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童話

ノロさんのおくりもの

作者: 恵美乃海
掲載日:2026/06/23

1996年に新風舎から自費出版した 「緊褌巻 ○○○○作品集」というタイトルの本に収載していた童話です。

 ノロさんは35歳のサラリーマンです。でもノロさんにとっては会社は楽しいところではありません。ノロさんの仕事はセールスマンといって、ノロさんが勤めている会社で作った製品を別の会社や色々なお店をまわって買ってもらえるようにお願いすることです。でもノロさんは喋ることが苦手なせいもあってほとんど売ることができません。


 今日も色々とまわったけれど全然売れませんでした。

 ノロさんは疲れて会社に戻りました。自分の席に座ろうとすると、課長の鈴木さんがノロさんを呼びとめました。鈴木さんはノロさんよりあとに会社に入ったのですが、仕事がとてもよくできるので、今ではノロさんより偉くなっていたのです。


「おい、ノロ。ちょっと来い」


 ノロさんが鈴木さんの机の前に立ちました。


「どうだ。今日は少しは売れたのか」


「いえ」


「ひとつくらいは売れたんだろう」


「いえ」


 と言ったきり、ノロさんはうつむいてしまいました。


「今日もゼロか。お前は本当にダメなやつだな。お前みたいなのをな、給料ドロボーと言うんだ」


 まわりの席に座っている人たちも、こちらの方を

「またか」

 という顔をしてニヤニヤうす笑いを浮かべて見ています。

 ノロさんは会社では毎日、毎日、叱られてばかりです。



 こんなノロさんですが、ノロさんにもしあわせな気持ちになれる場所があります。それは自分の家なのです。ノロさんは仕事ができないのでお給料もあまりもらえません。ノロさんの家は、小さくて狭いアパートですが、でもノロさんにとってはとても大事な場所なのです。


 今日も疲れてノロさんは家に戻りました。


「ただいま」


「あ、お父さんだ。おかえりなさい」


 はずんだ声が聞こえて、可愛い女の子がふたり、ノロさんの方に飛びついてきます。


「おかえりなさい。お疲れ様でした」


 奥さんもニコニコと迎えてくれます。そうです。ノロさんには優しい奥さんと、とても可愛いふたりの女の子。

 小学校一年生の千歳(ちとせ)ちゃんと、幼稚園にいっている(あかね)ちゃんがいるのです。

 ノロさんの宝物です。


 お休みの日は、みんなで仲良く外に出かけます。外にでかけるといっても、ノロさんの家はお金があまりないので、近くの公園に行ったり、お弁当を作って、歩いて10分くらいのところを流れている川の河原に行って遊んだりしています。

