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小早川秀秋…ちゃん?

屋敷内には人の気配が無くひっそりとしている。

恐らく左近さんと琴子の対応で出払っているのだろう。


俺と小次郎は慎重に廊下を歩いていく。


先を歩く小次郎が角から先を覗き込み慌てて首を引っ込める。


親指で角の先を示して頷く小次郎。

…いたのか…


続けて小次郎は人差し指と中指を立てる。

…2人。いけるのか?俺は戦力にならない。


俺が考え込んでいると小次郎が俺の肩を叩いてくる。

見ると小次郎が満面の笑みで頷いている。

…よっぽど自信があるんだな。


「殺さずに勝てる?」

俺が小声で聞くと小次郎は少し考えてから再び満面の笑みで頷く。

…本当かよ?


…まぁ、ダメで元々だ。小次郎は強い。どうにかなる…?なったらいいな!


…とにかく小早川秀秋を見て、もしできれば話して、そして…本当に裏切りクソ野郎なら小次郎に頼んで斬ってもらう…いや、そのくらいは自分の手を汚すべきか?


また小次郎が肩を叩いてくる。

満面の笑みだ。

…早く行こう。ってか…

俺も自然と笑いが込み上げる。


俺が頷くと小次郎が飛び出す。


「…!?く!曲者!」

2人のうち1人が大声をあげる。


『ぎぃん!』

小次郎の一太刀目は敵に防がれる。

…小次郎!何やってんだ!?


と、俺が思った瞬間に小次郎は刀の柄を相手の鳩尾に打ち込む。いや、正確には打ち込んだようだ。だ。早すぎて見えない。

相手が廊下に崩れ落ちて気絶する。


『ぎぃん』

もう1人が無言で小次郎に斬りかかる。

小次郎はそれを刀でいなして蹴りを入れる。

しかしその蹴りは相手の膝で受けられる。


「太助!行け!」

小次郎が相手を廊下の奥に押し込みながら叫ぶ。


俺は小早川秀秋の部屋であろう障子を開けて中に滑り込む。


外からは小次郎が戦う音が聞こえ続ける。なかなか手強い相手のようだ。


「だ…誰?」

怯えた声がする。

…女?

俺は振り返る。


そこには青白い顔をした美少女が涙目で座っていた。年の頃は琴子と同じくらいだろうか?長く黒い髪は畳の上に流れ落ちている。異様なのはその少女の周辺に散乱した盃などの酒器だった。


そこで気付く。この部屋には甘ったるい酒の匂いが充満している。この少女には似つかわしくない匂いだ。


「そっちこそ誰だ?ここは小早川秀秋の部屋じゃないのか?」

俺は敢えて低い声で質す。


「わ…私が小早川秀秋です…」

少女がおずおずと答える。


…えっ?この気弱そうな少女が?


「私は答えましたよ。あなたは誰ですか?」

自分が小早川秀秋だと名乗る少女は涙がこぼれそうなのをぐっと堪えて喋っている。


…何だよ。めちゃくちゃ可愛いじゃん。


「太助って言います。佐野太助…」

「その太助さんが何の御用でしょうか?」

秀秋ちゃんは間髪入れずに問い質してくる。


「えっと。何と言えば良いのか…助けに来ました」

…しまった。咄嗟に言葉が出てしまった。太助が助けに…ってダジャレかよ。


「本当ですか!?」

俺の咄嗟の出任せに秀秋ちゃんが大きく反応する。


「助けてください!もう限界です…私…私…」

秀秋ちゃんが俺の手にしがみついてくる。


…何がどうなっている?

小早川秀秋が女の子で、めちゃくちゃ美少女で、その上助けを求めている。


「と、とにかく理由を…」


「私が話そう」

俺が話を聞こうとした瞬間に障子が開く。

そこには小次郎と戦っていた男が立っていた。鼻血を出している。


…小次郎…まさか…やられたのか?


