悪女と呼ばれた異世界聖女に幸福なんて訪れない
悪女の看守。それが俺に与えられた役目だった。
通常の牢獄とは違い、王城の片隅にある使われていない塔。その天辺に、悪女の幽閉されている牢はある。
元々は魔物討伐隊の隊長だったが、脚をやられてからは閑職に追い込まれていた俺には大層な役目だと思う。一応2人での交代制だが、もう1人は体のいい閑職だと思ってるのか、ほとんど来ない。まあ、実際たまに人が見に来るだけでも成り立つ仕事だから構わんが。
顔を合わせる事もほとんど無いが、顔を合わせた時向こうは俺に怯えていたし、もしかしたら俺の外見も原因かもしれない。人相の悪い赤毛の大男なんて、普通の人間はまあビビるか。
この国には聖女伝説があった。王家に伝わるという聖女召喚の儀を行えば、聖女が召喚され救ってくれるという伝説だ。
王家はその召喚の儀を行い、聖女の召喚に成功した。
異世界から召喚されたという聖女はまだ若く、俺から見ると子供でしかなかった。10代半ば頃だろうか。そんな年齢で親元から離されたというのに彼女は常に笑っていた。彼女の姿を見る事が出来るのは僅かだったが、誰に聞いても常に笑顔だったというからきっとずっと笑顔だったのだろう。
肩よりも短い髪の長さには驚いたがこの国には存在しない艶やかな黒髪は人目を惹き、彼女が話せば人々はその声の愛らしさに微笑む。幼い顔立ちながらも頭の回転も早かったと聞いている。
彼女には光魔法の力があり、人々を癒し、瘴気も払った。魔物たちも倒した。
この国に平和をもたらしたのだった。
そんな彼女は今、誰も訪れない牢獄で独り。
聖女だった彼女には、国家転覆の罪があるという。
事の始まりは、王子とその周辺の婚約者たちだった。
王子の婚約は破棄され、聖女と婚姻を結ぶ事になっていたがどうやら聖女は王子の周囲の人間たちとまぐわっていたらしい。
その証拠を突き付けられ、聖女は一言だけ。
「だってそれが男の人の望む事でしょう?」
困ったように笑ったという。
王子たちは聖女に魅了魔法を掛けられたといい、王達も国民もそれを信じ込んだ。そうとしか言えない程に聖女は魅力的だったと、誰もが、もう用済みとなった聖女を悪女だと罵った。
塔の天辺で、魅了魔法を使えないようにと瞳を潰された少女の足は鎖で繋がれ、ただただ独り。自分の傷は治せないらしい聖女はずっと、暗闇の中。
聖女と呼ばれた頃には常に周囲に人が居たというのに。
俺は時折、牢の中の少女に声を掛けていた。「寂しくないのか」と。あんなに人に囲まれていたのに、と。
彼女は幸せそうに言う。
「1人の方が、幸せですよ」
ずっとその言葉の意味が分からなかった。
独りは、寂しいじゃないか。俺は妻と娘が魔物に喰われてから、ずっとずっと、魔物討伐隊隊長なんて肩書きがあった所で結局その魔物に家族を喰われて独りだなんて笑っちまうなと思っていた。独りだとそんな考えばかり浮かぶ。
自分が討伐に言ってる間に家族は喰われたと。下に運ばれてきた食事を聖女だった少女に渡しながら、そう話したある日の事だった。
「私は貴方の事をよく知りませんが、私は1人が良いです」
「何故だ?あんなに人に囲まれて笑ってたってのに」
「だって、1人なら怖い事も痛い事もされませんから」
そう微笑む少女は安堵の表情を浮かべていて。
少しばかり、踏み込んでしまったのだ。
「怖い事と痛い事ってのは…」
「男の人は、好きでしょう?そういう時は笑って大人しく受け入れていれば、怖くても痛くても、少しは優しくしてもらえるんです」
その返答で、俺は察して、悔いた。
ああ、何が悪女だ。この少女はただ、怯えていたというのに。それを大人しく受け入れていただけの、被害者だというのに。
「……どうして、反論しなかった?王子たちが襲ったと言えば、もしかしたら…」
「いいんです。だって私には居場所なんて無かったから。ここに来て少しだけ、楽しかったんです。何もしなくてもご飯が貰えるなんて幸せでしょう?」
少女は不思議そうな顔をしながら続ける。
「何故か看守さんには全て話したくなりました。私が死ぬ前に誰かに私を覚えていて欲しくなったのかも」
それから続けられた話は、胸糞悪い話だった。
母親の再婚相手はクソ野郎で、娘である少女に手を出していた事。母親も見て見ぬふりをしていた上で死んで、クソ野郎と2人で暮らしていた事。元居た世界での学園では、何故かそれが知られて居て嘲笑され、男たちに弄ばれていた事。
