夢を見た、だからやめようと思ったのだけれど。
夢を見た。
婚約者のフィリップ様が、私との時間を作ってくれて、一緒に穏やかな時間を過ごしていた。
その中の私はよく笑っていた。
それから場面が変わって、結婚式、子どもの出産、とこれから起こるであろうことを見た。
最期に私の方が先に死んで、そのそばでフィリップ様が大泣きしていた。
ああ、これは夢だとわかった。
起きたら一筋涙が零れていて、頭はぼんやりしていたけれど、胸の内はスッキリしていた。
あんなこと、実際には起きないとわかってしまったからだろうか。
「フィリップ様が、お仕事より私を優先することなんてあるでしょうか…」
今は、後継者教育と学校と生徒会の仕事でいっぱいだ。
将来はもっと仕事まみれだろうと予想もつく。
「そうか。結婚したら、どちらかが死ぬまでフィリップ様とは一緒にいるのよね」
夢の中で見たその事実が、自分ごととして手のひらに収まった感覚があった。
死んだ時の私は70歳くらいに見えたから、少なくともあと50年近く一緒にいることになる。
だったら、今から焦っていてもしょうがないのかもしれない。
母には、フィリップ様との時間を作って気に入ってもらうように頑張りなさいと常々言われているが、そうなろうがなるまいが死ぬまで隣にいるしかないのだ。
結婚式を終え、私は女主人の役割を任され、男児が生まれたらその子を後継ぎになるように育て、そのうちフィリップ様が愛人などを設けたとしても、私が離れることは許されない。
それが、貴族同士の結婚というものだ。
そのことが妙に腑に落ちて、全部を頑張る必要がない気がしてきた。
あと50年も一緒にいるなら、そのうちのどこかで気に入ってもらえばいいんじゃないかしら。
一時の気まぐれか、もしくは愛が芽生えるのか、結局冷められるのかわからないけれど、死ぬまでにそんなことが一回あったらいい方じゃないだろうか。
母だって私に口酸っぱく言うけれど、新婚の時は仲が良かったらしい両親も今や仲も別によくない。
互いに愛人は作っていないようだが、役割さえ果たしていれば無干渉だ。
だったら、私もそれでいい気がしてくる。
無理に仲良くなろうとせずとも、フィリップ様とはずっと一緒にいる。
不快さえなければいいようにも思う。
「私、無理して頑張るのはやめようかしら」
そう思えた朝は、いつもより微かに晴れやかだった。
その日の昼休みは、フィリップ様の様子を見に行くのをやめた。
昼食をなるべく一緒にと思っていたが、フィリップ様からしたら息抜きにならないのかもしれないし、お仕事をしたいかもしれない。
定期的なお茶会もあるのだし、無理に顔を合わせなく会う機会はある。
そうなると、途端に手持ち無沙汰になって、意味もなく校内を歩いた。
私も無理やり昼食を食べていただけで、今日はまだお腹空いていない。
職員室の前を通る時、張り紙が目に入った。
『魔法省への見学会のお知らせ 参加表明不要 どなたでもお待ちしています』
「あら、今日の放課後だわ」
放課後ならフィリップ様に挨拶して、時間があったら一緒に帰るが、大抵は生徒会の仕事で断られる。
断られる前提で会いに行く毎日だけれど、それは無理して頑張るに含まれる気がする。
見学会、行ってみようかしら。
その日の学校でははじめてフィリップ様の顔を一度も見ることなく、放課後になった。
私から会いに行かないとこうなるのかと、悲しいとかではなく、ちょっと面白かった。
その足でそのまま、王宮の隣にそびえ立つ魔法省の塔を訪れた。
受付を済ませて案内された場所には、学生以外にも数名のご婦人と、子どもや近所の人もいるように見えたけど、人はそこまで多くなかった。
その中にいた同じ学校の制服の女性に声をかけられた。
「あなたも、ファンクラブの方?」
「ファ、ファンクラブ、ですか…?」
「そうよ。ファンクラブに入っていたら、魔法省の見学し放題よ!で、どの魔法師がお好みなの?」
「えっと、今日はじめて来ましたので」
「あら、じゃあお気に入りの魔法師様が見つかるといいわね!」
笑顔でそう言われたけれど、何が何やら。
そのあとすぐに、見学会の催しが始まって、ファンクラブとは何かを聞きそびれた。
魔法省とはどのように国に貢献しているか、普段はどんな仕事をしているのかを説明されたあと、魔法師による魔法を見せてもらった。
子どもたちはその魔法目当てで来ているようで、「あれやって!」「こないだの光の粒見せて!」と迫っていて、いつもの光景みたいだ。
「いかがでしたか?」
1人の魔法師の方に声をかけられて、ハッとしてお辞儀をした。
「とても勉強になりました。こんなに間近で魔法を見られて楽しかったです」
「それはよかったです。ぜひまたお越しくださいね」
柔和な笑みを浮かべているその人は、フィリップ様とは真逆の雰囲気だった。
腰まである髪を一つに束ねて、中性的な印象だが、ローブの下は体格がしっかりしていそうだった。
兄が騎士団所属だけれど、同じくらい体格がよく見えた。
フィリップ様はどちらかというと線が細いし、こんなにニコニコしていない。
「何か質問があれば、お聞きしますよ」
「ではお聞きしたいのですが、魔法師の方も、騎士くらい体がしっかりしていないといけないものなのですか?」
「えっ。ん〜、そんなこともないですが、魔法やら研究やらは体力勝負なところがあるので、健康である方が望ましいでしょうね」