「よっこら…しょっと」

その男の後ろから小次郎が現れる。こちらも鼻血を出している。脇に抱えていた気絶した男を部屋に投げ入れる。


「廊下に投げといたら異変に気付かれるからな」

小次郎はそう言って笑う。


「小次郎、どういうことだ?」

「ん?仲良くなった!な?重元!」

「あぁ!かなりできるな小次郎」

「お前もな!」

俺の問いかけに2人ともキラキラした笑顔で答える。


…重元って…小次郎仲良くなるの早すぎるだろう。


「まぁ真面目な話、治部少輔様のご家来衆と承ってな。藁にも縋る思いで話を聞いてもらおうと思った」

重元君は急に真顔になる。しかし真顔になっても鼻血は出ている。


「重元。怪我しているのか?」

秀秋ちゃんが心配そうに声をかける。


「いえ、ご当主。このくらい何でもありませぬ」

重元は鼻血を手で拭う。

しかしそれで余計に血が拡がり滑稽な顔になる。


「ふふっ」

俺だけ笑う。秀秋ちゃんも小次郎も笑わない。

…何でだ。めっちゃ面白い顔なのに。


…それにしてもこの重元君。めっちゃイケメンだ。年は俺とあまり変わらないだろう。鼻血で汚れていてもイケメンとは…ずるい。


「さて。いつ稲葉と平岡が戻って来るかわからん。手短に話す」

重元君が声を落とす。


「今ご当主は家老の稲葉と平岡に監禁されている。そして無理やり酒を飲まされて体調を崩しているのだ」

「何のためにそんな酷いことを…」

重元君の言葉に俺は声を荒げる。

…こんな美少女をそんな酷い目に合わせるなんて。


「あいつらは小早川家をいいように操り、出世の道具にしようとしている。酒を飲ませ、判断力を奪おうとしているのもそのためだ。ご当主が女子であることに気付いてからはあからさまにご当主を蔑ろにするようになった」

「女子であることに気付いたってどういうことだい?」

小次郎が首を傾げる。


「元々ご当主は男子として育てられてきた。ご当主が太閤殿下の親戚であることは知っておるな?」

「えっ!?あ…あぁ。当然知ってた」

…知らなかった。小早川秀秋って秀吉の親戚だったの?


「ご当主は女子であることを隠されて太閤殿下の養子となった…そして太閤殿下も小早川隆景様も女子であることを知らずにご当主を養子になさった。そして小早川隆景様はそのままお亡くなりにってご当主が後を継がれたのだ」

「何故女子であることを隠した?」

俺の問いに重元は力なく首を横に振る。


「わからん。しかし…太閤殿下にはお子がながらくいなかった。そのことを気に病んだ高台院様がよかれと思ってなさったことかもしれん」

「こうだいいん?」

「太閤殿下の奥方様…ご当主の血のつながった叔母だ」

「あぁ…なるほど」

…秀吉の奥さんってねねさんじゃなかったの??マジでわからん。琴子がいないと困る。


「しかしご当主が成長するに従って女子であることが隠せなくなってきた…」

重元の言葉に俺は思わず秀秋ちゃんの身体を舐め回すように見る。

…確かに…まぁまぁな膨らみ…


「うぅ…」

秀秋ちゃんは胸元を押さえ涙目で睨み付けてくる。


…っと。マズイマズイ…


「なるほどな、概ねわかった。秀秋ちゃん!ここから一緒に逃げよう!」

俺の言葉に秀秋ちゃんが弾かれたように顔をあげる。

「えっ!?」


「三成さんなら助けてくれる。絶対にだ。だから行こう!」

俺は秀秋ちゃんに手を差し伸べる。

秀秋ちゃんは俺の手を掴もうと手を伸ばす。しかし途中で手を止め、そして引っ込める。


「?…秀秋ちゃん?」

「行けません…重元や、他の家臣たちをここに放り出して、自分だけ逃げるなんて…できません!」

秀秋ちゃんは目をきつく閉じて叫ぶ。


「ご当主…」

重元君が小さく息を吐く。


「太助さん…ありがとうございます。助けてくれようとして嬉しかったです…でも…こんな私でも…守らなければならない人達がいるんです…」

秀秋ちゃんの声は弱々しい。しかしその目には確かな意思が宿っていた。


「太助。こりゃあこの娘は動かんぞ。肚が決まっている」

小次郎が溜息をつく。


「わかった。俺と小次郎は一旦佐和山に帰る。そこで三成さんに相談する。きっと秀秋ちゃんや秀秋ちゃんが守るべき人達が幸せになれるようにするから…それまで…それまで耐えてくれ!」

…きっと、三成さんや左近さんが何とかしてくれる…


「幸せ…。考えたこともありませんでした…」

秀秋ちゃんが呟く。


「重元君。何か佐和山とここで連絡を取る手段はあるかな?」


「はい。私は家老ながら今は平岡と稲葉に干され無任所です。年も若く、2人から軽んじられているので比較的自由に動けます。なので私が連絡係になります」

重元君が頷く。


「よし、秀秋ちゃん。なるべく早くどうにかするから、それまで酒はなるべく飲まずに棄てて。あとは可能ならたくさん水を飲んで。酒の毒は水で多少薄くなるから」

「…わかりました。お願いします」

俺の言葉に秀秋ちゃんが頷く。


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