それから……召喚された日は、自ら命を絶とうとしていた事。
「川にね、飛び込んだんです。そしたら真っ白な場所で、なんか光ってる人が言うんです。ある国を助けて欲しいって。私を想ってくれる人が居れば、国民は幸せになれるって」
「それを受け入れたのか」
「はい、だってどうせ死んだ命ですし。でも不思議ですよね、聖女って処女じゃなくてもなれるんですね」
可笑しそうに笑いながら、少女は冷えきったスープの器を持ち上げ飲み干した。
「お味噌汁飲みたいなぁ…。ご飯のそういうのだけが元の世界への未練ですね」
「……こっちの世界で食べたい物とかは無いのか」
「うーん……あ!王都の貧民街の近くに、手作りのクッキーを子供が売ってるお店があるんです。そこのクッキーが美味しかったので食べたいなぁ、とは思います
」
どうやらこの聖女様は、貧民街の方にもよく足を運んでいたらしい。
聖女様を取り巻いてたお坊っちゃんたちは貧民街は嫌いそうだと思っていたら、そいつらを撒いて1人で行ってたとか。
「日本……元居た世界にも治安の悪い場所はあったんですけどね?まあ、この世界の方が、私一応光魔法で目眩しとか出来ますし何とかなりますから」
非番の日に貧民街付近のクッキーを売ってる店に行けば、穏やかそうな眼鏡の男が子供たちと店番をしていた。
「うわあああ盗賊だあああ!?」
「こら!お客様に失礼でしょう!……お客様、ですよね…?」
「……人相悪くてすまん。クッキーを買いに来ただけなんだ…」
人相の悪さで娘と歩いていると人攫いに間違われる事が多かったのを忘れていた。そりゃあ子供たちも泣くよな。
「何の味のクッキーにされますか?チョコ味が人気ですよ」
「じゃあそれと……いや、全種類2つずつ貰えるか?それと……ここは匂い袋も売ってるんだな」
目に止まったのは、拙い字で「匂い袋」と書かれた値札と、少しばかり不格好な袋。
「聖女様が以前こちらに来られていた際に、匂い袋を作って売ってはどうかと言ってくださって……子供たちでも作れますし材料費もそんなに掛からないので助かってるんです。時折貴族の方も買ってくださるんですよ」
……ああ、この男は、聖女をきっと信じているんだな。でなければ様付けなんてしないだろう。この男が聖女を想って居るから国は成り立ってるのかもしれない。
「聖女様はよく来てたのか」
「ええ!子供たちとも遊んでくださって、よくお菓子や洋服なども寄付してくださったんです!本当に……あの方はとても優しい方でした」
男としばらく話してから、子供たちがまだ俺に怯えている様子を見て早々に店を出ようと、匂い袋もついでに買って店を出た。
しかし……貴族も、買いに来るのか。その貴族はあの子を助けられないのかと考えてから、王族に楯突くのは危険かと考え直して諦めた。
それから俺は聖女の塔へと向かう。どうせ俺が非番の日は誰も居ないだろう。食事を届ける者も居なければ、俺が非番なのに塔に居ても咎める者も居ない。なら、もういっそ住む勢いであの塔に居ても構わないだろう。
俺が牢に着くと、少女は眠っていたのか目を覚ましたようだった。
「今日はお休みなのでは?」
「聖女様は目が見えないから分からんだろうが、俺は人相が悪くてな。遊びに行ったが子供に泣かれちまったから帰って来たんだよ。俺に怯えない女子供なんて、もう居ない妻と娘と……それから、聖女様くらいだからな」
そう言いながらクッキーの包みを少女に渡すと、匂いで気付いたのか嬉しそうに「ありがとう」と言われた。
「ん〜…!久しぶりに甘い物食べた気がします」
「好きか、甘い物」
「甘い物が嫌いな女の子は居ませんよ!……いや、居るかも!」
「どっちだよ」
思わず笑うと、少女も笑う。
こうしていれば普通の子供なのに、どうして彼女はこんな場所で、目を潰されて足は繋がれて、ただただ生かされているのだろう。
俺は匂い袋も少女に渡す。爽やかな香りのする、水色の匂い袋だ。
「これは……とてもよく眠れそうです。ここの匂いにももう慣れましたけど、良い匂いがすると気分転換になりますね」
少女は簡易的なベッドに匂い袋を置いた。
ただただ独り生かされているだけの少女。彼女はいつだって笑っている。
そんな少女は俺に言う。
「看守さん、ちょっと脚をこの牢の中に入れてもらえませんか?」