 千歳ちゃんと茜ちゃんもよく遊んでくれる優しいお父さんとお母さんが大好きです。



 夏休みが終わりました。

 千歳ちゃんが通っている小学校も今日から二学期です。

 教室でみんなが席に座ると担任の先生が、


「みなさん、夏休みは楽しかったですか」


 と訊きました。


「はーい」


 みんなが叫びます。


「みんな、どんなところに遊びに行ったのかな」


「海水浴」


「おじいちゃんのいる田舎」


「ドライブして、遊園地に行ったよ」


 みんな色々と大声で答えます。


「ディズニーランド」


 誰かが言いました。


「わあ、いいなあ」


「私も行ったよ」


「ええ、いいなあ」


「ディズニーランドに行ったことがある人はどれくらいいるのかな、手をあげてみて」


 先生が訊きました。


「はーい」


 手をあげたのは5人です。


 千歳ちゃんが住んでいるのは、九州の福岡というところです。ディズニーランドに行ったことのある人は、そんなに多くはいませんでした。


 ーーーディズニーランド

 千歳ちゃんも、テレビや本で見たことはあります。


 ーーーどんなところなんだろう


 千歳ちゃんにとってディズニーランドはおとぎ話に出てくる夢の国そのものでした。




 その日の夜、家でみんなが夕ごはんを食べ終わったあと、ポツンと千歳ちゃんが言いました。


「ディズニーランドに行きたいなあ」


「え、ディズニーランド。行きたーい」


 茜ちゃんも叫びました。


 千歳ちゃんはハッとしました。

 お父さんとお母さんが悲しそうな顔をしたからです。千歳ちゃんはまだ小さいけれど、自分の家にディズニーランドに行くようなお金がないことは分かっていました。


「あ、うそうそ。いいの。だってディズニーランドはとても遠いところにあるのでしょう。うちのクラスだって行ったことがある人はほとんどいないもの」


「そう」

 お父さんが小さい声を出しました。


 千歳ちゃんはなんだか悲しくなってしまいました。



 ノロさんはこの日の夜、心に決めました。


 ーーーみんなでディズニーランドに行こう

 と。


 奥さんにも内緒にして次の日から、ノロさんはコツコツとお金を貯め始めました。お金を貯めるといっても、ノロさんのお小遣いはたくさんはありません。ノロさんはお酒が好きなので時々会社の近くの安い飲み屋さんでお酒を飲むのですが、お昼ごはんを食べて、たまにお酒を飲むと、それでお小遣いはなくなってしまいます。


 ノロさんはお酒をやめました。お昼ごはんも毎日のように抜くようになりました。そしてそのお金を少しずつ銀行に貯金しました。

 ノロさんはがんばりました。会社では相変わらず怒られてばかりでしたが、ノロさんは、


 ーーー家族みんなでディズニーランドに行くのだ。


 とかたく心に誓っていたのです。




 次の年の7月になりました。

 ノロさんの貯金は25万円になりました。

 これだけあれば、家族みんなで飛行機に乗って東京に行き、ディズニーランドの近くのすてきなホテルに泊まって、そしてディズニーランドで思い切り遊ぶことができます。


 ノロさんは夕ごはんの時、みんなに言いました。


「今度の夏休みは、みんなでディズニーランドに行こう」


 みんな、びっくりしました。

 千歳ちゃんも茜ちゃんも大喜びです。


「本当、本当」


「うん、本当だよ」


 その夜、寝る前にノロさんは一年近く、一生懸命にお金を貯めたことを打ち明けました。


「あなた、ありがとうございました」


 奥さんは、ポロポロと涙をこぼしました。




 それからの毎日は、千歳ちゃんにとっても茜ちゃんにとっても夢のような日々でした。

 みんなで相談して出発する日を決めました。


 ーーーディズニーランドに行けるんだ。


 ーーーみんなで飛行機に乗って東京に行けるんだ。


 ーーーみんなで大きくてすてきなホテルに泊まれるんだ。


 ディズニーランドはもちろん、飛行機に乗るのも、ホテルに泊まるのも、千歳ちゃんと茜ちゃんにとっては生まれて初めてのことだったのです。




 一週間経った朝、ノロさんがみんなに言いました、


「今日、銀行に行ってお金をおろしてくるね」


「あなた、気をつけてくださいね」


 奥さんが笑いながら、でも心配そうに言います。




 夕方になって会社の仕事が終わりました。

 ノロさんの背広の胸の内側のポケットには、お昼に銀行でおろしたお金がはいっています。

 ノロさんはとてもしあわせな気持ちでした。


 ーーー 一年近くよくがんばったなあ。好きなお酒もやめて、お昼ごはんも抜いて、お腹がへってつらかったなあ。



 ノロさんが歩いていると、ノロさんがお酒をやめる前によく行っていた飲み屋さんが見えました。ノロさんは飲み屋さんに入りました。


 とっても美味しいお酒でした。お酒の好きなノロさんでもこんなに美味しいお酒は初めてでした。ノロさんは久しぶりに酔いました。



 ノロさんは家に向かう電車に乗りました。ノロさんがふとお金のはいった胸のポケットに手をやるとノロさんの顔が真っ青になりました。お金のはいった封筒がありません。どこかで落としてしまったのでしょう。

 ノロさんは次の駅でおりました、


 ノロさんは捜しました。何度も何度も捜しました。飲み屋さんから、電車の駅から、自分の歩いていたところを何度も何度も捜しました。

 警察にも届けました。


 でもお金は出てきませんでした。





 次のお休みの日です。

 ノロさんの家族は、みんなで家の近くの公園に遊びに行きました。


 ゴー


 空から飛行機の飛んでいる音が聞こえてきました。

 ノロさんはだまって空を見上げました。


 それは、みんなで乗るはずだった東京に向かう飛行機でした。




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