「なるほど」
「あなたはファンクラブには、興味ないようですね」
「あ、そのファンクラブってなんのことなんでしょうか?」
「お気に入りの魔法師の応援団、みたいなものでしょうか」
「応援…?」
私が首を傾げると、魔法師は苦笑いされて説明を続けた。
「なんでも奥方の間で流行って、学生さんも増えてきているとか。元は近衛騎士のファンクラブが設立されて、それが魔法省にまでやってきたといった感じです」
「個人の方を応援するのですか?」
「はい、騎士は人気ですからね。その人を応援することで、楽しまれているようですよ」
「…それは、横恋慕ということでしょうか?」
「そうならないためのファンクラブだそうです。あくまで応援であり、個人的思い入れはしてはいけないようです」
「へえ〜、それは知りませんでした」
それは、母が好きそうだなと思った。
最近、母が日中空ける日が増えたと聞いたが、もしかしたらファンクラブにでも入ったのかもしれない。
世の中の奥様方はそうやって息抜きをしていたのね。
私も自分なりの息抜きを探してみてもいいかもしれない。
「ふふっ、純粋に魔法省への見学に来てくださる方は久しぶりなので、嬉しいものですね」
魔法師は笑みを深めて、胸に手を当ててさっきよりも優しく話した。
「ご令嬢は、魔力を含まれているように見えるのですが、魔法はお使いにならないのですか?」
「魔法師様ほどに使えないので、普段魔法を使うことはないですね」
「そこまで大きな魔法じゃなくても、生活に役立つ魔法はたくさんありますよ。そうだな、例えば風魔法に熱を加えるとこうなります」
そう言って手のひらの上に小さな風を起こして、見せてくれる。
「お手に触れてもいいでしょうか?」
「は、はい」
魔法師様はにっこり笑うと、私の手の甲に触れた。
「あったかい…」
「そうなんです。これだけでも使えたら違うと思いません?」
「でも、何に使うのですか?」
「僕寒がりなので、冬はこの魔法が必須なんです」
すぐに手が離れてわざとらしく肩を竦めるので、笑ってしまった。
「確かに、これはいいですね。氷魔法のように冷やしたら、夏も使えそうです」
「それはいいですね。うまいこと家の中に風を通したら、涼しくなりますね」
「そう言われると、私にもできそうな魔法がいっぱいありそうです」
「そうでしょう?ぜひ使ってみてください。わからないことがあれば、見学会でまたお答えしますよ」
その日の見学会は思ったよりも楽しくて、いい息抜きだった。
家に帰ってから試しに教えてもらった魔法を練習してみた。
すぐにできてしまって、拍子抜けした。
こんなに簡単にできてしまうことをやらずにいたって、私普段何しているのかしら。
振り返ると、フィリップ様との進展に一喜一憂していただけで、何かしていたかと聞かれると困ってしまう。
フィリップ様は自分のやるべきことをしているのだから、私ももっと視野を広く、できそうなことを探してみよう。
明日は何をしようかなと、穏やか気持ちで眠りについた。
翌日、昼休みになると、フィリップ様が私の教室を訪ねに来た。
「ショーナ、具合でも悪かったのか?」
「え、いたって元気ですが」
「昨日、私のところに来なかったから何かあったのかと」
「ああ、いつもお邪魔しては悪いと思って、昨日はお誘いしなかったのです。それと魔法省の見学会に参加しまして」
「そうか、何もないならいいんだ」
ホッとしたように胸を撫で下ろすフィリップ様を見て、私が思うより大事にされているように感じた。
「君の誘いを邪魔だと思ったことはない。ただ、仕事でいっぱいになると、他が見えなくなってしまって…。すまない。もう少し要領よくできたらいいんだが」
珍しくしゅんとしているフィリップ様を見て、軽くなるような気持ちがした。
「では、結婚した時には、そのお仕事もお支えできるように頑張りますね」
私がそう答えると、フィリップ様は目を見開いて驚いていた。
「学生のうちしか自由がないと思っていたから、今からショーナにはあまり仕事を任せるのはよくないかと思っていたんだが」
「あら、もしかしてお気遣いいただいていたんですか?」
これは、話し合いが足りていないと気づく。
どうやらお互いに気を回しすぎていただけなのかもしれない。
「でも、手伝ってくれるというなら、正直助かる」
「では、ぜひ教えてくださいますか?お手間をとらせてしまいますが」
「そんなの構わない。…ああ、そうやって時間を作ればよかったんだな。気がつかなくてすまない」
「いえ、私の方こそ」
そこまで言って笑ってしまった。
「フィリップ様、目元に触れてもよろしいでしょうか?」
「え、ああ、いいけれど」
一瞬不思議そうにされたけれど、私は手を伸ばして、昨日習得した温める魔法を使ってみた。
「これは、…癒されるな」
「そうなんです。昨日の見学会で教えていただきました」
「…今度、私も一緒に行ってもいいかな」
「もちろんです、一緒に行きましょう」
そうして、フィリップ様と昼食をとるべく、食堂に向かった。
案外、未来は思っていた形にはならないのかもしれないと、明るく思えたのだった。
了
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(追記)誤字報告ありがとうございました!修正いたしました!(2026.5.5)




