、いっか。
勇者が止めてる。
まあ、いっか――
「魔王!!」
勇者の声が耳に響いた。
その声の大きさにハッ! と我に返る。
下を見ると元がどんな顔だったのか判らないほど歪んでる頭の顔――
あちゃー。
やっちまったなァ。
「魔王! やりすぎだろ!!」
うるせェ。
言われなくたって判ってンだよ。
「血ィ上りすぎた」
「……まったく。いつも加減出来なくなるから俺が代わってたのに」
「殺しまではしねーからそこまで心配する必要ねーだろ?」
「……そういう問題じゃないんだけど」
はあ、と勇者が盛大に溜息を吐いた。
他人事だが、まあ俺が勇者くらい真面目なら同じ事しただろーな。
と言っても俺、真面目じゃねえから何も感じねーけど。
「さて、と。このボロ雑巾みたいになったこいつどうしてやろうか」
どこぞのボロ雑巾と同じようにどっかの山……丘だっけか? まあ、どっちでもいいか。埋めてきてやろうかね。
「とりあえず、病院に送ろ――」
勇者が可哀想に、と同情を含めた目で頭の処理を言ってる最中。
勇者が言い終わる前にそれは突然起こった。
光が勇者を、闇が俺を、――襲った。
「っ!!」
声にならない叫びが俺と勇者から発せられる。
空気と化していた筈の手下達も同じように何かを叫んでるようだった。
だけど、俺の耳には届かない。
何故かは判らない、けどまるで俺が此の世界と違う空間に連れて来られたかのように今まで俺達がいた筈の場所から発せられる物が何一つ感じられない。
空気、音、匂い、気配――目の前で見えてる空間から発せられるもの全てが見えない壁に遮られているかのように俺には伝わらなくなっていた。
だが、一つだけ俺の耳に届いた声があった。
「魔王!!」
それは勇者の叫び声。
全力で俺の事を心配して叫んでる勇者の声だ。
――あの阿呆。
何をこんな時まで俺の心配してんだ。
テメェの心配しろってんだよ、此のクソ野郎。
「うっせェ!! テメェの心配してろ!! 此の阿呆が!!」
「友達の心配をして何が悪い!!」
「ああああああああああああ!?」
誰が誰と友達だァ!?
俺とテメェは勇者と魔王なんだっつーの!!
魔王が仲間になるRPGなんてねーだろうが!!
……………。
いや、あるか。
って、んなのはどーだっていいんだよ。
勇者と魔王が敵対すんのは当たり前だ、それを気安く友達とか言ってんじゃねえぞ!!
呼ばれるのは嫌だけど、結構魔王って立ち位置は気に入ってんだ。
テメェと敵同士じゃねえと魔王やってらんねーだろうが!!
と、そこまで叫んで気が付く。
勇者も俺も、お互いに相手の声が聞こえないようだ。
視界の半分以上闇が覆っても僅かに見える勇者の顔。
その口元が激しく動いてるのが確認出来る。
叫んでるみたいだが耳に届かない。
それじゃあ、俺の声だって向こうには聞こえねーよな。
あーあ、面白くねェ。
此れであいつともおさらばかよ。
チッ、なんだかんだあいつと遣り合うの結構――
そこで視界が完璧に闇で支配された。
それと同時に俺の思考もシャットダウンされる。
闇に支配されたまま俺は何処へ行くんだろう。
*****
「んじゃ、勇者。手ェ出すなよ」
と、俺が止めるよりも先に魔王が族の頭目掛けて走り出した。
それを見て俺も慌てて追い掛ける。
追い付かないのは判ってる、けど行かなきゃいけないんだよ。
俺が行かなきゃ誰が魔王を止めるんだ!!
というか、魔王の奴!!
いつも頭に血が上ると何も考えられなくなるくせに!!
人を殺した事がないのは知ってるよ、だけど誰のお陰だと思ってるの!?
俺がいつも止めてるからじゃん!
昔から魔王の隣で魔王を止めてきたの俺だよ!?