「は?またなんで……まさか、光魔法で俺の脚を引きちぎろうと…!?」
「ちょっと!そんな凶悪な事しませんよ!この国の王様たちじゃあるまいし!」
「おうおう俺が笑えない冗談やめてくれよ!……まあ、聖女様からしたら冗談じゃないか」
実際に聖女だった少女の目を、悪女だとか言って潰した王族だもんな…。
俺は言われた通りに脚を檻から牢に入れる。すると少女は俺のそばにやって来て。
「ん……これならいけそうですね……えーっと久しぶりだからちょっと集中して、っと…」
辺りが光に包まれた後、俺の脚をあたたかいものが駆け巡る。
「まさか…」
「看守さんの脚、完治!看守さんは良い人ですし、私のお守りなんかよりもっと良いお仕事に就くべきなんですよ……これは、クッキーのお礼です」
何をしても治らなかった脚を治して、少女はベッドに向かい「良い匂い…」と言いながら眠りについた。
聖女の奇跡を目の当たりにして、俺は1つの決心をした。
「聖女様、この国に未練はあるか?」
「未練……子供たちと、その子供たちに優しい大人たちには幸せに生きて欲しいですね」
牢獄の中、俺は少女の体を抱き寄せる。
「看守さんも、気持ち良い事します?」
「しない。娘と歳の変わらない子供にんな事してたまるか」
きっと、ここにこの少女が居るとこの国の王たちには都合が良いのだろう。
けれど
「ここから出るか、死ぬか……どっちがいい」
「……神様が、私の本当の願いは出来るだけ叶えてくださるそうで。なら、私が死んでもきっと何とかしてくださるのかなーとか」
「分かった」
それから、聖女だった悪女の少女は
「看守さんが、お父さんだったら良かったのになぁ」
「こんな人相悪い父親は嫌だってよく娘に言われてたが」
「今の私には見えないから関係ありませーん。それに、人相良くても悪い男なんて山ほど居るのは実体験で知ってるので」
「まーた笑えない冗談を言ってら」
お互いに笑いあって、そこで初めて俺は名乗る。
「俺の名前はセルジュってんだ。聖女様、最後にアンタの名前を呼ぶが良いか」
「もちろん。生まれ変わったら看守さんの娘になれるよう、神様に祈っておきますね、セルジュさん」
握った剣を、彼女の首に突き付けて。
「ゆっくり休みな、サクラ」
聖女の首を抱えて、俺は王城に向かう。
コイツはあの子を売女だと笑った。殺そう。
あの男はあの子を偽聖女だと貶した。殺そう。
あの貴族は貧民街付近の店でクッキーを買ってるらしい、生かそう。
邪魔してくる奴はとりあえず動けなくしよう。
途中で出会った王子は、殺した。
その婚約者も、あの子を陥れた。事情があろうと同罪だ。
玉座に辿り着く前に俺は捉えられ、民衆たちの前で斬首になるらしい。
それでもいい、構わない。
どうせもう家族も、サクラも居ないのだから。
「サクラが愛した者以外、全て滅んでしまえばいい…!」
どうか、サクラと、サクラの大切なものに幸福が訪れますように。
「結局君の愛した国は滅んでしまったのだけど、君は何をしたかったんだい?」
友人である隣国の神は、可笑しそうに僕に言った。
「彼女を、愛していたんだ。だから幸せになってほしかった」
どんな理不尽な目にあっても笑っている活発な少女が、僕にはとても眩しかった。
元々彼女の世界を除くのが好きだった。彼女の魂を見付けたのは偶然。何度生まれ変わっても笑顔で不幸を受け入れる彼女が見ていられなかった。
「僕の国なら、大切にするよう神託を下せば、幸せになれると思っていた」
「まさに神の傲慢ってやつだね、結局不幸なまま彼女は死んだ」
「そうだね、僕が手を下すでもなく、彼女を想ってくれた人間が手を下した事だけが、唯一の救いだ」
彼女の死んだ後、僕はあの国が許せなかった。看守の男は良いきっかけをくれたと思う。
僕は彼女の事を信じた者たち以外に、病を振り撒いた。王が真っ先に死んで、国は混沌としたけれど知らない。
振り撒いた後の事?知らないよ、国が滅ぼうともうどうでもよくなったんだ。僕の事を信仰する人間が居なくなって、僕が消えてもどうだっていい。
「もうじき僕は消えるだろうね。後は君の好きにすればいいさ、隣国の神様」
「……君は本当に、素直じゃないな」
呆れたように言う友人に僕は笑って。
「素直だったら、僕があの子を助けていたよ。素直で傲慢な神で居れたら良かったのだけどね」
あの子の魂の行く末に、幸福を願う者がどうか居ますように。




