巨星に乾杯を
その日、小説家の巨星が堕ちた。
男はSNSで知る。
世間で名の知られた存在、人々の心を掴み続けて。
人々を興奮させて、魅了し続けていた。
突然の訃報だった。
皮肉なものだ。
その人の名前や生み出した作品。
関わった色々な物が広く知られていたのに、身内しか闘病の事実を知らなかった。
知名度的に世間が騒ぐからと伏せられていたが、逝去と共に発信され訃報は世界を巡る。
瞬く間に拡散される時代、世界は悼み大多数の追悼で溢れかえり……そして追悼の波に混じり出す憶測、評価、考察、不敬、愚弄。
極一部少数だが、大多数が同じ方向を向く中で違う方を歩き出す行動は目立ち、反感を買う。
もはやそれが計画された動きなのかもわからない情報の中で、変わらないただ一つの真実は巨星が堕ちたと言う事だけだった。
名前を知りなんとなく、どんな作品を出していたしか知らない人程度の認識でいた。
でも男は惹かれた。
巨星の作品ではなく、死してなお世界を揺らした存在感に。
作品は知らない、だがその道のプロである事は理解していた。
関わりがある各業界人や著名人も、絶え間無くコメントを出す。
不思議な光景だった。
毎日何万人と亡くなる世界で、命の価値が違うように見えるのだ。
直接的に巨星が出した物は「小説」だけで、人命に関わる物を生み出したわけでも、育てたわけでもない。
その人が亡くなる事により社会生活が変わる事も、人類の食や医療が衰退する事も無いはずだった。
何故なら「小説」しか書いてないのだから。
自身の内にある空想の世界を文字に起こすだけ。
生産性があるかと言われたら無いのだろう。
ただ、多くの人を熱狂させた。
それは衣食住を越えた見えない力に感じる。
ただの文字で、ただの文で、ただの本で。
男は背筋が凍る。
巨星は何を信じて何を見ていたのだろうと。
あまりに無謀な生き方だ。
数多くの人は社会生活の中で、仕事を通じ生産をして稼ぎを得る。
言わば、その社会生活から逸脱したはみ出し者。
それが、今社会生活を生きる人々に哀悼の念を向けられている。
一人や二人ではなく、年齢性別属性も越えて数えきれない多くの者に。
男は止められない衝動に駆られた。
巨星が発表した、つまり世に残した作品を探し回る。
まるで亡くなったのが嘘のように名前が並ぶ、作品が見つかる。
この人は何を成してきたのかと身震いしてしまう。
ただの文字が心を掴んでいく、本を読み進めれば時間など無いに等しい。
人生の時間を消費しているのに、惜しく無い。
だが、男には作品の面白さは理解出来なかった。
あくまで惹かれたのは巨星の存在。
それを形作った作品には理解が及ばないレベルなのか、興味が湧かないのか。
世の中に出ている別作家の作品や、世に埋もれているネットの隅にある作品との区別が付かない。
男は嘆いた。
やはり、自分はその他大勢であると。
巨星は表には出てこなかった、亡くなられてニュースに出された写真も何かの賞を授与する式の物だ。
闘病している事も明かさなかった。
作品が全てだと言いたかったのだろうか?
表舞台に出るのは面倒だったのか?
人が嫌いだったのだろうか?
考えていけばキリが無い。
もう、誰も本心を聞くことなんて叶わないのに。
勝手な考察や評価も気軽にチラホラと見える時代、人の尊厳を軽視しがちになる。
男はそっとスマホを閉じ情報から離れた。
そしてもう一度巨星の残した作品に目を通す。
時間を掛けて、理解を深めるように。
男は一つの理解に至る。
面白い物をより面白く、一つの形にした物が巨星の小説だと。
そこまでが限界ではあったが、それを作り上げた時間と情熱が伝わった。
少しだけ生い立ちに触れた男はすぐに見るのを辞めた。
巨星に惹かれているのに人物像に触れるのが怖くなったのだ。
笑える話だ、既に亡くなっているにも関わらず見聞きした情報で人物像を固めてしまいたくなかった。
良い人だろうが苦労人だろうが清貧だろうが成金だろうが、そこに興味は無い。
原動力が見えてくるのかもだが、スマホを再度開けば様々な功績や生い立ちのまとめが溢れかえっている。
それは本当に本人がそう語った話なのか?
そこまで疑わないと見れない訃報からの人物像情報量だった。
男は酒をグラス二つ注いだ。
こっちは巨星を認知してるが、巨星はこちらを一切知らない。
何をやっているのかと言われるかもしれないが、ケジメを付けたかった。
理解出来なかった事に対する一方的な謝罪と、魅了してくれた感謝を込めた。
「乾杯」
世界で一方的な乾杯を済ませてグラスを飲み切る。
これで区切りを付けた。
畏怖の念すらある巨星の冥福を。
そして、また明日から男はその他大勢を演じる。
巨星のような存在に心惹かれながら、いつもの生活になる。
人の命の価値は違う。
明日、男が死んでも身内と極一部の周りくらいだ。
でもそれで良い。
男は誰も熱狂させる事は出来ていない、価値が見合わない。
男は夢はなんだったかを思い出した。
有名になりたい、だった。
その他大勢が内に秘めている率は高いはず、あそこのホストもコンビニ店員も警察官だって。
何が違うかはもう分かる、巨星はやり続けていた。
多くの作品にブーストが掛かるレベルにまで力を蓄えた、そこに運もあっただろうが。
間違いなく力を付けて発揮する事は辞めなかった。
それだけだろう……
「乾杯」
男は悟り、二度目の乾杯で悼んだ。
堕ちた巨星よ、あなたは死して尚作品になってるよ。
それを最後に安らかに眠れ。
男は黙祷を行い、また人間社会へと紛れていった……
——巨星に乾杯を 完