――まったく、なんで俺が勇者って呼ばれるようになったの覚えてるのかな。
魔王が殺しそうな勢いで人を殴り続けるから、それを毎度毎度俺が止めて。
そしたら魔王を止められる唯一の人間、みたいな扱いになって。
それで俺が"勇者"って呼ばれるようになったんだよ。
覚えてないだろうなぁ。
魔王の所為で俺が勇者になったの。
そんな愚痴を頭の中で呟いていた所為かもしれない。
気が付けば目の前には原型を留めてない族の頭の顔があった。
「魔王! 魔王!! ――魔王!!」
一度や二度呼ばれたくらいじゃ気付かないのももう判ってる。
だから何度でも呼ぶ。
魔王の正気が戻るまで何度も。
そしたら今回は意外と早く、三度目で俺の声に気付いてくれた。
「魔王! やりすぎだろ!!」
俺に気付いた魔王に怒りの声をぶちまける。
止めなかったらどうなるんだろ、なんて考えたのは一度や二度じゃない。
俺がいないところで喧嘩しても殺した事はないらしいから止めなくても大丈夫なのかもしれない。
だけど、此の有様を見て止めない訳にもいかない。
あまりにも相手が可哀想だ。
とはいえ、今回は早く気付いてくれて良かったと安堵の息を漏らす俺に魔王は、
「血ィ上りすぎた」
と一言。
それを聞いて俺は呆れる。
本当、魔王は毎度毎度それだよ。
いい加減直すつもりはないのかな。
はあ、
素直に溜息が出た。
君の相手してると身が持たないよ。
自分の精神的な疲れをしみじみ感じながら族の頭のほうを見ていると、
「さて、と。このボロ雑巾みたいになったこいつどうしてやろうか」
なんて声が聞こえた。
――どこまで魔王なんだろ、此の人は。
魔王の顔を見てみれば良からぬ事を考えてそうな表情だし。
本当、喧嘩を売った人間が拙かったね。
「とりあえず、病院に送ろ――」
同情しながら俺はそう言葉を発しようとした…んだけど。
それを遮るかのように俺は光に包まれた。
「っ!!」
声にならない悲鳴が口から漏れる。
ハッ! と前を見てみれば闇に包まれてる魔王が確認出来た。
「魔王!!」
俺は咄嗟に魔王に向かって叫んだ。
自分の事なんかどうでもいい魔王は無事なんだろうか。
そんな気持ちで叫んでた。
まあ、考えるよりも先に声が出たんだけど。
「うっせェ!! テメェの心配してろ!! 此の阿呆が!!」
そしたらそんな声が返ってきた。
一応、お互いの声は聞こえるようだ。
さっき気付いたけど、まるで隔離されているかのように目の前の景色の空気が伝わってこない。
音も空気も匂いも――伝わってこない。
だから魔王の声が届いた時は正直言って驚いた。
まあ、内容は最悪だけど。
「友達の心配をして何が悪い!!」
だけど。
それでも俺は言う。
俺と魔王は友達で。俺は魔王の事が心配なんだ。
犯罪者にしたくないから止める。
真っ当な人になってほしいから色々言う。
魔王が何で魔王になったのか知ってるから。
幼馴染として、
勇者として、
俺は、――魔王を救ってみせる。
「ああああああああああああ!?」
魔王が怒るのは判ってるけどね。
なんて俺は笑みを零す。
魔王!!
魔王がなんて言おうと俺は友達だ!
友達だから心配するんだよ!!
それの何が悪い!?
俺は勇者だ!!
勇者は勇者らしく魔王含めて俺が救ってやるよ!!
