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1話 アリーア

 王立高等学院の門を出ると深いため息を吐いた。もうこの学院で教鞭をとって3年、アリーアは、これまで何の不満もなく、むしろ明るく楽しく学生たちと交流し、近代史を中心にこの国の歴史に関する彼女の知識の全てを学生たちに惜しみ無く伝えてきたつもりでいた。長く緑がかった金髪、エメラルドのような瞳、容姿も知性も申し分なく、学生たちにも人気があったはずだ。でも今日、アリーアは長年勤めてきたこの学院の教師を辞めた。いや、首になった。図書館の奥にあった1冊の本を見つけてから、全ての歯車が狂っていった。 一体、どこで、何を間違えたのかと自問するまでもなく、アリーア自身も自分が変だ…と思っていたのだから、仕方がない。


 通い慣れた図書館。アリーアはここがとても好きだった。古びた紙の匂い。薄暗い部屋に高い天井から差し込む日差しがいく筋にもなり、そこだけに巻き上がった埃が見える空間。足音さえも大きく響く静寂。そして、綺麗な装丁が施された歴史書が時代ごとに整然と並んでいる。アリーアはこれらの歴史書を読み、新たな歴史書をこの図書館の中から探すために、この学院の教師になったとさえ言える。読んだ事もない歴史書を見つけた時は、その喜びと感動で震えた。それほど歴史を愛し、常に通っているはずの図書館の奥に、ある日の午後、まだ足を踏み入れたことのない場所を見つけたのだ。意図的に隠されていたのだろうか、と思うほど目立たず、闇とも言えるほどの暗がりの中にその場所はあった。


 ゆっくり、その場所に置かれた本棚を見ていると、どの本も埃にまみれていて手に取る気にはなれなかった。ただ1冊の本だけは綺麗に埃が拭われていた。単に手に取っただけなら、こんなに綺麗に埃が拭われているだろうか。誰かがこの本だけは手入れしているのかもしれない。彼女もまたその本を手に取ってみた。

 それは古びた預言書。アリーアはこれまで預言書には全く興味がなく、手に取ったことさえなかった。装丁だけは立派でも中はいい加減なものだろうと思いながら本を開いてみた。いい加減どころではない。不完全、ただ1ページを除いて全て空白、書きかけなのだろうかと思うほどの本。いや、本とも言えない、ただ仰々しい装丁しかない本。これが本?としか言いようがなかった。これで堂々と預言書とタイトルがある。これだから預言書は…とさえ思った。



 一人の精霊が この預言を導く

 それは人心を惑わす地の神にもたらされる災い

 固く扉を閉じ 災いが過ぎ去るのを待て

 天の神は 災いを鎮めることを 一人の青年に託す 



 ただ1つ書かれた預言。もうすぐ地の神に災いがやってくると言う、よくわからない内容。地の神って神様に災いが来るの?その災いを鎮める責任をたった一人の青年に押し付けた、見るからに怪しい預言。俗によくある曖昧な記述によって、ことさら真実めいて記載され、それを人々は催眠術にかかったかのように信じた類の本だ。その災いを鎮めるために当然のように犠牲になれと…たった一人の青年に押し付けている…バカな。青年は勇者なのか、生贄になのか。よく似たことが過去にも信仰の名の下に繰り返されてきた。その時が過ぎれば、人々はまたその出来事を忘れる…。責任を押し付けられた人はたまったもんじゃない。


 著者は、大預言者シビュラム。シビュラムはこれまでも多くの預言が具現化したただ一人の預言者と言われている。なのになぜこんな不完全な預言書なのか。なぜそんな本が王立高等学院の図書館の奥の本棚に隠されるように置かれていたのか。見つけたのも単なる偶然だ。歴史書を探そうと古い本棚を探していただけだ。暗い誰も寄りつかない場所に置かれた本棚。その本棚の中にただ1冊だけ埃を被っていない本だから私も手に取ってみただけだ。それだけだ。でもこの本を手入れしている人は誰なんだろうとも思ったが、それ以上、詮索するつもりはなかった。


 アリーアは本を棚に戻す前にもう一度、ただ1ページに記された預言を読んでみた。その預言はまるでアリーアに訴えているかのような気がした。その強迫観念から逃げるように本を元の棚に戻し、図書館を出ると、重圧から解放された感じがして疲れがどっと襲ってきた。


 それから、アリーアは意識的にその本には近付かなかったが、常に取り憑かれたように頭の中にその預言の言葉が蠢いていた。彼女の変貌は学生、教職員から見ても異様だった。彼女からは笑顔が消え、何かを考えているようにいつも俯き、誰とも話しをせず、ただ独り言を呟いて歩いている。その結果、学院長から「アリーア先生、無期限の休暇を取ってください」と言い渡された。つまり、彼女は首になった。

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