突撃!小早川屋敷
「…ふぅ…久しぶりに佐吉から文が届いたと思えば…随分物騒なこと」
尼姿の老女はそう溜息を吐くと隣に控えるもう1人の尼姿の中年女性に手紙を渡す。
中年女性は手紙を無表情で一読すると丁寧に折り畳み老女の前にまっすぐに置いた。
「もしこれが本当ならばお辰を助けないわけには行きません」
老女―高台院―が言うと左近さんは表情を緩ませる。
「しかし!本当ならば…です。これがもし万に一つ内府との政争の具にしようとしての讒言であれば私は佐吉を許しませんよ!」
高台院さんが続けて強い口調で言う。
「はっ!なればこそ、どなたか高台院様の信用のある方を小早川様の屋敷にて事実の確認をお願いしたく。もし何らかの相違があれば主ともども腹を切る所存!」
左近さんが手をついて平伏する。
…えっ!?…そんな大事!?
俺も左近さんの隣で平伏しながら焦る。
可愛い秀秋ちゃんを助けるだけの簡単なお仕事だと思ってたのに…失敗したら三成さんと左近さん切腹するの?…怖い。
「心意気やよし。こちらからは信のおける侍女を出そう。具体的にはどのように小早川屋敷に入る?」
高台院さんは表情を少しだけ緩める。
「それはこの太助からご説明を…」
左近さんが突然俺にふる。
…えっ!?いきなり俺!?
俺が左近さんの顔を見ると左近さんは頷きながら
「当たり前だ。そのためにお前を連れてきたんだからな」
と言った。
…確かに連れて行けとダダをこねたのは俺だ。
…だって年頃の娘さんと会えると思ったんだもん…
「はい。小早川家の家老、松野重元殿と連携が取れています…松野殿の手引きで小早川家に潜入できます」
俺は覚悟を決めて口を開く。
…あぁ。なんか高台院さん怖いから緊張する。
「そうですか…大切な侍女です。よろしく頼みます」
高台院さんが表情を緩めると頭を下げる。
…あれ?こんな優しい顔もするんだな。
「それからお辰のことも…思えばあれには辛い思いばかりさせてきました。女子の身の上で殿下の養子になどと…殿下のおん為とは言え…気の毒なことを」
高台院さんは目に涙を浮かべている。
「高台院様は小早川様が女子であることをご存知でございましたか…」
左近さんが呻くように呟く。
「知らいでか…可愛い姪御じゃ…しかしお世継ぎがいないと焦る殿下の気を鎮めるためにと兄が一計を案じたのです…私も子ができぬ罪悪感から話に乗ってしまった…今思えば本当にお辰には申し訳ないことをした…太助と言いましたね?」
高台院さんが俺の目を見る。
「お辰のこと…秀秋のことをよろしくお頼み申します」
高台院さんが手をついて頭を下げる。
「あぁ!そんな!頭を上げてください!」
俺が慌てて叫ぶと高台院さんは頭をあげてふふふと笑った。
「お春です!よろしくお願いします」
孝蔵主さんに紹介されたのはハキハキとした女の子だった。キリリと釣り上がった眉と意思の強そうな目、しかしその口元には自然な笑みが浮かんでいる。
聡明そうな女の子だ。
「こちらこそよろしく!俺は太助」
「おいらは小次郎!」
ここは大坂、小早川屋敷のすぐそばだ。
高台院さんと孝蔵主さんが秀頼さんに会いに行くという口実で大坂に入るのに紛れて俺と小次郎、そしてお春ちゃんも大坂に入った。
「そろそろ…お!きたきた!おーい!重元君!ここだよ」
俺が手を振ると重元君が近付いてくる。
「太助さん…早速高台院様と渡りをつけてくれるとは…何とお礼を言えばいいか」
走り寄ってきた重元君は俺の手を取って頭を下げる。
「俺は何もやってないよ!三成さんのおかげだよ」
俺が言うと重元君は深く頷く。