我ながら恥ずかしい台詞だと思いながらふとある事に気付いた。
魔王の口元が動いてる事に。
あー、聞こえてないのか。
そうかそうか。残念だなぁ。
別にプロポーズとかじゃないけど、何となくそれに近いものはあったんだけど。
――いや、そもそもプロポーズって表現はおかしいか。
まあ、例え話だからいいか。
でも、聞こえてないのか。
俺、魔王とまた一緒に仲良く――
そこで俺の視界は完全に光で満たされた。
もう何も見えない。
そして俺の意識はそこで途絶えた。
*****
……あれ。
此処は何処だ。
さっきまで闇にいた筈の俺の視界には光がある。
まあ、お世辞にも明るいとは言えない光ではあるが闇と比べてしまえば明るいものだ。
しかし、此処は何処なんだ。
むくり、と身体を起こす。
手足が動くか確認する。
――問題はなさそうだ。
そして次に息を全力で吸う。
吐く。
空気も問題なさそうだ。
…何故空気の確認をしたのかと言うと、――視界に広がる風景が地球のものとは言い難かったからだ。
空は灰色一色。
曇りのようにも見えなくはないが生憎太陽らしきものが黙認出来る。
それも雲に隠れて濁ってるのではなく青白く光を放っていた。
そして視線を下に移せば紫色の木々。
こんな色をした木は見た事がないし俺の記憶には存在しない。
大地は俺の見知った色をしているが草花は存在せずカラカラに枯れている。
本当に此処は何処なんだろうな。
普通の人間なら結構焦る状況だぞ、オイ。
自分がその普通の人間じゃない事に今は感謝してとりあえず、少し歩いてみる事にする。
ジャリ、ジャリ。
乾いた大地を一歩歩く毎にそんな音が響いた。
益々何とも言えない気分になる。
「――、マジどうなってんだ此れ」
暫く歩いても景色は何も変わらない。
所々、地面が凹んだり丘が出来たりといったものと木の配置が若干変わったりとかそんな些細な変化だ。
……森や林も遠目で確認出来るが木が紫なのは変わらない。
つーか、紫の木って見た事も聞いた事もねーよな。
そもそも、葉が存在してない枯れ木なのになんでこんなに沢山存在してんだ。
……ああ、考えれば考えるほど良く判んねーな、此れ。
忌々しい気持ちでいっぱいになって歩く速度を速める。
不安と苛立ちからかその速度は徐々に加速していき最終的には走り出していた。
ああああああああああああああああああああああ!!!!!
勇者の野郎!! あいつはどうなってんだ!!
*****
「な、んだ……此れ」
目を覚ましたら何かの祭壇の様な物の上で寝ていた…らしい。
らしいと言うのは俺も状況を把握し切れていないからだ。
光に包まれて意識を失った俺が次に意識を戻した時は既に此処で。
一応驚きで飛び起きたのだが寝ていたにしては頭が冴えてる。
というか、倒れたにしても寝たにしても気絶したにしても異常なほどに頭が冴えてる。
まるで大事な部分丸ごとごっそり記憶が飛んだかのように。
そして、頭が冴えてるが故に今目の前で起こってる状況が把握出来ずに固まるだけになっている。
祭壇の様な場所を三百六十度ぐるっと人という人が囲んでる、そんな状況に。
そして人々は喜びこう叫んでいた。
「勇者様!」
と。
確かに俺のあだ名は勇者だが、此の人達の言う勇者はきっと違う。
呼んでる時の声の重さが圧倒的に違うんだ。
彼等の勇者はきっと――本当の勇者の事を指してるんだと思う。
そこまで思考が働いて俺はハッと我に返った。
そこまで理解してるんだったら当然気付かなければならない事がある。
此処は一体何処なのかと。
俺がいた世界に勇者はいない。
無論、勇者という言葉は存在するし勇者の様な人間は沢山居るだろう。
だがこうやって人々に勇者と喜々として呼ばれる存在は居ないと断言出来る。
となると此処は勇者が存在する世界って事になる。
そうなると自然と一つの答えが浮かび上がった。
此処は地球じゃない、と。
それに気付いた瞬間、周りを注意深く見渡す。
まず人。
服装は見た事がないものばかりだ。
少なくともジーパンやらジャケットやらワイシャツやらは見当たらない。
次に視線を僅かに上に上げて地平線を見ようとする。
けど、地平線は存在せずあるのは建物ばかり。
その建物も例えるならば中世の欧州を想像させるような良くあるファンタジーな感じの建物ばかりだ。
そう思うと他の人達が着ている服もファンタジーの様な印象を受ける。
空は青い、だが太陽が二つ見えた。
はあ、
自然と溜息が漏れた。
何? 何? え? 此処何? 何処? え? え? え?
そして溜息の次に起こったのは混乱。
結果として一つの答えに行き着いたのは良いけどそれを受け入れる事が出来ない。
戻れない?
そもそも此処は何処だ?
というか、俺はどうなる?
勇者って何?
家族は?
友達は?
逢えないの?
俺大丈夫なの?
「う、うわああああああああああああああああああああ!!!!!」
そして、俺は叫んだ。
不安や絶望で胸が支配され思わず叫んでしまった。
俺の声に驚いてか目の前に居る人達は叫ぶのを辞め表情を失くす。
誰もが呆気に取られているようだった。
だけど、俺はそんなのお構いなしに叫ぶ。
叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ。
息が持つまで叫び続けた。
時間にしたらほんの数十秒だっただろうけど、俺には何十分にも感じられる時間だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
そして息が乱れる。
当たり前だ息が続く限り全力で叫んだんだったから。
――叫んだお陰か少し楽になった。
「大丈夫ですか?」
不意に声を掛けられた。
「……あ、はい。とりあえずは」
間が空いたのは取り乱したところを見られた恥ずかしさの所為だ。
とりあえず、顔を伏せて少し赤くなっているであろう顔を隠す。
すると相手はそんな俺の行動に気を悪くせずにクスリと笑って、
「そうですか。――突然お喚びして申し訳ありません。勇者様」
と言った。
*****
何十分歩いただろうか。
変わらない景色に飽きた頃、俺の目の前に禍々しい城が見えた。
「なんか吸血鬼とか住んでいそうだなァ」
そんなイメージを持たせるには十分な雰囲気を持った城だ。
「おお、良くぞ見破られましたな」
「あん?」
此処に来て初めて掛けられた声に俺は無愛想に答える。
それに対して申し訳ないという気持ちはない。
基本的に俺は無愛想な生き物だと自覚しているからだ。
だが、相手はそんな俺の無礼な態度を何とも思わないのか何食わぬ口調で、
「――申し訳ありませんのう。私セルフ、と申します」
と自己紹介を始めた。
目の前には執事という言葉がぴったりな爺さんが立っていた。
服装も執事が着ているようなそれで、髪の毛は全部が綺麗に白く染まっている。
だが、それも妙に似合っていてどことなく好感が持てる印象を受けた。
少し生やしている髭もモノクルも様になっている。
好々爺といったところか。
「俺は、まお――赤宮冬至だ」
……危ねェ。
さっきから魔王魔王言われすぎて自分から忌々しい事に魔王って言いそうになっちまった。
そんな恥ずかしい自己紹介出来るかってーの!
と思っていたら相手はニヤリと口元を吊り上げた。
「――やはり、貴方が魔王様でしたか」
……は?
いや、あだ名は確かに魔王だが、こんな知らねェ土地にまで名を売ったつもりはねーぞ。
「オイオイ爺さんよ。俺の名前は赤宮冬至だ。魔王じゃねーよ」
「いえいえ、先程魔王と言い掛けたでしょう? それに――貴方を此処に喚んだのは私達です」
「ああああ!?」
オイオイ。此のジジィ今なんて言いやがった。
「オイ。テメェ今なんて言いやがった?」
目付きを鋭いものに変えて俺はジジィに問い掛けた。
*****
「えーと、喚んだと言うと貴方達が俺を此処に?」
俺はそう言いながら顔を上げて相手の顔を見る。
するとそこには如何にも王様といった感じの男性が居た。
「ええ、私達が貴方を此処に喚びました」
「なんでですか?」
すると王様らしき男の人は俺の前で頭を下げ、
「勇者様。どうか、魔族から私達を守ってください」
と俺に言ってきた。
それが俺が此処に喚ばれた理由、か。
なんで俺なのか、とか。
なんでいきなりそんな事を頼まれなきゃいけないのか、とか。
此の時の俺はそんな事は思わなかった。
さっきまで取り乱していたのに今はすっと気持ちが落ち着いた。
色々思う事はある。
不安もある。
だけど、
助けてくれと頭を下げられたのなら答えは一つしかない。
「――判りました。俺にしか出来ないのならやります!」
俺は勇者なんだから。
救えるものはみんな救ってやる!
*****
俺の問い掛けにジジィは目を細めて、
――頭を下げながらこう言ってきた。
「魔王様。どうか、人間から私達を守ってくだされ」
なんだそれ。
喚ばれた理由がそれかよ。
何で俺なんだ。
テメェ等で勝手にやってくれ。
俺を巻き込むんじゃねえ。
あー、くっだらねェ。
「あ? 守るの? 攻めねえの? ――面倒だから滅ぼしちまえよ」
くだらねェ事で喚んでんじゃねえ。