「さすがは治部少輔様だ…ありがたい」
「それで、どうだい最近稲葉と平岡は」
「相変わらずご当主に酒を飲ませて自分たちはお城にあがり政務に勤めている…私は酒をバレないように捨てたり水と入れ替えたりしてどうにか凌いでいる…」
俺の質問に重元君は悔しそうに唇を噛む。
「本当にそんな酷いことが…しかし、松野様や太助さんを疑うわけではありませんが、この目で見ないことには高台院様にご報告できません。お手数ですが案内して頂けますか?」
お春ちゃんの言葉に重元君が頷く。
「もちろんです。手筈は整えてあります。お春殿は私の新しい女中として屋敷内に入って頂きます。太助さんと小次郎はそれを送り届けるための中元ということにしましょう。よろしいですね?」
重元君の言葉に全員が頷く。
裏口から屋敷に入る。
とすぐに見覚えのある男と出会う。
「あっ!」
思わず声をあげる。
…あいつは小次郎が気絶させた男だ…まずい…
「重元様…こちらです」
その男は俺達に一礼すると案内をしてくれる。
「あれって小次郎がやっつけた奴だよな?」
「あぁ。間違いねぇ…」
「やっつけたって人の屋敷で何やってるんですか?」
俺と小次郎のヒソヒソ話にお春ちゃんがツッコミを入れてくる。
「いや、ちょっとたまたま流れというか…な?」
「太助にやれって言われた」
「太助さんて乱暴者なんですね」
小次郎に売られた。
「この男は私の家臣です。小次郎殿に手もなくやられて随分と悔しかったようです」
重元君が爽やかに笑うと先導する男も振り返り照れくさそうに笑った。
…そういうことか…安心した。
「おや。松野殿!大勢でどうされた?」
目の前におじさんが立ちはだかる。平岡だ。
「平岡殿。実は新しく女中を雇いましてな。これから仕事の説明をするところでござる」
重元君がすらすらと答える。
お春ちゃんが丁寧に頭を下げる。
「ほほう…女中をなぁ。どれ、最近どうもきな臭い。儂が怪しい者でないか品定めしてくれよう」
平岡はそういうと止める間もなくお春ちゃんの顎を掴み無理矢理上を向かせる。
「ひっ平岡殿!無礼ですぞ!」
重元君が慌てて止めに入る。
「女中に対して無礼も何もあるか…むむ…なかなかの上玉だの…」
平岡は下卑た笑いを浮かべる。
「平岡殿。お手を離されよ!」
重元君が大きな声を出すと平岡は不満そうにしながらもお春ちゃんから手を離す。
「おい女!儂のところに来るか?松野殿のところより良い暮らしをさせてやるぞ。少ししたら我が側室にしてやっても良い。どうだ?」
平岡がお春ちゃんの顔に自分の顔を近づける。
小次郎が懐に忍ばせた短剣に手を伸ばす。
「大変光栄なお誘い。恐悦至極に存じまする。なれど私は松野様にお仕えすると決めてここに参りました。その場ですぐに平岡様に靡けばこの先平岡様からも信用能わずと思われてしまいます。つきましてはまずは松野様の元で経験を積み、先のことはまたその時にお話させて頂ければと存じますが…如何でしょうか?」
お春ちゃんは怒りも怖がりもせず、平岡に対して笑顔でそう言った。
平岡はその動じない様子が意外だったのか一瞬呆気に取られ、その後口を開く。
「うむ。殊勝な心がけである。さすが儂が見込んだ女だ松野殿。将来の儂の側室じゃ。大切に育ててくれよな」
平岡はそう言うと廊下を歩き去っていった。
小次郎はそれを見届けて短剣から手を離す。
「お春殿。大変失礼をいたしました。お怪我はありませんか?」
重元君が頭を下げる。
「大丈夫です。さぁ行きましょう」
お春ちゃんは何事もなかったように先を促した。




